七五三
時が過ぎるのはあっという間だ。
気楽な幼稚園時代も折り返し地点を過ぎ、さらに半年の時が流れた。
幼稚園児として過ごせる時も残りわずか。
……にもかかわらず、俺は今日幼稚園を休んだ。
「それでは撮りますよ。はい笑って~12の、3!」
俺は今、写真スタジオにいる。
コミカルな掛け声に合わせてカメラマンがシャッターを切り、俺はレンズの向こうにいる未来の両親へ向かって最高の笑顔を送った。
養ってもらっている子供として、これくらいのサービスはせねば。
「はい、いい笑顔でしたよ。次はこの刀を持って格好いいポーズを撮ろうか」
子供の扱いに慣れているカメラマンの指示に従い、この後いくつかの写真を撮った。
なぜ幼稚園を休んでわざわざ写真を撮っているのかといえば、俺が5歳になったから。
要するに、七五三のためである。
夏休みのある日のこと。
俺は呉服店へ連れて行かれ、お母様が嬉々として俺の着物を選び始めた。
陰陽師の服ならもう持っている。何を探しているのか疑問に思えば、お母様が手に取る着物は、それとは種類の違う格式高そうなものばかりであった。
「聖も大きくなりましたね。昔は5歳になると羽織袴を身につけたそうです。今度これを着て、神社へお参りに行きましょう」
裾上げしてもらいながら何のために羽織袴を用意するのか聞いてみて、初めて七五三という行事があることを思い出した。
男なら人生で一度しか経験しないイベントのため、記憶からすっかり抜け落ちていた。
お母様はその日のうちに神社へ予約の電話を入れ、今日この日を迎えたわけだ。
「お疲れさまでした。選んでいただいた写真はこちらのSDカードに入っています。登録されたLIN○アカウントにも、つい先ほどデータを送信しましたので、ご確認ください。最後に、こちらがアルバムになります。本日は当店をご利用いただきありがとうございました」
今ってアルバムだけじゃなくて、いろんな方法でデータを貰えるんだな。
まさか、メッセージアプリにまでデータを送ってくれるとは……。
そのデータはきっと、羽織袴のお金を出してくれた祖母の下へ送られることだろう。
貸衣装ではなく自前の服なので、俺は羽織袴を着たままスタジオを後にする。
両親も普段より上品な服装に身を包んでおり、親父のスーツ姿が新鮮だ。
目的地は我が家からほど近い神社。
今日は過ごしやすい秋晴れで、家族そろってお出かけするには最適な日和である。
「なにしにいくの~」
俺の撮影に合わせて衣装チェンジし、ノリノリで写真を撮ってもらっていた優也がお母様に尋ねる。
「これから神社へお参りに行きます。『神様が見守ってくださったおかげで、お兄ちゃんが無事に大きくなれました。ありがとうございます』と神様に感謝するのですよ」
「ゆーやもお兄ちゃんとおなじの着たい」
「優也が5歳になったら、家族でお参りに行きましょうね」
貸衣装を脱いでいつもの子供服に着替えた我が弟は、店を出てからも変身中の兄が羨ましいようである。可愛い弟だ。
きっと来年、お下がりとして同じ羽織袴を着ることになるだろう。
今は俺のものを欲しがっているが、いつか『新しい服が欲しい!』と言い出すのだろうか……その時は何の問題もなく買って貰えそうだな。
お母様の家計簿アプリを横から覗いたところ、親父の収入はすごかった。
前世の俺の5倍以上稼いでいた。なけなしのプライドが傷ついた。
正確には、“成人の儀”の後に職場へ復帰してからの収入が跳ね上がっており、親父にそれとなく探りを入れたところ――
「鬼が肉壁としてよく働いてくれている」
とのことだった。
成人の儀で塵となって消えた鬼だが、再び召喚すれば何事もなかったかのように現れるのが式神というものらしい。
