九尾の暗躍②
一度近づいたことで、九尾之狐は己を狙う刺客の気配を覚えた。
その感知範囲は広く、東京にいながら京都へ戻った聖を捕捉できるほど。
平安の世を乱した大妖怪は、現代でも情報戦で優位に立った。
しかし、情報を掴まれているのは九尾之狐も同じである。かつての戦いで全ての能力を見られてしまっている。
そして、力の優位性も人間側にある可能性が高い。能力の全てを知ってなお、九尾之狐に戦いを挑んでいるのだから。
そこまで考えた九尾之狐は、あえて刺客の下へ向かうことにした。
……ォォォオオン
野を越え山を越え、懐かしくも面影のない京都へやってきた。
刺客は結界などの妖怪対策が施されている施設におり、無策で近づくにはリスクが高い。決して見つからない遥か遠方から観察することにした。
〜〜〜
しばらく観察してわかったのは、刺客に取り憑く隙が全くないということ。
そこらの妖怪ならいざ知らず、九尾之狐ならば人の奥深くへ取り憑くことができる。そのまま相手の心を壊し、意のままに操れる人形へかえてしまえる。
戦闘力で劣る九尾之狐にとって最も安全な戦い方だ。
しかし、それも付け入る隙がなければ成り立たない。
不安や恐怖、後ろめたさなど、負の感情が表に出ている人間の心の隙間へ入る必要があるからだ。
当の刺客は充実した毎日を送っているようで、負の感情はほとんど感じられなかった。
となれば、本人ではなく周囲の人間から切り崩すのが定石。
九尾之狐は一人一人観察していった。
「峡部さん、今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ。1時間目は業火之陣でしたね。行きましょうか」
刺客と最も長い時間一緒に行動している少女は、付け入る隙がありそうだった。
しかし、どうも強力な御守りを携帯しているようで、近づいたらバレる可能性が高い。
候補から外した。
「あっ、聖君と雫ちゃんだ! こんにちは!」
「純恋ちゃんは今日も元気だね。走り込み?」
「うん! またね!」
刺客と仲良さげな少女は、相手を油断させるのに最適な人間である。可能ならば取り憑きたい。
しかし、この少女には負の感情が微塵も感じられなかった。
未来への希望に満ちており、見つめるだけで九尾之狐は不快な気分にさせられる。
取り憑けば濃密な陽気で焼き尽くされてしまうだろう。
即座に候補から外した。
「デートの方はどうだったの?」
「百合華ちゃんのおかげで上手くいったと思う」
「そ。じゃあ今回はデザートも頼んでいい?」
「それくらい別にいいよ」
カフェで話している少女は付け入る隙がありそうだった。
しかし、刺客が心を許しているかというと、怪しいところである。
会う頻度も少なく、ビジネスライクな関係性に見えた。
本人もそれほど強くなさそうで、取り憑くメリットがない。
候補から外した。
その他にも刺客と交流のある人物は多数いたが、大半は男だった。
男の油断を誘い、寝首を掻くには異性の方が適している。
そもそも男達は関係性も浅く、取り憑く隙もなさそうであった。
どいつもこいつも陰陽師として地位が高いようで、抵抗される可能性も高かった。
これらも候補から外れる。
選定の結果、九尾之狐が目をつけたのは──。
〜〜〜
「ここで霊力をもっと込めた方が良いですね。霊力を節約しようとすると、札の本来の効果が発揮されないみたいです」
「そうなのですか?」
「ええ、色々試したら霊力を減らした時に風量が減ったんです」
九尾之狐が何度か目撃したのは、なにやら陰陽術の練習をする刺客と少女の光景である。
刺客は随分と少女を気遣っているようであり、他の少女への対応とは少し違っていた。
「今日はこんなところですかね。それじゃあまた」
「ありがとうございました。……また」
少女の近くには大人の女がおり、近づくにはリスクがある。
しかし、それを加味しても少女は狙い目だった。負の感情が表に出ており、本人の実力もほどほど。刺客との距離感も良い。
──決めた。
……ォォォオオン
あの娘を使って刺客の寝首を掻く。
九尾之狐は狙いを定めた。
夜、学園に張られた結界“を”幻惑して警戒網をすり抜ける。
深夜には大人もターゲットから離れる。
昼に覚えたターゲットの気配から棲家を特定し、再び結界を幻惑して侵入した。
……ォォォン
棲家には陰気や穢れ対策が至る所に施されていた。
明らかに要人が住んでいる場所である。
こういった相手は取り憑くまでが大変だが、その後は便利な駒となる。
人間がわざわざ陰陽師から守ってくれるのだから。
九尾之狐はとある部屋の前にたどり着いた。
フッ
霊体に物理的な壁は意味をなさない。
音もなく侵入した九尾之狐は、布団で眠るターゲットを見つけた。
睡眠中は抵抗も弱まる。さっそく忍び寄ろうとしたところで、九尾之狐は飛び退いた。
ォォォオオン!
壁際に置かれた箪笥から、恐ろしい浄化の力を感じたのだ。
箪笥をよくよく観察すると、箪笥の中に入っている何かがその発生源であることがわかった。
不用意に近づけば大きく力を削がれることになっただろう。
九尾之狐はその箪笥を避けるように布団へ向かい、寝息を立てるターゲットに忍び寄った。
枕元に立った九尾之狐は、さっそく精神へ干渉する。ターゲットの抱える負の感情を増幅する為に。
〜〜〜
眠りにつく明里の認識において、それは夢という形で現れた。
学園に入学したばかりの頃のこと。
聖から御守りを渡された。
家に戻った明里は、貰ったばかりのそれを手にため息をつく。
『頂いてしまいました……』
明里はこれの価値をよく知っている。
聖が混じり気なしの厚意から贈ってくれたことも。
だからこそ、申し訳なくなる。
『ごめんなさい』
そう言って、貰ったばかりの御守りを箪笥へしまった。
明里は既に御守りを持っている。
それは親から護身用に渡されたものではなく、大切な幼馴染からもらった宝物。
複数御守りを持ってしまっては、それを無碍にする気がしてしまう。
故に、他の御守りを携帯しなかった。
〜〜〜
九尾之狐は刺客の作った道具が収められた箪笥を忌々しげに見つめる。
やはり刺客は油断ならない相手であると確認できた。
ここで時間切れである。
既に太陽が昇り始めており、意識が浮上し始めている。
ターゲット──安倍 明里についての情報や周囲の環境についても知ることができた。
これでまたいつでも侵入できる。
明里の心を弱らせる為、九尾之狐は毎晩通うのだった。





現代陰陽師は転生リードで無双する 肆