厳島
今日もまた九尾之狐の欠片討伐へ赴く。
陰陽師学園から二人の仲間を引き連れ、遥々広島までやってきた。
九尾之狐の欠片は全国各地へ飛び散っており、世間的に知られているものよりも多くの地で管理されている。
ここもその一つである。
「予定よりもかなり早く着きましたね」
しかも、神社側の準備に思いの外時間がかかるとのことで、作戦開始時間も数時間後ろ倒しとなった。
現場では机上の計画通りにいかない。
前世でそれをよく知っている俺は、謝る先方へ仏の顔で了承した。
「どこかで時間を潰しますか」
「でしたら、個人的に行きたい場所があります」
俺の提案に対し、源さんがそう言って離れようとする。
おいおい、どこへ行く。
「えっ、雫ちゃん行きたいところあるの? 行こう行こう!」
「いえ、私は父と行きます。お二人はご自由に」
「どうせやることもないですし、たまには俺がお供しますよ」
源さんに行きたい場所があるなんて珍しい。
純恋ちゃんも賛同して、その勢いのまま俺達は移動を始めた。
源さんパパは現地で合流するらしい。
「それで、行きたい場所というのはどこですか?」
「同行する前に目的地を確認するのが先では? ……厳島神社です」
どこか呆れた様子で教えてくれた。
厳島神社といえば、世界遺産に登録され、海の上に建つ鳥居が観光名所として有名な神社だ。
「厳島神社、私も聞いたことある! あそこって、どの神様の神社なの?」
「宗像三女神です。我が家が信仰しているのは、その三女であらせられる市寸島比売命です」
源家は基本的に天照大御神を信仰しているが、その秘術の特性から市寸島比売命も信仰している。
市寸島比売命は天照大御神によって生み出された神なので『二股ではなく母娘推し』という理屈らしい。
まぁ、神様はそんな些細なことで腹を立てたりしないだろうから、問題はないと思う。たぶん。
「市寸島比売命はどんな神様なの?」
「水の女神なのでご利益に航海安全があります。神仏習合によって弁財天と同一視されたことで、金運や芸術などのご利益もあります」
純恋ちゃんの質問に源さんがスラスラ答える。
龍笛術を秘術とする源家にとって、芸術の中でも音楽を司る神は都合が良かった。
そして、秘術の勉強を始めた源さんとしてもご利益にあずかりたいところ。
ちょうど広島へ来る機会に恵まれた二人は、欠片討伐後に参拝する予定だったらしい。
「雫ちゃんのパパいないね」
「10分後に着くそうです。待ちましょう」
先に着いた俺達は神社入口の手前で待つことにした。
外は太陽の熱気が凄まじいので、阿部家が手配した送迎車の中へ戻る。
短い待ち時間でも退屈を持て余す元気っ娘は、暇つぶしに窓の外を眺めていた。
「ねぇねぇ雫ちゃん、あれ何だろう」
「あれは大鳥居です」
「えっ、鳥居? なんか灰色で四角いよ?」
純恋ちゃんの見つめる先には、海の上に悠然と佇む赤い大鳥居……ではなく、足場材とメッシュシートで組み上げられた灰色の工事現場があった。
「改修工事中なので」
「かいしゅーこーじ? 聖君、かいしゅーこーじって何?」
「長い間波と海風に晒されてボロボロになったから、直してるんだよ」
「修理してるってことだね!」
俺が噛み砕いて教えてあげると、純恋ちゃんは得心がいった様子。
それにしても、ちょうど参拝に来た時に改修しているとか、タイミングが悪すぎる。
思い返してみれば、前世でも修学旅行先の神社が改修中で見れなかったっけ。
もしかして俺の運が悪いのか?
