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お遊戯会



 幼稚園生活が完全に日常へと組み込まれ、同級生も年長組も全員顔見知りになった頃。

 数ある行事の中でも有数のビッグイベントが始まろうとしていた。


「はーい、みんな静かにしようね。お友達がたくさんいるから、お話したくなるのは分かるけど、これから先生、大切なお話するよ~」


 体操の時間で使われる大部屋。

 そこに年中組がクラスの垣根を超えて集められた。

 授業中に隣のクラスのお友達と会えるこの状況、普段とは違う特別な空気感を感じ取った園児たちが興奮するのも無理はない。


 中身が大人な俺はもちろん、お行儀よく先生に注目している。

 そもそも、運動会やお泊り会とは違って、このイベントは俺達が主役ではない。それを知っている俺が、無邪気な同級生たちと一緒に盛り上がれるはずもない。


「これから、お遊戯会の配役を決めまーす」


 親にとってのビッグイベント――お遊戯会。

 可愛い子供達が一生懸命演技する姿を観劇し、子の成長を目の当たりにして親が感激するイベントだ。


「年中さんの皆には“桃太郎”の劇をしてもらいたいと思います。皆、桃太郎知ってる?」


「「「知ってる~!」」」


 そりゃあ、ここ数週間何度も読み聞かせしてますからね。そうでなくとも、桃太郎ほど有名な童話を知らない人はいない。

 先生方の仕込みは万全である。


 先生は“劇”というものがどういうものか説明し、園児たちは自分がこれからどんなことをするのかイメージを膨らませ、ついに本題である配役の時間が始まった。


「桃太郎役をやりたい人!」


「はい!」「はい」「はいはーい」

「はーい」「はい!!」「俺もやりたい!」


 男子たちがこぞって手を上げる。いや、女子も1人いた。

 物語の主役、劇で一番目立つ役柄だ。

 目立ちたがりな陽キャの卵の大好物、当然の人気である。


「はーい、それじゃあこの6人が桃太郎ね」


 桃太郎6人とかチートすぎるだろう。鬼がかわいそうだ。

 子供は主役をやりたいし、自分の子供が主役をやっている方が親も誇らしいだろうし、不和を避けたい幼稚園としては当然の措置でもある。

 こういうところは、俺の幼稚園時代から変わらないらしい。

 場面転換ごとに交代するんだろうな。


「次は犬さん役をやりたい人!」


「はい」「はい!」

「わたし犬すきー」


「お猿さん役をやりたい人!」


「はい」「はい」「はい」


「雉さん役をやりたい人!」


「おれやりたい」「はーい」「コケコッコー」


 配役は順調に進んだ。

 希望人数が多すぎた場合はじゃんけんで決め、それぞれやりたい役を手に入れていった。

 残るは、目立つのが好きではない自己主張の弱い子供達。


「それじゃあ、鬼さん役やりたい人!!」


「「「………」」」


 こころなしか強めになった先生の語尾。

 だがしかし、その気持ちに応える者はいない。

 それもそうだ、誰が好き好んで悪役を演じるというのだろうか。

 毎回物語の中で桃太郎に退治される嫌な奴。

 “正義の味方”と“悪の一味”という区分は、子供の頃からしっかりと植え付けられている。


 ここまで騒がしかった大部屋が、途端に静かになってしまった。

 先生たちもこうなることは予想していたのだろう、どこか悟ったような表情を浮かべていらっしゃる。


 さぁ、舞台は整った。

 満を持して、俺はここで手を挙げる。


「聖君、鬼さん役やってくれるの?!」


「はい、やります」


「えー、なんでおにやるの?」


 休み時間によく遊ぶ男の子が、俺に向かって問いかける。

 それはね、きっとお母様が喜ぶからだよ。ついでに親父も。


 鬼役が不人気であろうことは予想がついていた。

 6人分枠を作られる桃太郎に対して、鬼は1人でもいいように黒板の枠が小さい。

 つまり、桃太郎の登場シーンが6人で分割されるのに比べて、鬼は俺1人で独占できるのだ。


 桃太郎のお話の中で一番盛り上がる戦闘シーン。

 その場面に確実に出演できるうえ、鬼の登場シーンでは確実に注目を集める。

 観劇する両親としては、我が子が無難なお供役を選ぶよりも、見せ場のある大役を与えられた方が嬉しいに違いない。

 やられ役という役柄的不名誉も、幼稚園のお遊戯会程度なら気にならないし、ここは両親へのサービスを優先するとしよう。


 こうして俺は、悪役を選ぶ意味が分からない同級生たちの視線と、難所を乗り越えられた先生たちの感謝の念を受け、鬼を演じることになった。