あの強力な鬼が不死身の肉壁として働く。そのうえ親父はこれまで通り偵察も行う。任務においてこれほど大きく貢献すれば、報酬も上がって当然だ。
親父が大金を投資してでも鬼を手に入れようとした理由に納得がいった。
うーん、あの鬼、こき使われてるのか……。
複雑な気分だ。
可哀想な気もするが、他の式神の10倍以上霊力を要求してくるし、相応の対価を支払っているとも言える。
そもそも、一般的に式神とは会話が成立しないみたいだし、かつて迷い込んだあの場所が異界である確証もない。
結局のところ全て謎であり、俺が勝手に鬼へ同情しているだけなのだ。
いずれ俺も式神を使って仕事をするのだし、余計なことで悩むのはやめた方がいいかもしれない。
住宅街をテクテク歩いていくと、やがて目的地が見えてくる。
跳ねるように階段を上り、兄弟そろってキョロキョロ境内を見渡せば、そこには沢山の人影があった。
以前、散歩がてら来たときには静かなものだったが、今日は11月15日だからか親子連れが多い。
みんな俺達と同じ目的で参拝しに来たのだろう。
俺と同じように晴れ着の子もいれば、私服で境内を走り回る子供もいる。
5歳前後の子供にとって、羽織袴を着て大人しくするのは辛いのが普通かもしれない。
まぁ、中身大人な俺は当然お行儀よく参拝できますがね。
鳥居をくぐる前に一礼し、参道は真ん中を避けて歩く。
手水舎で身を清め、早速拝殿にて参拝する。
鈴を鳴らしてお賽銭をそっと投げ入れ、二礼二拍手一礼。
ここは常香炉のような設備もないし、特殊なルールもない、極めて一般的な神社だ。
前世で参拝方法を知っていたうえに、おんみょーじチャンネルと親父の指導で再確認した俺からすれば間違いようがない。
祈る内容はもちろん、俺が無事に5歳まで生きることができた報告と、第2の人生を与えてくれた神様への感謝だ。
祈りを終えてゆっくりと目を開ける。俺が一番長くお祈りしていたようで、家族を待たせてしまっていた。
「智夫雄張之冨合様へご挨拶できたか」
「うん、しっかり伝えてきたよ」
この神社が祀っているのは“慈愛と繁栄の女神 智夫雄張之冨合様”。
峡部家も信仰するメジャーな神様である。とはいっても、メジャーなのはこの地域と陰陽師界隈くらいなものだが。
我が家の儀式でもちょくちょく名前が出てくるこの神様は、その昔、覚醒の御魂に負けそうになった子供を案じる母の願いに応え、世界中の母親たちへ加護を与えたと言い伝えられている。
誕生の儀に限り、母親が我が子に霊力を与えられるようになったのは、その加護のおかげだそうな。
お母様のように霊力を持っていない一般人は言わずもがな、一部例外を除き、陰陽師の母親であっても本来他人へ霊力を分け与えることはできないのだ。
あの時、お母様の母乳エンハンスがなければ負けていたかもしれない俺にとって、智夫雄張之冨合様はまさに救いの神といえる。
同じような経験からか、家族の情に厚い御家は智夫雄張之冨合様を祀っていることが多いという。
転生させてくれたのが智夫雄張之冨合様かは分からないが、神様でもなきゃこんな奇跡起こせないだろう。
この機会に感謝を伝えておいた。
「2人ともよく出来ました。偉いですよ」
ずっと俺の真似をしていた優也はお母様に褒められて誇らしげだ。
神聖な場所で騒がしくしたりするような無作法を晒さず、お母様も一安心だろう。
優秀な弟なら、お母様と静かに待っていてくれるに違いない。
これで心置きなく今日の本命――御祈願へ向かうことができる。
「行ってくる。半刻ほどで戻る」
「待っていますね」
「優也、ちょっと待っててね」
「おとーさんとお兄ちゃんどこ行くの~」
鬼退治に続き、またもや置いてけぼりの弟が不満げにお母様へ問いかける。
そんな弟の声を背に申し訳なく思いながら、俺達は拝殿の奥、幣殿へと足を踏み入れた。