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父親の悩み

※このお話は3人称視点です。



「うちの子は……聖は天才かもしれない」


「なんだ、藪から棒に。たまにはお前の方から話題を振れとは言ったが、自慢しろとは言っていないぞ」


 とある山奥の雑木林の中、周囲から見つからないようにカモフラージュされた簡易テントで、2人の男が待機していた。

 今回のターゲットはいくつかの自然条件が揃わなければ姿を現さない。

 こういう時は離れた場所から見張りつつ、泊まり込みでの任務となる。


「まぁ、暇すぎるから聞いてやるよ。お前も結構親バカだったんだな」


 強と共に潜伏しているのは、討伐任務でよくチームを組む陰陽師、白石である。

 彼の勾玉術は強の召喚術と相性が良く、こうして簡易テントで話す機会が多い。

 強は式神から伝わってくる索敵報告を感じ取りつつ、ここ3年間ずっと抱いていた思いを吐露した。


「私も最初は親の贔屓目だと思っていた。しかし、聖の成長があまりにも早すぎる」


「1人目だろ? 子供の成長は早く感じるもんだぜ」


 聖より5歳年上の息子を持つ白石はそう言い切った。

 自分も同じ感想を抱いたが、結局はただの親バカだった。

 自分の子供だから特別視していただけで、平均的な成長だと後から気づいた。


「8ヵ月で歩き始めたんだ。掴まり立ちを飛ばしていきなり歩き始めた。歩行器を探していたところで、必要がなくなった」


「それは随分早いな。運動神経がいいのか、やんちゃなのか。だが、歩行器は赤ちゃんの下半身の発達に支障が出る可能性があるから使わない方がいいぞ」


「その話はあとで聞こう」


 優也に歩行器を使わせてしまった強は静かに動揺した。


「身体的な成長はまだ納得できる。だが、1歳からおんみょーじチャンネルを見始めて既に内容をほとんど暗記しているようなのだ」


「ほぉ、勉強熱心だな。うちの息子にも聞かせてやりたい」


 白石の息子は4歳から見始めてまだ最新話まで見終わっていない。

 どうしても途中で飽きて外へ遊びに行ってしまったり、視聴したのに興味がないから内容を忘れていたり。

 それでも、幼いうちから陰陽師の世界へ片足突っ込むのにいいコンテンツなので、陰陽師界ではかなり有名になっている。

 子供よりも大人からの評価が高いのだ。


「しかも、2年足らずで札を作れるようになった」


「は? お前のところの長男まだ4歳になってないだろ? ってことは、2歳から陰陽師教育始めたのか?!」


「あぁ、本人が教えて欲しいというから試しに教えてみたら……。霊力注入を一発で成功させ、札飛ばしもすぐに習得し、基本の陣10種をあっという間に描けるようになった」


 「しかも自分より字が綺麗」という事実は、彼のプライドが邪魔して言えなかった。

 

「鉛筆か?」


「筆だ」


「マジでか?!」


 白石は心底驚愕した。

 陰陽術をあっという間に覚えた記憶力もそうだが、2歳という遊び盛りにずっと机に向かっていられる集中力が異常である。

 自分の息子は隙あらば外へ遊びに行ってしまうというのに、この差はいったい何なのかと、白石は羨ましくなった。


「お前が天才だというのも納得だわ。そりゃあ自慢もしたくなる。 ……にしては浮かない顔をしているが、どうした?」


 自慢するなら抑えきれないにやけ顔が出てくるはずだが、強の顔は沈んだ表情である。


「……まだ3歳なのに、子供らしくないのが……心配だ」


 不器用な強は、つっかえながら、自分の気持ちを何とか言葉にした。

 父親の仕事にやたら興味を示し、母親の手を煩わせず、父親よりも弟の面倒を見て、注意すれば2度と繰り返さないし、我が儘を言わなければ親へ甘えてもこない。

 優也が生まれたことで聖の特異性が改めて分かった。


「話し方も大人びていて、既に大人と会話が成り立つ。私が仕事で家を離れている間に、誰に言われずとも1人で練習し、文字も陰陽術もあっという間に覚えてしまった。夜泣きも滅多にしなかったと聞く。本当に手のかからない子なのだ」


