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【書籍化】現代陰陽師は転生リードで無双する  作者: 爪隠し
第8章

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2度目の学園祭②



 誰もいなくなった屋上で、風が吹き荒ぶ(ふきすさぶ)なか一人立ち尽くす。


 モヤッ


 神楽君が転んだ明里ちゃんを抱き止めた──あの光景が思い出される。

 美少女とイケメン、とても絵になっていた。

 前のデートで撮った写真は、明里ちゃんとの物理的距離こそ変わらないものの、なんだかよそよそしかった。


「滅私奉公なんて真っ平ごめん、か」


 俺との婚約は、滅私奉公に入っているのだろうか。

 自由恋愛が当たり前となった今、親の決めた婚約相手と結婚するなんて、時代錯誤でしかない。

 それは俺もよく理解している。

 でもだからこそ、両思いになれるようデートをして思い出を積み重ねてきた。

 両思いになれたか、というと……うーん。


「神楽君の方がよっぽど仲良さそうだったな」


 幼馴染って言ってたし、俺が加奈ちゃんのことをよく知っているのと同じことなのだろう。

 こればかりはどうしようもない。

 頻繁に会う相手と、書写の展示会でしか会わない俺とじゃ、かけた時間が違う。


「やっぱり時間をかけるしかない……か」


 人間関係に近道なんてない。

 俺にできることを地道に頑張ろう。

 だって、いずれ彼女とは家族になるのだから。

 幸せな家庭を作るためにも、俺が頑張らないと。



 〜〜〜



 方針は決まっても、モヤモヤはそう簡単に消えない。

 後回しにしてしまったが、今年も学園祭に家族が来ている。

 みんなと過ごせば気も紛れるだろう。

 特に陽気なジョンと話していれば、余計なことも考えずに済みそうだ。

 校舎を出て合流地点に向かっていると、すれ違った相手に突然名前を呼ばれた。


「あれ、もしかして聖君?」


 いつの間にか下を向いて歩いていた俺は、顔を上げて声の主を見る。


「美月さん……学園祭に来てたんだね」


 直接会うのは久しぶりだ。

 京都に来てからは会う機会がなかったから。

 御守り定期便も郵送しているし。

 隣にはペットのヨンキもいる。ご主人様が立ち止まったから、大人しくお座りを始めた。後で撫でさせてもらえないかな。


「来るのなら連絡くれればよかったのに。案内するよ。家族も一緒でよければ」


「えっ、そんな、悪いよ。ここに来たのは、その……取材旅行だから。聖君に会えたらいいなとは思っていたけど」


 そう言ってはにかむ美月さんは、真っ白なワンピースにカーディガンを羽織って秋の装いだ。

 弱っていた頃の面影はなく、妙齢の女性らしい健康的な姿を見せてくれた。

 むしろ今は俺の方が気力を失っている自覚がある。

 慎重に言葉を選びながら、美月さんが尋ねてくる。


「なんだか元気なさそうだけど……。何かあった?」


 俺を傷つけないように、労わるように、そんな意図が伝わる声だった。

 自身がかつて苦しんでいたからこそ、こんな気遣いができるのだろう。

 いけないなぁ、周りに気づかれてしまうくらい負のオーラが出ていたようだ。

 いや、顔かな?


