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懇親会 side 源家



 私はその光景を見て、驚愕せざるを得なかった。

 安倍家の嫡男、晴空様がまだ6歳にもかかわらず人型代を自在に操っていたことにも感嘆しましたが、それはまだ理解できる。安倍家の英才教育は凄まじく、歴代の安倍家の子供たちは皆才に恵まれ、その才を早くから磨いている。

 ゆえに、私が恥ずかしいくらい歪んだ顔を晒してしまった原因は他にある。


「あ、あの人型代を操っているのはどなたかしら」


「分かりませんわ。今日集まった方の中で噂になっている子供といえば、源家は当然として、神楽家と神家、それから錦戸家でしょうか」


「どの子もまだ6歳以下じゃない。あんな動き、今の私だってできないわ」


 あぁ。良かった。

 驚いているのは私だけではなかったみたい。

 源家の傘下である皆が驚いている。

 それも仕方がない。あんな複雑な動き、よほど霊力操作に優れていないとできないし、出来たとしても霊力切れで落ちてしまうはず。

 技量に見合った相応の霊力を持っているのでしょう。

 自分も昔遊んだ鬼ごっこで、こんな高度な戦いが見られるとは思いもしなかった。


「落ち着きなさい、皆さん。あの人型代を操作している男の子の母親を探しましょう」


 私の指示に従い、皆さんが周囲を見渡す。

 会場にいるどの大人も皆、驚愕の表情を浮かべている。彼女たちは術者の母親ではないだろう。

 私たちと同じく、術者の母親を探している集団が目に止まる。彼女たちは錦戸家の傘下。彼女たちも除外。

 すると、源家傘下の伊藤さんがこちらに合図を送ってくる。


「あちらの奥様、全く驚いておりません」


 耳打ちしてきた彼女の視線の先には、確かに目の前の光景を見て「当然」と言いたげな顔の女性がいた。

 彼女があの人型代の術者の母親に違いない。


「皆さん、行きましょう」


 これほど有望な男児を持ち、しかも派閥に属していないお家、取り込まない手はない。

 私は10人ほどから成る源家の派閥を率い、件の女性を囲んだ。


「失礼、あの人形代は貴女の息子さんが?」


「えぇ、間違いありません。うちの子です」


 そう答えた彼女の顔を、私はこれまで見たことがない。

 今回の懇親会が初参加なのでしょう。まだ若いし、陰陽師関係者ではなく一般女性と結婚する男性も最近は増えてきました。陰陽師界と縁遠かった女性がこうして新たに加わることも多い。


「とても才能豊かなのですね。将来が楽しみです」


「えぇ、うちの子は間違いなく歴史に名を残す天才陰陽師になります」


 その証拠に、この女性は私を前にしても全く動じていない。

 私が、陰陽師界の頂点に立つ安倍家の分家出身で、その右腕を担う源家当主の妻であると知らないのでしょう。

 知らないのならば知ってもらえばいいだけのこと。

 これから長い付き合いになるのですし。


「ところで、息子さんには既に婚約者はいらっしゃるの?」


「えっ、婚約者、ですか?」


 そうよね、一般人にはそういうしきたりは馴染みが無いわよね。

 でも、陰陽師界ではまだまだ一般常識として周知されている。

 陰陽師の才能は遺伝することが多く、才能ある男女の間に生まれる子供は豊富な霊力を秘めていることが多い。

 片親が一般人でもこうしてたまたま才能ある子どもが生まれることもあるけれど、やはり血の濃さが尊ばれる世界なのです。


「私の娘は今年4歳なのですが、そちらは?」


「4歳です。あの、さすがに婚約なんて早すぎるんじゃ……」


「そんなことありま———『いいえいいえ、せっかくの良縁ですから、このチャンスを逃すことはありませんよ。私の子も4歳なので、ぜひ候補に入れてくださらない?』」


 くっ、包囲の輪を崩されたか。

 やって来たのは錦戸家のアバズレ、成金趣味の裏切り者だ。


「えっと、今の時代は自由恋愛———『自由はもちろん大切ですが、お家のことを考えるのも母親の義務ですわ。力ある男の子には相応の責任が伴う、ならばそれに見合った恩寵も用意すべきだと思いませんこと?』」


 錦戸家がこんな優良物件を逃すはずがない。

 人の話を聞かず風流の何たるかも知らないこの女に取られてたまるものですか。


「錦戸様、随分と強引ですね。私たちと違い、この女性は一般の方です。こちらの常識を押し付けるのはどうかと」


「あらあら、おかしなことをおっしゃりますわ。ここは陰陽師界の中心、安倍家ですわよ。部外者がいるはずありません。この方もれっきとした関係者、よりよい関係を結ぶためにもいち早く素敵な提案を提示するのは当然でしょう。そもそも、先に婚約の話を出したのは貴女の方ではなくって?」