「羨ましい悩みだな。普通は子供がそうしてくれたら親は泣いて喜ぶのに。陰陽術を自分から練習するとか、俺には想像もつかない」


「私もだ」


 陰陽術の練習は地味な作業だ。

 ひたすら文字を書いて陣の形を覚え、儀式の作法を学び、霊力を消費して肉体的にも精神的にも疲れてしまう。

 せっかく修得した技術も実演する場はなく、陰陽師見習いとして親について行けるようになるその日まで、成果を実感できない。

 陰陽師の才能を受け継いだのに別の道を選ぶ子供が絶えないのはそれ故だ。


「親になって初めて分かったぜ。子供に陰陽術を教える大変さが。それでも教えなきゃならねぇんだから厄介だよな。学校の先生の凄さが分かるってもんだ」


 強も白石も4歳から陰陽師教育が始まり、泣いて嫌がったり逃げ出した思い出がある。

 基礎の陣1つ描くのに50種の漢字を覚えなければならない。意味の分からない漢字や陣の形をひたすら覚えろと言われても、続けられるわけがない。

 それでも、早いうちから仕込まねば戦闘中に使えるほど習熟できない。それができるようにならなければ、いざという時に命を失ってしまう。

 だから親は必死に子供に勉強させようとする。子供は余計に陰陽術が嫌いになって逃げだす。多くの家庭で見られる攻防戦である。


「だからこそ、聖の気持ちが理解できない。大人しい性格だからという理由だけでは説明がつかない」


 自分の子供なのに自分とは全く違い、出来の良い息子。

 自分が半年以上かけて修得した技術を一瞬で習得するほどの才能を持つ息子。

 まるで自分と異なる成長を見せる息子に、言い知れぬ違和感を覚えていたのだ。


 このことは妻にも話すことができなかった。

 1人で思い悩む性格の強だからこその悩み。

 白石にしてみれば何言ってんだこいつ、という感想しか出てこなかった。


「あのなぁ、子供が何もかも自分の生き写しなわけねぇだろ。半分は母親の血だぜ。遺伝子の奇跡で突然陰陽師の天才が生まれたっておかしかねぇだろうよ。環境も時代も違うんだ、考えを理解できなくて当然だ。それでも、俺達だって親から教わったことを忘れちゃいない。子供を育てるってのは、その大切な教えを伝えていくことなんじゃねぇの? まぁ、子育ては妻に任せっきりで、俺もよく分かってないんだが」


 わりといい加減な性格をしている白石だが、先輩パパさんとしての彼の言葉は強の心に響いた。

 強は早くに亡くなってしまった両親から教わったことを思い出す。式神は継承し損ねたが、両親の躾や教育のおかげで大人として振舞えるようになった。


 両親の背中を見てきたおかげで今の自分があることに気が付いた。

 そして、聖にとってのその背中が、自分であることにも。


「……そうか。理解できなくて当然なのか」


「親ですら簡単には理解できないからこそ、子供にとって最大の理解者になれって言葉が生まれたんだろ。努力さえすれば、それでいいんだよ」


 強の心を締め付けていた不安が一気に解消された。

 何のことはない、人に話せば解決する類の悩みだったのだ。


「今度酒を奢る」


「楽しみにしてるぜ」


 月が傾いてもターゲットに動きは無い。

 退屈な待機時間の間、しばらく教育談議は続いた。


「公園で一人遊びばかりして、誰とも遊ばないところは不安だ」


「もしかしたら、知能レベルが違いすぎて同年代とは付き合ってられない、とかあるかもな」


 麗華から話を聞くところによると、聖は友達を作ろうとしないという。その点は素直に心配だった。

 幼馴染の加奈とは仲良くできるのに、公園では一人遊びばかりするというし、人見知りするのだろうかと懸念していた。

 

「なら、今度の懇親会はいい機会じゃないか? 同年代の子供が集まるし、1人くらい気の合う相手が見つかるだろ」


 懇親会。

 日本3大陰陽師である安倍家の主催する懇親会だ。

 その招待状が峡部家に届いた。

 白石家には届いていないそうで、話だけ聞いていたらしい。


「息子の心配ばっかしないで、お前も交流頑張れよ」


「あぁ」


 結局、その夜もターゲットは姿を現さず、2人の泊まり込みが決定したのだった。




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