~~~



 ざぶ~ん ざぶ~ん


 水面を揺らすのは桃ではない、鬼ヶ島へ向かう船である。

 長年使いまわされている大道具だが、観客が大人であることから、その造りは結構しっかりしている。


 ざぶ~ん さぶ~ん


 効果音も園児の可愛い声で表現されており、舞台の前に居並ぶ観客たちは柔らかい笑みをうかべている。

 既に多数の子供達が役割を終え、親御さん方は満足気である。


 物語も終盤。あとは悪役が成敗されるだけ。

 桃太郎の乗った船が着岸し、ここで舞台は暗転する。

 第5桃太郎と第6桃太郎のドタバタ入れ替わる様子が、舞台袖に控える俺からはよく見える。

 足音が消えた頃、桃太郎が決戦に赴く前の勇ましいBGMもフェードアウト。


 ここでついに、鬼の出番である。

 照明が舞台を照らすと同時、お腹にズシーンと響いてくる重低音が大部屋を満たした。

 俺はステージの床を力強く踏みつけ、足音高らかに登場する。


「鬼ヶ島に来たのは、どこのどいつだ!」


 虎柄のパンツを履き、肌色の服を身に纏う鬼が、張りぼての金棒を振り回し、体を目一杯大きくみせる。

 可愛らしい外見を少しでも恐ろしく見せるよう、全力で演技中だ。


 幼稚園のお遊戯会などお遊びに過ぎない。

 しかし、こういうお遊びこそ全力で取り組むべきだと、俺は知っている。

 恥ずかしがって中途半端な演技をする方が、観客側からすると見るに堪えない結果となるのだ。

 録画された映像を祖母も見るだろうし、両親と弟にはいいところを見せてあげたい。


「ぼくは桃太郎。わるいおにをたいじしにきた」


「できるものならやってみろ!」


 園児用の台本故、セリフ数は少ないし、立ち回りもかなりシンプルだ。

 正直言って、一生懸命演じる以外に出来ることはほとんどない。

 この大部屋に人が集まると声はかなり吸収されてしまう。

 俺にできることは、一番後ろまで声が届くくらい大きな声を出すことと、少し大げさな動作で分かりやすく演じることだけだ。


「やぁっ! たぁっ!」


「ぐわぁ」


「わんわん」「うきー」「ケーン」


「うわぁ~、やられた~」


 いい大人がこんな大根演技を披露したら失笑ものだが、幼稚園児なら味があっていいだろう。

 ただ、親父のスマホに記録された映像は俺のいないところで再生してもらいたい。


「鬼を退治したぞ!」


 鬼の財宝を手土産に、第2おじいさんと第2おばあさんの下へ帰る第6桃太郎。

 最初の親子と全員中身が変わっている。桃太郎は鬼よりもずっと大変な事実に気が付け。


 最後は全員揃って一礼。


 練習した甲斐あって、台本通り完璧な舞台となった。

 登場シーンではしっかり目立てたし、俺としては満足である。


 帰り道は珍しく家族全員揃っての帰宅である。

 しかも、今日は加奈ちゃんたち殿部家も一緒。


「加奈ちゃんの桃太郎、可愛かったわよ」


「うちのお姫様は可愛いうえに格好良くて、もはや無敵だな!」


「うふ~」


 文字通り今日の主役だった加奈ちゃんは、みんなに褒め倒され、自慢げな表情を浮かべている。

 照れ隠しに弟くんの頭を撫でている姿が微笑ましい。


「聖も立派に鬼を演じていて、格好良かったですよ」


「ありがとう」


「どいつだぁ! やってみろぉ! あはははは」


 優也はさっそく俺の真似をしている。それくらい印象に残ったということだろう。

 来年は優也が先生たちの救世主になるかもしれない。


 さて、この場にはまだ感想を言っていない人物が1人いる。

 ほれほれ、いつもの仏頂面を崩してデレてみろ。


「貴方も感想を言ってあげてください」


 お母様に促された親父は、まっすぐ前を見つめていた視線を俺に向ける。

 その目はとても力強く、お遊戯会を観た後の父親の顔ではなかった。

 それはまるで、死地へ向かう戦士のようで……。


「あぁ……お前の一生懸命な姿に、背中を押された気分だ。次こそは、奴との決着をつけるとしよう」


「お前、またやるつもりなのか?」


「あぁ。今度は本気だ」


 なんだ、何の話だ。

 奴って誰のことだ?


「次でダメならば、もう諦める。聖、次はお前も連れて行く」


 だから、何の話だ……。


 その謎はすぐに解けることとなる。

 2週間後の日曜日、俺は親父に連れられて山奥の訓練場へと向かった。

 準備を整えた親父は陣の中心に立ち、宣言する。


「これより、鬼退治を始める」




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