タイムトラベラー
栃木県北部、那須連山茶臼岳の山麓に広がる那須高原。
高原の中でも“賽の河原”と呼ばれる場所に、それはあった。
「殺生石の様子は?」
「異常なし。あとはよろしく」
「夜勤お疲れ様」
大妖怪──九尾之狐が封印されし殺生石は、常に監視がついている。
監視カメラだけでなく、人間の目視による監視も24時間行われているのだ。
莫大な人件費がかかるも、平安時代より続けてきた仕事である。
国が費用を負担してまで続けられているそれは、かつて九尾之狐がもたらした被害が如何程のものだったかを雄弁に語っている。
「どれどれ、よし、異常ないな」
殺生石から少し離れた場所にある監視小屋から出て、目視が行われた。
全方位から罅がないか確認をする。これはもともと管理していた寺の業務だったが、今は関西陰陽師会が派遣した陰陽師に引き継がれている。
万が一、九尾之狐の欠片討伐中に封印が壊れた際、いったい何が起こるかわからない。よって、身を守りつつ連絡できる人材が派遣されたのだ。
かれこれ半年以上続くこの業務に、監視員は慣れた様子でタスクをこなす。
「変化なし」
監視小屋へ戻った男は、交代時間まで殺生石のライブ映像を見て過ごす。
時折本体を目視確認し、変わり映えのしない石をじっと見つめるだけ。
人によっては拷問となる退屈な仕事だが、適性のある陰陽師に依頼が回された為、不満は出ていない。
そのぶん報酬が良いからかもしれないが。
「おっと、時間か」
その日は通常の目視確認だけでなく、特別対応が予定されていた。
監視小屋から出た男は、スマホ片手に殺生石を目視できる距離でスタンバイする。
『監視体制強化中』
そんなメッセージを送ると、了解の二文字が返ってきた。
メッセージを送った相手は、九尾之狐の欠片討伐部隊である。
今まさに現地で欠片の封印が解かれ、討伐されるのだ。
その影響が本体に出ないか、中距離から観察するのも業務の一環である。
ピロリン
『討伐完了』
「早っ、相変わらずとんでもない強さだな」
当初は討伐までどれだけ外で待たされるか心配していたものの、毎度数分経たずに討伐されていれば心配もなくなる。
むしろ、討伐部隊がどれだけすごいメンツなのか気になるのが普通だ。
監視員達はコネクションを使って調べてみる。そうして浮かび上がってくるのは、一人の少年であった。
「末恐ろしいねぇ。俺とは大違いだ」
有名どころが一堂に会する討伐部隊で攻撃するのはたった一人。
脅威度5強が相手でも涼しい顔で倒してしまう。
そんな化け物級の強さを持った少年がいるらしい。
「変化なしっと」
自分の住む世界とは違うなと、監視員は感嘆しながら小屋へ戻っていく。
その日も殺生石には微塵も変化がなく、次の監視員へ引き継いだのだった。
そう、監視員は認識していた。
〜〜〜
監視員が気づかなかっただけで、殺生石には大きな変化が起きていた。
それも、監視員の目の前で。
バキ……バキ……
九尾之狐の欠片が討伐された瞬間、石に罅が入ってゆく。
明らかに危ない音が鳴っているにも関わらず、石の周囲を歩く監視員は反応を見せない。まるで、目の前で鳴る音が聞こえていないかのように。
ピロリン
「早っ、相変わらずとんでもない強さだな」
九尾之狐は人を惑わす。
その力は封印が完全に解ける前から外部へ影響を及ぼしていた。
監視員の目にはいつもと変わらない殺生石が映っている。
やがて罅が一周し、封印が崩壊する。
パキッ ゴトン
「変化なしっと」
惑わされたのは人間の五感だけではない。
後に監視映像を確認しても、封印崩壊の瞬間は映っていなかった。
日本が恐れていた事態は、万全の監視体制すら欺いたのだ。
監視員はそのまま小屋へ戻っていく。
背後で殺生石から黒い靄が漏れ出していることにも気づかずに。
……ォォォオオン
やがて黒い靄が集まり、小さな金毛九尾之狐の姿をとる。
本来ならば、殺生石の封印はあと数十年は保つはずだった。
経年劣化により弱り始めていたとはいえ、管理されている封印はしっかりとその役割を果たしていたのだ。
そんな封印を強引に破る為、九尾之狐は代価を支払うことにした。
殺生石となった己の肉体を捨てるという決断によって。
……ォォォオオン!
強靭な肉体を捨ててでも復活を早めたのは、己の一部が次々と屠られているから。
九尾之狐は封印の中にあってもその脅威を感じ取っていた。
これ以上己の体を破壊されれば、致命的な弱体化に繋がりかねない。
その前に己に盾突く敵を排除せねばと、周囲を探る。
……?
かつて己を封印した怨敵の気配は感じられなかった。
ならば、いったい誰が攻撃してきているのか。
九尾之狐は現状持っている情報が少なすぎると判断した。
ならば、集めなければならない。
ウォォオン
音もなく駆け出した九尾之狐は人のいる方向──街へ向かった。
〜〜〜
九尾之狐が人語を話せたのなら、こう言うだろう。
『ここは異世界か?』
平安時代に封印された九尾之狐からすれば、現代日本は未知の世界である。
高層ビルが立ち並び、乗り物が地を駆け空を飛び、山ほどの人間が巨大な縄張りを確保していた。
こんな奇想天外な世界を九尾之狐は知らない。
なんなら目の前の人間も日本人なのか確信を持てない。
九尾之狐が知っているそれよりも背が高く、顔立ちが異なり、身に纏う服装が全く違う。
別の人種に支配された可能性の方が高かった。
ォオン
まずは今の状況を調べなければならない。
九尾之狐が知る常識で動けば、何が致命的な失敗に繋がるかわからない。
情報を集めた後、己を攻撃する人間を探す。
残されし体の一部を失うことになってもそれが最善であると、九尾之狐は考えた。
人間達を混沌の渦に呑み込むのは全てを終えた後だ。
建物の影に潜み、九尾之狐は密かに動き出した。
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