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武家見学5

 


 模擬戦の後は普通の訓練だった。

 普通といっても陰陽術関連ではないというだけで、訓練場を走ったり、森の中を掻き分けながら行軍したり、筋トレしたり、かなりハードな内容が続いた。

 30過ぎたおっさん達がこれほど動けるとは驚きだ。前世の俺なら脇腹を抑えながら途中でリタイアしていただろう。


「暇ならついて来るか。森の恐ろしさを知っておくがよい」


 御剣様は俺が体力を持て余していると見抜いたのか、そう言って森の行軍に連れて行った。

 話には聞いていたが、整備されていない森の中は本当に歩きづらかった。

 最後尾を歩いていたからあれでも楽だったはず。

 なるほど、毎年ニュースになるのに森で遭難する人が絶えないのも納得だ。


「俺達についてこれるなんて、聖君はすげぇなぁ」


「今も走ってる人ほどじゃありません」


 哀れ、撤退訓練で御剣様に捕まった人達は、基礎訓練と称して追加で走らされていた。

 精も根も霊力も尽き果てた陰陽師達が、俺らの目の前で限界に挑戦している。

 あんな無茶して大丈夫なのかと周りの大人に聞いてみれば――


「先生曰く、俺らは霊力があるせいで筋肉が鍛えにくいらしい。超回復って言うんだけど……小学生には難しいか」


 分かる。

 限界まで走っても霊力によってすぐに回復してしまう。

 身体強化を使えずとも、霊力があるだけで活力が漲ってくるのだ。

 筋肉を傷つけ、そこから回復することで増強する超回復のメカニズム的に、これは都合が悪い……のか?

 そうでもない気がするが……。


「霊力も内気も観測できないからよく分からないって結論だったような」


「実際、万全な時と霊力切れの時じゃ筋肉痛のレベルが違うだろ」


「そうか? 俺の時は――」


 子供の質問に正確に答えようとして、大人たちが議論し始めた。

 それを傍から聞くのはとても楽しい。

 とある偉人は『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』と言った。

 ずっと手探りだった陰陽師の知識について、こうして先達に教えてもらえる環境はとてもありがたい。


 おっ、結論が出たようだ。


「すまん、やっぱりさっきのは忘れてくれ。一生懸命頑張る人は成長できるってだけの話だ」


 うん、先達にも分からないことはあるよね。



 太陽が山に隠れる頃、訓練は終わりを告げた。

 母屋へ帰還した男達は再び大浴場で汗を流し、夕食も御剣家の居間でご馳走になる。

 ただお昼と違うのは、御剣家の現当主、御剣 朝日(あさひ)様がいることだろう。

 つい先ほど軽く挨拶した。


「君が強の息子か、よく来た。歓迎しよう」


「はじめまして。ご招待いただきありがとうございます。お世話になります」


「しっかりしているな」


「妻の教育の賜物です」


 親父と気が合いそうな人だった。特に、苦労してそうな風貌がよく似ている。

 御剣家当主とは是非とも仲良くなっておきたいところだが、朝日様は夕食後に急用ができてしまったらしく、俺は親父の隣で食べることになった。

 今日は仕方ない。しばらくお世話になる予定だし、一度くらい会話をするチャンスがあるだろう。

 それに、陰陽師の集まるこの席は情報収集にうってつけだった。


 御剣家の女性陣が腕によりをかけて作った夕食はとても豪勢で、運動した後の体にピッタリな肉料理の数々に大人達は舌鼓を打っている。

 しかも驚いたことに、瓶ビールまで振舞われているではないか。結構高いやつ。

 未成年の俺は美味しい食事を楽しみつつ、ゲストに興味津々な大人たちへ問いかける。


「任務ではどんなことしてるの?」


 これまで集めた情報から概要は分かっているが、しっかり聞いておきたい。

 子供の問いに大人達が意気揚々と答える。


「基本的に政府や地域からの依頼になる」


「武士がいないと戦えないような強敵ばっかだ」


「うちは大物狩り専門だからな。他とは少し違う」


 そこらへんに出現する妖怪は、御剣家の討伐対象とはならない。

 もちろん妖怪が出たら倒すのだが、それは陰陽師や武士の役目であって、御剣家の運営する精鋭部隊の仕事ではない。


「陰陽庁の品川さんが依頼を持ってきて、それから会社で対象の情報を集めて、情報を元に俺達も道具を準備する」


「後は現地でお仕事ってパターンが多いか」


「まぁ、うちに回される依頼はほとんど固定だから。過去の記録を見れば支度もすぐ終わるし、慣れれば基礎訓練より楽だな」


「いやいや、あんな化け物相手にするのが楽なんて、俺は絶対言えないっすよ。先輩達は強いからそんなこと言えるのであって――」


 陰陽庁の職員、か。

 どんな仕事をしているのか、とても興味深い。

 確か、陰陽師の家系に生まれた次男などが就職する場所だったはず。

 他にも気になる言葉がそこかしこから聞こえてきた。

 子供の俺が質問すれば、号令でもかけたように会話の流れが変わる。


「妖怪がどこに出るか分かるの?」


「強力な妖怪に関しては、占術で予言することができる」


「確実にってわけじゃないけどな」


 陰陽庁に所属する占術班は、日本に出現する強力な妖怪を予言したり、早期発見するための組織である。日本で妖怪による大規模災害が起こっていないのは、彼らのおかげという話だ。

 その占術班を構成するメンバーこそ、安倍家の者であり、日本において絶大な権力を持つ理由の1つとなっている。

 おんみょーじチャンネルでそう言ってた。


 妖怪の自然発生以外にも、陰陽師が活躍する場面はある。


「再封印の依頼なら好きなタイミングで戦えるぞ」


「他にも、数年おきの大祭は場所が確定しているからやりやすい」


「後は神様のお(たわむ)れっすね。あれに関しては理不尽じゃないっすか?」


「そんなこともないだろう。ちゃんと見返りはある」


「でも、本来戦う必要のない相手と――」


「大祭と同じように――」


 自分達の得意分野というだけあって口が軽い軽い。

 得意分野について聞かれると饒舌になるのは万人共通の性質である。

 酒精と場の雰囲気も後押しし、武勇伝という名の社内情報がたくさん聞こえてきた。

 正直、会社のコンプライアンスがちょっとだけ心配になるが、俺にとって価値ある情報が得られるこの機会を利用しない手はない。


 その後も親父達がどんな仕事をしているのか、いろいろ聞くことができた。

 個人の陰陽師と部隊では活動内容がかなり異なるようだ。

 強敵を倒す部隊は、どちらかというと花形的な立ち位置にあるらしい。


 そんな有意義な時間もあっという間に過ぎ去り、御剣様の挨拶によって宴は締められた。


「強の息子は明日から童の訓練に参加させる。しばらく逗留するゆえ、情けない姿を見られぬよう訓練に励め。以上」


 お世話になった幸子さんたちへ感謝しつつ、一同は御剣家の母家を後にする。

 宿泊施設はビルのほうにあるらしい。


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