雨男ならぬ改修男の可能性に至った頃、純恋ちゃんが言う。
「あんなふうに修理するんだね。面白い! すごいのが見られてラッキーだね!」
「ラッキーか……。確かにこれもまた経験の一つか」
楽しみにしていた大鳥居が見られなかったにも関わらず、ポジティブに捉える純恋ちゃんの心……俺には眩しすぎる。
「雫ちゃん、あれは何?」
「あれは客神社の本殿です」
「じゃあ、あれは?」
「あちらは本社の拝殿です」
「雫ちゃん詳しいね!」
「調べてきたので」
「じゃあじゃあ──」
夏休みの間、俺は暇を見つけて学園近辺の神社へ参拝してきた。源さんは秘術習得のために同行し、そこで数々の知識を披露してくれた。
俺が提案した『相手を知る』を実行してくれたようだ。
凄まじい記憶力で、参拝する前には観光ガイドばりに知識を蓄えてくるのが常である。
源さんは純恋ちゃんの質問にもスラスラ答えていく。
「父が来たようです」
「いってらっしゃい。こっちはこっちで参拝してきます」
さすがに御祈祷までお邪魔するわけにはいかない。
源家の行事が終わるまで、俺は純恋ちゃんと厳島神社を観光していくことにする。
おみくじを購入したところで純恋ちゃんが叫んだ。
「あっ、宿題教室に忘れてきた!」
「何で今?」
「学業に書いてあったの。『課題をまじめに』って!」
それで、いきなり宿題のことを思い出したのか。
武士科には精鋭クラスがないから、普通に小学生として教室で授業を受けているらしい。
俺はこっちにきてから宿題出されてないな。
「忘れてたよぉ……。帰ったら急いでやらないと」
「そんなに難しい宿題なの?」
「ううん。みんなは簡単って言ってた」
純恋ちゃんは恥ずかしそうに「私がおバカなだけ」と、自己申告してきた。
いつも元気な彼女がここまで声をひそめるなんて珍しい。
「勉強嫌いなの?」
「勉強は好きだよ。新しいことを教えてもらえるから。でも、覚えたり問題を解くのは苦手……」
小学校低学年の頃、御剣家の訓練合宿で宿題をやっている姿を見たことがある。その時は苦手意識がなさそうだった。
高学年になってから変わったのだろうか。
なら、早いうちに苦手意識を取り除いた方が良い。
教育の専門家に任せた方がいいのかもしれないが、同じ子供だからこそ、できることもある。
「今度勉強会しない? 暗記のコツを教えてあげる」
「えっ! いいの?」
「うん、いつも武士の技を見せてくれてるから、そのお礼。これでも成績は学年上位だから、大船に乗ったつもりでいてよ」
「わーい!」
前世では大学を卒業している。
平均的な学力の俺が受験を乗り越えるため、様々な勉強法を模索した時の知識が役立つだろう。
それでダメなら総務にサポートを依頼するか。この子は勉強なんかに時間を使うより、刀を握らせた方が社会にとって有益だと言って。
「勉強会、約束だよ! あっ、雫ちゃん戻ってきた」
源家当主と挨拶をし、揃って神社へ戻ると、ちょうど封印解除の準備が整っていた。
〜〜〜
「──焔之陣・改」
復活直後の九尾之狐の欠片が塵に還った。
今回も大した騒動なく、仕事を終えることができた。
「皆さんお疲れ様でした!」
周囲から威勢の良い返事が返ってくる。
初めの頃のぎこちない返事とは大違いだ。
パターン化した流れ作業によって、程よい緊張感へと変わっている。
それは源家の面々も同様だ。
「峡部さんの陣、いつもと違いましたね」
「マナー違反ですよ、源さん。まぁ、学園で習える今となっては意味もありませんが。これは出来損ないの陣ですし」
学園で習っている秘術──業火之札で知った知識を、一般的な焔之陣へ組み込んだ研究成果である。
まぁ、火力が高くなる代わりに霊力消費量がバカみたいに上がる欠陥品なのだが、一度も実戦使用しないで没にするのも勿体無くて。
オーバーキルする分には問題なかろうと、本日使ってみた。
「物理的な効果が大きいようですね。陣の近くにいた方が飛び退いていました」
「えっ、エネルギーが周囲に拡散してるんですか。いよいよ欠陥品ですね」
自分一人で実験した時には気付けなかった。
やはり、そう簡単に術の改良はできない。
長年かけて改良された秘術を教わるのが近道だ。
「この短期間で改良された時点で十分すごいと思いますが」
源さんはそう言って慰めてくれた。
一度失敗したくらいでヘコタレていられない。
失敗は成功のもと。学園でさらに秘術の知識を教わって改良していくとしよう。
可能なら、九尾之狐本体と戦う時にパワーアップした陣をお見舞いしたい。
こうして、夏休み明けも九尾之狐討伐は続く。
〜〜〜
同時刻、殺生石本体が割れ──九尾之狐が復活した。





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