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【書籍化】現代陰陽師は転生リードで無双する  作者: 爪隠し
第8章

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決別




 スマホを取り出すと同時、俺を呼び止める声がホテルの廊下に響いた。


「待ちなさい! 聖君!」


「……恵杜さん、まだ何か?」


 俺のすべきことは終わった。

 恵杜さんの杜撰な目論見も失敗に終わっている。

 お互いにこれ以上話すことはないはずだ。


「いきなりどうしたのよ。何か気に触ることをしたかしら?」


「騙し討ちで招待してきたじゃないですか。僕を政争の具にしないでください」


 彩さんは俺の存在で勢力を取り戻しているが、それはこれまでの積み重ねあってのこと。

 持ちつ持たれつだ。

 対して、恵杜さんには何の恩もない。


「それは謝るわ。ほかにもこちらに落ち度があれば謝るから、今からでも会場に戻って、さっきの言葉は間違いだったって言ってちょうだい」


「心にも思っていない謝罪は必要はありません。先ほどの言葉は全て僕の本心ですから」


 もしも最初に声をかけてきたのが彩さんではなく、恵杜さんだったら、今とは違った関係性だった可能性はある。

 彼女に落ち度があるとしたら、俺と出会うのが遅かったことだろう。


「聖君だって言っていたでしょう。長子継承こそ歴史ある陰陽師家系のあるべき姿と。源家は奏が継承すべきと考えたから、今日ここに来たんじゃないの?!」


 それ、源さんが考えた文面ですよ。

 恵杜さんが好きそうな言葉だって。


「ええ、歴史はありますね。我が家も実質的にそうなります。ただ、他家に強要すべきものとは考えていません。今は歴史の転換点ですよ。古い風潮が淘汰されることもあるでしょう」


 一昔前と比べたら、女性陰陽師も劇的に増えている。

 陰陽師学園の卒業生が社会に出たら、それこそ常識が書き換わるだろう。

 源さんが当主となる可能性も十分あり得るのだ。

 それを源家当主が選択するかは知らないが。


「あなた、私を騙したのね!」


「だから、騙してきたのはそっちでしょう」


 メッセージでやり取りしていた時も思ったのだが、この人とは会話が成立しない。

 たまにいるんだよな、同じ日本語を使っているのに意思疎通できない人。

 同じ人類なのに地球から戦争がなくならない理由を再確認できる。


 恵杜さんはハッとした顔で言う。


「あの小娘の入れ知恵ね! 私のことが気に食わないから、奏に嫌がらせしようとしてるんでしょ!」


 俺が聞いた限りでは、嫌がらせしてるのはそっちだろ。

 源さんに情報が共有されないようにしたり、私室のものを捨てたり、楽器を壊したり。演奏会という晴れの舞台で妨害行為までしている。

 彩さんとの衝突は言うまでもない。

 自分がやっているから、相手もやっていると断定するのだろう。


 ……源さんも彩さんも強いからなぁ、反撃してないとは言い切れない点には目を瞑る。


「あの高慢ちきな女の娘だけあって、男に擦り寄るのが上手いのね。嵐様に秘術を教えてもらったのだってそうでしょ」


 なんか一人でヒートアップしている。

 帰っていいですか?


「嵐様も嵐様よ! 娘におねだりされたからってホイホイ秘術を教えて。奏が長男だってわかってないのかしら」


 俺は恵杜さんが苦手だ。

 お母様にしつこくまとわりついたことはもちろん、その行動原理が受け付けない。

 家族の不利益を考えず、ただひたすら己の欲望を遂げようとするところが理解できない。

 結婚したら、互いに支え合うものじゃないのか?

 子供が生まれたら、その子の幸せを願うものじゃないのか?