「ちょっと、モヤモヤすることがあったんだ。でも大丈夫だから、気にしないで」


「本当に? 私にできることは少ないけど、困ったことがあったら言ってね。聖君にはたくさん恩があるから、少しでも返したいの」


 モヤモヤしていた心に美月さんの優しさが沁み渡る。

 明里ちゃんともこんなふうに支え合える関係を築きたいんだけど、なかなか難しい。


「本当に大丈夫だから、気にしないで」


 それはそれとして、お祓いしたのもストーカーを撃退したのも仕事の一環だから、特別恩を感じる必要ないのに。

 美月さんは律儀だなぁ。

 そんな律儀な彼女は、懐から何かを取り出した。


「恩って言えば。聖君、あの、この御守りのことなんだけど……」


「どうかした? 霊力漏れが軽減されて、長持ちするようになったはずだけど」


 製紙を学び、大量の霊力や精錬霊素でも漏洩しずらい御守りを作れるようになった。

 おかげで、交換頻度は下がっている。


「御守り自体には何も問題なくて。その……知り合いに聞いたら、これの価値がすごく高いって言ってて。15万円なんかじゃとても釣り合わない最高級品だって」


 知り合いって陰陽師関係者かな。

 俺の実績を知っていれば、その御守りの価値を理解してもおかしくはない。

 一般販売していないことからも、その価値は跳ね上がっているらしい。

 市場価格を知り合いに反映するはずもなく、製紙用の材料費分だけ値上げしている。


「それは気にしないでよ。転売だけはしないでほしいけど」


「そんなこと絶対しない! いつも身につけてるから!」


「あっ、うん、そうしてもらえると嬉しいな」


 力強く言われてしまった。

 大切にしてくれているようで良かった良かった。

 けれど、美月さんは引いていなかった。


「でも、さすがに安すぎるから、もう少し支払わせてほしいなって思ってて。とりあえず7倍くらいにしない?」


「とりあえずで提示する額じゃないよ。無理しないで」


「無理じゃないよ。これでもかなり稼いでるんだから」


 仕事を変えたのは聞いているけど、そんなに稼げる仕事なのだろうか。

 7倍って100万円だぞ。

 定期購入したら御守りだけで一般サラリーマンの年収が吹き飛んでしまう。


「それに、私が聖君に返せるのはお金くらいだから……」


 なんだろう、美月さんが悪いホストにハマった人みたいなこと言ってる。

 貢ごうとするのはやめて。


「材料代の値上げだけ反映させてもらえれば十分だよ。お金は自分のために使って」


「でも!」


 押し問答が始まりそうなその時。

 ずっと風が強い一日のなかでも、今日一番の突風が学園を吹き抜けた。

 当然、すぐそばにいた美月さんも突風に晒される。


「きゃっ」


 美月さんは落ち葉や砂塵から顔を庇うように手を上げた。

 顔と引き換えに、無防備になる場所がある。

 足元まで隠していたワンピースが風の悪戯でヒラリ舞い上がり──。


 ──白


 レースの刺繍がたいへん綺麗な三角の布地。

 魅惑的なそれが、俺の目に飛び込んできた。

 紳士であれば、すぐさま目を逸らすべきだろう。

 しかし、普段隠されている真っ白な肌と程よい肉付きの脚がこうも暴かれては、男の本能を抑えられない。

 突風で目が乾燥することも厭わず、俺はその魅惑の光景から目を逸らせなかった。


 時間にしてみれば一瞬のこと。

 ワンピースが捲れ上がった瞬間に美月さんは片手で抑えこんでしまったのだから。

 しかし、俺の脳裏には先ほどの光景が焼き付いて離れない。


「すごい風だったね。……えっと、聖君? ……もしかして、見えた?」


「……何も見えてません」


 美月さんの名誉の為、嘘をついた。

 しかし、俺はどうも顔に出やすいらしい。

 美月さんの顔がみるみる赤くなっていく。そして、恥じらうように早口で捲し立てた。


「あはは、お見苦しいものを見せちゃってごめんね。あっ、私、学園祭回るから。ご家族との時間を楽しんでね。それじゃあ」


 一息に言い切った美月さんは、ヨンキを引きずる勢いで走り去ってしまった。


「…………」


 なんか、今日は一人取り残されることが多いな。

 不可抗力とはいえ、美月さんには悪いことをした。

 中坊の視線くらい気にしないものかと思ったが、奥ゆかしい人だからなぁ。

 後でごめんなさいのメッセージを送るべきか。


「…………」


 あっ、そうだった。

 家族(みんな)を待たせている。

 早く行かないと。



 〜〜〜



 その日の夜から、俺は毎晩今日のことを思い出すことになる。


「くっ、中学生の性欲を舐めてた。こんな猿みたいになるっけか。忘れてた!」


 前世で散々アダルティなものを見てきたくせに、あの一瞬の光景が脳裏から離れない。

 年老いてから長いこと忘れていた衝動に、肉体が支配されている。

 しばらくは夜のルーティンを変えざるを得ないほどに。


 思春期の衝動により、いつの間にかモヤモヤは押し流されていた。

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