1.かっぱの子
河原で遊んでいて、はる君はふと耳をすましました。
弟のしゅん君も気づいたようです。
水の流れる音とともに、だれかの泣き声がします。
石を拾うのは終わりにして、はる君は立ち上がりました。
「小さい子が泣いているみたいだね。さがしてみようか」
兄弟は、音のする方向を確かめながら、歩きだしました。
七月になったばかりの空は、まだ梅雨が明け切っていません。
もこもこした雲がおおっていて、日差しは弱まっています。それでも暑くて、二人は川へ遊びに来ていました。河原では、涼しい風が吹き抜けるのです。
辺りには石や岩がいっぱい。
赤や緑など、きれいな色をしたものもあります。地層のような縞模様のもの、ごましおのおにぎりを思わせるものも。
はる君としゅん君は、石を拾ったり積み上げたりして、遊んでいたところでした。
泣いている声が近くなりました。
見ると、四歳か五歳くらいの男の子が川のそばで立ちすくんでいます。
二人は近寄っていきます。
小さな男の子は緑色の上下の服を着ていて、リュックサックを背負っているようでした。
「どうしたの? どこか痛いの?」
はる君は、小さい子に話しかけるようにゆっくり尋ねました。
その声に、男の子はひっくひっくとしゃくりあげながら、顔を上げました。
「えっ?」
途端に、兄弟は大きな声を上げます。
男の子の口は、黄色いくちばしみたいで、とがっていました。服だけでなく手も緑色で、水かきのようなものがついています。
背中についているのは、リュックサックではありません。亀のような甲羅でした。もちろん、荷物は入っていないでしょう。
さらに、頭の上には髪の毛のなかから、お皿のようなものがのぞいています。
「もしかして、かっぱ?」
二人は、目をぱちくりとさせて、口を開けたままになってしまいました。
「何しているの?」
そこへ女の子の声がひびいてきて、兄弟ははっとします。
川の上の道から、自転車に乗ったさきちゃんがこっちを見ていました。さきちゃんは、はる君と小学校のクラスが一緒です。
「さきちゃん、泣いている子がいるんだよ」
しゅん君が教えると、さきちゃんは自転車をその場に止めて、草の生えた斜面を降りてきました。
さきちゃんは、肩まで伸ばした髪の、うさぎのヘアピンに触れてから、はっきりと言います。
「へんな子だと思ったら、かっぱじゃないの」
兄弟は『やっぱりそう見えるんだ』と、互いに顔を見合わせました。
かっぱに見える男の子は、急に三人の子どもが集まってきたので、気がまぎれたのでしょう。だんだんと落ち着いてきました。
「ねえ、かっぱ君、どうして泣いていたの?」
はる君が聞くと、かっぱの子はぐすんと鼻をすすって、話しました。
「ぼく、おうちに帰れなくなっちゃったの」
「おうちって、どこ? どこに住んでいるの?」
さきちゃんが問いかけます。
かっぱだとしたら、人間と同じような家に住んでいる気がしません。
かっぱ君は、水かきのついた手で鼻をこすりました。
「橋の向こう……だと思う。よく分からなくなっちゃった」
「分からなくなったって?」
さきちゃんは、かっぱ君の顔をのぞき込みます。
「よく覚えていないんだ。どこかから落ちたみたいなんだけど……その前のことが何も思い出せなくて」
かっぱ君はまたしくしくと泣きだしました。
「お父さんやお母さんは?」
はる君が聞くと、かっぱの子は「分かんないよう」と言って、さらに大きな声で泣いてしまいました。
何一つ思い出すことができないようです。
「かわいそうだね」
しゅん君がつぶやきます。はる君もそう思いました。
「でも、かっぱならきっと橋の下とかに住んでいるんじゃない? 橋の向こうって言ってるんだから、とりあえず橋をさがしてみればいいんじゃないの」
さきちゃんが思いついて話すと、はる君はかっぱ君に声をかけます。
「一緒におうちをさがしてあげるよ」
「ぼくもさがすよ」
しゅん君も伝えました。
「えっ、本当? 一緒にさがしてくれるの?」
かっぱ君は泣き止んで、三人を見つめます。
三人は、そんなかっぱ君のすがるような目に、「もちろんだよ」と胸をはりました。
さきちゃんはピアノの帰りだったので、家に自転車を置きに行くことにしました。
川の少し先でさきちゃんと待ち合わせることにして、兄弟とかっぱ君は橋へ向かって歩き始めました。
さきちゃんはすぐに戻ってきました。
「ねえ、どんな橋なの? 何か覚えていない?」
「覚えてない……」
さきちゃんの質問にかっぱ君が答えると、三人とも気分が落ちてしまいました。何か少しでも手がかりがほしいものです。
はる君は気持ちを高めようとして、尋ねました。
「だけど、七音川に住んでいるのは間違いないんだよね?」
「あっ」
かっぱ君ははっとします。
「七……七が何かあった気がする、その橋」
この手がかりには、さきちゃんはあまり満足しませんでした。
「それって、七音川の橋だから七が何かある橋、じゃないの? それに七音大橋とか、七のつく橋もいくつかあるよね」
そう、この川の名前は『七音川』。
七が何か関係あるという、かっぱ君の記憶もそれほど頼りにはなりません。
「とりあえず、七音川の橋をさがしていこうか」
はる君が提案すると、かっぱ君はこくりとうなずきます。
「行ってみたら分かるかも」
そう話すので、三人はまずは最初の橋まで川沿いを歩いていくことにしました。
まもなく、茶色い手すりのついた小さな橋が見えてきました。
「どう? この辺じゃない?」
「……違うなあ。もっと、大きな橋だと思う」
かっぱ君は、少しは思い出したのか、はっきりと返事をします。
「それじゃ、もう一つ向こうの橋まで行こう」
かっぱの子と三人は、そのまま川を下っていくことにしました。