武家見学7
そんな警告と共に、俺を囲むように札が飛んできた。これは、簡易結界か。
「いいか……そっとこっちにくるんだ……」
ここに来て俺はある可能性に思い至った。
(すぐそばに……妖怪が……?)
俺が気づいてないだけで、強力な妖怪が今まさに発生したのかもしれない。
就寝前で鈍っていた思考が一気に回転し始める。
ついさっき聞いたじゃないか、この土地は妖怪がよく発生する、と。
白石さんの結界があるとはいえ、鬼のような攻撃が降り注げば俺は一瞬で死ぬだろう。
災害型なら瘴気に侵されて命を蝕まれる。
早くこの場から脱したいが、ゆっくり移動しろという指示は守るべきだと理性が囁く。
「待て! もしかして、その石を手に持ってるのか? 早く投げ捨てろ!」
ん? 石って、この勾玉のことか?
ゆっくり立ち上がった俺は素早く周囲を見渡すも、部屋のどこにも妖怪の姿はない。
白石さんの視線は俺の右手、握りしめたままの勾玉へ向かっていた。
何か勘違いしているようだ。
俺はヘッドボードのスイッチを押して照明をつけ、明るくなった部屋で勾玉をよく見せてあげることにした。
「白石さん、よく見てください。これはただの勾玉ですよ。そんなに警戒する必要ありません」
無害さをアピールするために勾玉をポンポン手で弄ぶと、白石さんは半歩後ろに下がろうとしてテーブルにぶつかった。
捨てられないこと以外これといって害はないのに。何を怯えているのやら。
「……その勾玉からはとんでもない力を感じる。俺が今まで見てきた中で断トツだ。うちの家宝よりやばい」
えっ、直接手に触れている俺は何も感じないのですが。
親父に黒い勾玉を見せたときも――
『呪いの類か? だが、穢れも陰気も感じられん』
――とのこと。
結局何も分からず、現状維持となった。
ここ数年ポケットに突っ込んでいるが、特に異変はない。
その時、親父の同僚に勾玉を扱う陰陽師がいると聞いたので、いつか見てもらうことにしたんだっけ。
あぁ、そういえばさっきの夕食で、白石家は勾玉を用いた陰陽術の使い手と聞いた。
まさにこの人のことじゃないか。
勾玉に精通している彼にしか分からない、秘められた力があるのかもしれない。
「これ、持っていたらまずいですか?」
「……いや、悪いものとは限らない。ちょっと見せてもらえるか」
恐る恐る近づいてきた白石さんに勾玉を渡す。
勾玉が掌に乗った瞬間、白石さんの呼吸が荒くなった。
そんなにやばいの?
いよいよもって、この勾玉が何なのか気になってくる。
掌の勾玉を矯めつ眇めつじっくり観察する白石さん。
その顔はとても真剣で、室内に緊張感が漂う。
ようやく顔を上げた白石さんへ、俺は問いかけた。
「どうでしたか?」
「おい、この勾玉……一体どこで手に入れた?」
差し迫った声で問い返されてしまった。
よほど驚いたのだろう、俺の肩を掴む手には普通の子供なら顔を顰めるくらいの力が込められている。
身体強化している俺にはなんともないが、あまりに驚きすぎでは?
「これ、何なんですか? なんか気がついたら持ってて、よく分からないんです」
「俺にも分かんねぇ。こんなの初めてだ」
分かんねぇのかよ。
じゃあ、さっきまで何をしていたんだ。
「とりあえず、陰気も穢れも呪いも感じられない。悪いものではなさそうだ。ただ、これだけの力を感じるのに、中に何が入っているのか全く分からない」
「中に入ってる?」
「勾玉ってのは基本的に器としての役割をもつ。他にもいろいろあるが、陰陽師にとって大切なのはこっちだ。力ある勾玉には何らかの源が込められているはずだが……」
何が入っているのか分からない、と。
「普通はどんなものが入るんですか?」
「戦闘で使う術を込めたり、陽気を込めたり、妖怪を封印したり、よ……まぁいろいろだ」
最後に何か言いかけたな。なんだろう、何を言おうとしたんだろう。
秘術とか、さっき言ってた家宝とかか?
仲良くなったら教えてくれないかな。
「この勾玉は見る奴が見れば、とんでもない価値があると分かる。他の人には決して見せるなよ。聖君を殺してでも手に入れたいと思う人間が現れないとも限らない。強の奴にもしっかり言い含めないとな」
白石さんはそう言いながら、俺に勾玉を返してくれた。
一瞬白石さんに持ち逃げされる可能性も考えてました。ごめんなさい。
すごく心配してくれて、いい人だ。
「八尺瓊勾玉もこんな感じなのかね。とても人が作れるもんじゃねぇ。いやぁ、すげぇもん見たわ」
八尺瓊勾玉といえば、日本の三種の神器の1つ。
えっ、これそんな凄い代物なのか?
「いや、実物を見たことはねぇよ。厳重に保管されてるから、本物が人前に出ることはない。噂に聞いた限りじゃあ、この世のものとは思えない力を秘めてるらしい。生きてるうちに一度は見てみたいもんだな」
はぁ、結局黒い勾玉は謎に包まれたままか。むしろ謎が増えた気がする。
体はそれほど疲れてないが、今日一日で大量の新情報を得たせいで頭が疲れた。
この日は卵と俺の着替えを持ってきた親父に回収され、翌日に備えてすぐに寝た。