 己の欲望を叶えるにしても、家族の存在は守るべきものだろう。


 だが、この人はそれすらも踏み台としか思っていない。

 血の繋がらない正妻と長女は特に。


「男児もまともに産めない出来損ないめぇ。私の邪魔をするしか能のない愚図な娘を育てやがって……」


「恵杜さん」


「……!」


 不快なセリフの数々に、思わず怒気がこもってしまった。ろくに戦場を知らない愚かな女でも、自身の危機を察知できる程度には。

 口を噤んだところで、俺は言葉を続ける。


「貴女の言う二人はきっと、妖怪と戦って倒した経験があるでしょう。それが全てとは言いませんが、一度も戦場に出たことがないという貴女に、二人を貶す資格はありません」


 繰り返しになるが、改めて説明することにしよう。


「貴女が家庭内で権力を求めること、それ自体を咎めるつもりはありません。己の願いを叶えるために生きることは、悔いのない死を迎えるために必要なことです」


 俺は前世の後悔を晴らすため、今を精一杯生きている。

 利用できるものは全て利用する。

 これを邪魔する者がいるのなら、俺は全力で排除するだろう。


「ただ、そこに俺を巻き込むのはやめてもらいたい。貴女の願いは、俺の願いを邪魔するものだ。場合によっては見過ごせなくなる」


「な、なによ。邪魔なんて、してない、でしょ」


 もう取り繕う必要もないか。

 俺の感情はしっかり伝わってしまっていることだし、こちらの希望を明示するとしよう。


「源さん……雫さんは、俺にとって大切な幼馴染です。戦場では盟友として力を合わせていくことになるでしょう。俺のパートナーの平穏を脅かすということは、俺の平穏を脅かすことと同義です」


 恵杜さんは口をパクパクさせて顔を真っ赤にしている。

 憎い相手を擁護するとはどういうことか、と言いたげだ。


「ハッキリ言おう。もう二度と峡部家に関わるな。彩さんや雫さんへの嫌がらせも金輪際やめろ。そうすれば、表面上は友好的に接してやる。さようなら」


 俺の言葉遣いに怒りを通り越して愕然としている様子。

 絶句する恵杜さんを置き去りにして、俺は廊下を曲がった。


「な、な、何よあのガキ! ちょっと強いからって調子に乗って! 源家の正妻である私を見下しやがって!」


 正妻じゃないだろ、というツッコミがあるはずもなく、恵杜さんは誰もいなくなった廊下で地団駄を踏む。


「どうしてくれようかしら。絶対に後悔させてやる。あのガキだけじゃなくて、周りの人間も二度と表を歩けなくして──」


「それは、宣戦布告ということでよろしいですね」


「なっ」


 お母様に声をかけた時も、この女は同じことをしていた。

 どこに耳目があるか分からないのに、その場ですぐに感情を口にしてしまう。

 証拠を手に入れられたらラッキーくらいの気持ちでビデオ撮影したのだが、まさかここまで決定的な場面を記録できるとは。

 俺は録画を停止して、隠れていた廊下の角から姿を現す。


「貴女がその気なら、こちらにも考えがある」


 俺はゆっくりと懐から札を出す。

 恵杜さんと視線が札に向いたところで、最高スピードで札を飛ばしてみせた。


「肩に何かついてますよ」


「ついてるって、何が……ひっ!」


 彼女には札が消えたように見えたことだろう。

 戦いに触れたこともない女相手なら、サトリの力で隠す小細工すら必要ない。

 先ほどの実演でどれほどの破壊をもたらすか見ていた彼女は、慌てて札を剥がそうとする。

 ピッタリ張り付かせているから、そのドレスを脱がないと逃げられないよ。


(サトリ、この前のライオンみたいな妖怪を彼女に見せてあげて)


 ──♪


 ホテルの廊下を埋め尽くす巨大な妖怪が恵杜さんの目に映る。

 何もないところから突然妖怪が現れたように見えただろう。


「ひぃっ、まさか貴方の式神? わ、私を殺す気じゃないでしょうね? うちと戦争になるわよ」


 そうか、現場を知らないと妖怪かどうかの判別もつかないのか。

 そんなんでよく源家に嫁いだな。

 顔か、顔なのか。


「そんなつもりはありません。……けど、誰かを消したいと思った時、俺は誰にも気づかれることなく札を飛ばせる。死体は灰すら残さない。それができるだけの力を持っています」


 暴力なんて野蛮なものに頼るのは、文化人として恥じるべき行為だろう。

 だがしかし、原初のコミュニケーションツールでもある。

 言って分からない馬鹿には、行動で以って示さなければならない。

 札を回収し、最後に告げる。


「さっきの発言はしっかり記録してあります。誰の機嫌を損ねるべきでないかくらい、貴女にも理解できましたよね」


 まだ関わって来るようなら、さっきの動画を旦那さんに見せてやろう。100年の恋も冷めるにちがいない。


「わかったから、もうやめて頂戴!」


 命の危機に瀕したことで、彼女にもようやく理解してもらえたようだ。

 あぁ、そうそう、言い忘れてた。


「雫さんは早熟なので忘れがちですが、彼女はまだ14歳の少女です。人から害意を向けられれば相応に傷つきます。大人の諍いに巻き込むのはやめてください。それでは、失礼します」


 今度こそ、俺はホテルを後にした。


 恐ろしいものを見る女の視線を背に受けながら。



 〜〜〜




 そんなやり取りを別室で聞いていたのは、当事者の一人だった。


「峡部さん……」


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