 こんのアマぁ……。

 前々から気に入らなかったが、今回の横入りは腹に据えかねる。

 陰陽師界の中心に毒を垂れ流す錦戸家が安倍家を語るとは、笑えない冗談だ。


「この(かた)の言葉には耳を貸さない(ほう)が賢明ですよ。さもなくば、借金を背負わされて貴女の大切な存在が傀儡にされてしまいます」


「言いがかりはよしてくださいな。我が家はただ困窮するお家に手を差しのべただけ。感謝されこそすれ、恨まれるようなことなど何もしておりませんわ」


「あら、その困窮を作り出しているのはどこのどなたでしたっけ。西方の———」


「あ、あの、私を間に挟んで喧嘩されるのはちょっと……」


 いけない、はしたない真似をしてしまいました。

 この元凶となった鬼ごっこに視線を戻せば、「嘘でしょう」と言いたくなるような事態になっていた。


「あ、あれでまだ本気じゃなかったの?」


「晴空様を相手に遊んでいる……」


 そう、先ほどよりもさらに高度な戦いとなっていた。

 もはやこれは遊びではない。戦いだ。

 錦戸家の恥知らずすらも、その光景に目を奪われていた。

 いえ、部屋中の人間すべてが、目で追うのもやっとな人型代の高速戦に注目し、静寂が生まれていた。


 そして、戦いは終わり、「お兄様が負けた」という明里様の一言によって場は動き出した。


「うちの娘と婚約させましょう。貴女、この後私の家に招待いたします。ぜひ、貴女の子育て論を聞かせて頂戴な」


「ちょっと、横入りしたうえに強引な——『私の邪魔をしないでくださる? さぁ、こちらへ』」


 優良物件どころか次代の中心人物になるであろう男児の母親。

 錦戸家は辛うじて被っていた猫の皮すら捨てて、派閥の人波で彼女を攫って行った。


「ところで、貴女はどこのお家かしら?」


「私は(くう)———」


 先手を取られた私は思わず唇を噛み———「誰だ!」


「はじめまして。峡部家の嫡男、峡部 聖と申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 え?


 さっきギリギリ聞こえた母親の家名と全く違う。

 派閥の仲間たちも首を振る。心当たりがないようだ。


 周囲を見渡せば、動きを止めた錦戸家とあの母親がいた。

 そして、私や錦戸家が移動する前に座っていたテーブルのすぐ近くに、満面の笑みをうかべる女性がいた。


「聖、さっそくお友達が出来たのですね。良かったです」


 そこにいたのかぁぁぁぁぁぁぁ!

 私が指示を出すまでもなく、源家の皆さんが彼女を囲い込んだ。

 彼女もあの光景を見てさっきまで驚いていたはず、だから母親だとは思いもよらなかった。


「貴女、お名前は?」


「え? えぇと、峡部 麗華と申します。あっ、はじめまして。峡部 強の妻でございます」


 慣れてない名乗り、間違いなく一般人。

 そして、その名字からあの術者の母親だと確定した。


「先に名乗りもせず失礼いたしました。私は源家当主、源 (らん)の妻、源 (あや) と申します。どうぞ、よろしくお願いいたしますね」


 もう、錦戸家に横入りはさせない。

 彼女たちは自分の子供の実力も把握していない母親と仲良くしていればいいのです。


「ところで、あの人型代を操作していたのは貴女の息子さんですね。とても素晴らしい教育をされているようで」


「はい、私も驚きました。まさかあんなに速く紙人形を飛ばせるなんて」


 ……この母親も自分の子供の実力を把握していない様子。

 一般人だと自分の子供の霊力が気にならないのだろうか。


「いったいどのような教育を? ぜひお聞かせ願いたいです」


 周囲にいる女性が皆、耳を傾ける。自分の子供があんな天才に少しでも近づけるなら、情報を欲しがらない女性はいないだろう。

 だから、ここでは話させない。


「ちょうど向こうに空いているお部屋があるので、そちらでお話ししましょう。麗華さん、私のお友達も紹介いたしますわ」


「でも、聖が……」


「息子さんなら使用人に見て……もら……え……ば………」


 錦戸家に動きがないと思ったら、こういうことだったのですか。

 私たちの目の前で、またもやあの男の子が動き出していた。

 使用人に用意させたのであろう紙が一斉に動き出す。30枚もの大量の紙が折りたたまれ、蝶々を模した。それだけでもすごいのに、その蝶は全てが別個の命を持っているかのように羽を動かしている。


 いったいどれほどのコントロール力があればあんなことができるのでしょうか。

 少なくとも、陰陽師として活躍したことのある私でもできない高等技術。

 しかも、離れた位置に集まっている女の子の下へ舞い降りている。

 すべて正確に、手の上にチョコンと乗っているものまである。


「わぁ、手紙だ」


 手紙?

 あの年齢の男の子が女の子に手紙を書く?

 蝶を模した人型代で?

 いつの間に?


 普通じゃない。

 行動や実力だけじゃなく、その思考すら子供とは思えないもの。

 これは、味方に引き込んでいいものだろうか。

 いえ、雫もかなり大人びていますし、そういう男の子だっているのでしょう。

 少し迷いが生じた私の耳に、この異常な母親の声が届く。


「まぁ、女の子とも仲良くするなんて、将来は強さんのように素敵な陰陽師になりそうですね」


 ダメだ、この母親まったく危機感を抱いていない。

 あれほどの実力を秘めた子供をもつ母親が無知では利用されかねない。

 私たち、ひいては安倍家の庇護下でしっかりと教育し、役に立ってもらいましょう。


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