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転生リードの成果


 ピクニックに出かけたあの日からまた季節が変わり、太陽の燦燦と輝く夏がやって来た。

 みるみる成長する弟に対し、俺は相も変わらず不思議生物を吸収し、霊力の精錬に精を出す日々である。

 第漆精錬の手法も見つからないし、停滞感が否めない。

 そんなある日、大きな変化が訪れた。


「今日から陰陽術の指導を始める」


 それは朝の食卓で唐突に告げられた。

 サンドイッチを食べていた俺は、言葉の意味を理解するのに僅かな時間を要した。

 咀嚼していたパンを飲み込み、まっすぐ見つめてくるクソ親父の真剣な瞳を見てようやく返事が出来た。


「教えてくれるの?!」


「……あぁ、まずは簡単なものから始める。全て修得したら、いずれ峡部家の召喚陣も継承しよう」


 ついに、ついに、峡部家の陰陽術を習える!

 おんみょーじチャンネルで陰陽師界隈の常識は学んだが、天橋陣見学のような実践的な知識は皆無であった。

 プロの陰陽師を目指しての訓練も手探り状態だった。しかし、それも今日をもって終わる。これからは正しい知識を基に更なる鍛錬を積めるに違いない。


「よろしくお願いします!」


「……あぁ」


 俺の熱意に押され気味なクソ親父。

 おいおい、そこは次代の峡部家を担う我が子のやる気を褒めるべきだろうに。

 まぁそんなことはどうでもいい。

 早く、早く教えてくれ!


 朝食を手早く片付け、俺はクソ親父の後をついて行った。

 そこは周囲を完全に囲まれた中庭であった。昔は綺麗に整備されていただろう中庭も、今では物干し竿が寂しく佇むのみ。


「陰陽術の練習をするときは、必ずここでするように。雨が降っている時のみ寝室での練習を許可する」


「はい!」


 なるほど、技術秘匿のために人目のつかないここを指定しているんだな。

 把握しました!


「まず教えるのは、私も最初に習った陰陽術の基礎——霊力注入だ」


「はい!」


 さっきからテンションが上がって仕方がない。

 何かを知りたくて待ちきれないこの感覚、前世を含め生まれて初めてだ。


「……うむ。では、この札に体内の霊力を注ぎ込んでみろ。正しく霊力が注ぎ込めれば光るように文様を描いてある」


 そう言って渡されたのは不思議な文様の描かれた和紙だ。

 日本語ではない文字が連なって円や線を描いている。おんみょーじチャンネルや天橋陣で見たものと同じだが、描かれている内容が違うのだろう。

 今度自由帳に書き写して練習せねば。


「まず、霊力とは我々陰陽師が生まれながらに持っている力である。麗華や優也のように陰陽師の素質に恵まれなかった人間は霊力を持っていない。この霊力こそが陰陽術を——」


「お父さん、それもう知ってる。おんみょーじチャンネルで解説してたから」


「……そうか。札への霊力注入は、体内から体外へ霊力を移す作業だ。体内の霊力を意識し、札に注ぎ込むイメージで行う。最初は全く感覚を掴めず、つまらなく思えるだろう。しかし、そこで諦めずに毎日練習することで、掌から札へ自然と霊力が流れていく感覚を覚えるはずだ。この練習は基礎にして陰陽術の全てでもある。毎日根気よく続け———」


 光った。

 思っていた以上に簡単だった。

 というか、毎日欠かさず霊獣の卵にご飯をあげている俺には出来て当然の課題である。

 あれこそまさに霊力を体外に放出する行為なのだから。


 クソ親父の説明の途中で試したら光ってしまった。

 これにはさすがの仏頂面も崩れてしまっている。


「……練習していたのか?」


「……ううん。お父さんの言う通りやったら出来た」


「……そうか」


 クソ親父はそこで口を閉ざした。

 我ながら無理があるかなと思ったが、クソ親父は俺の嘘を聞いて納得してくれた。

 追及されたらどうしようかと焦った。


 驚きの表情を隠せないクソ親父は「ちょっと待て」と言って、手に持ったボロボロの本を読み始めた。

 背表紙のタイトルを盗み見れば、「峡部家陰陽術指南書」と書いてある。

 恐らくこの本に陰陽師の卵育成方法が載っているのだろう。


 クソ親父の計画では霊力注入のコツを伝えて後は自主練習にする予定だったはず。少なくとも数週間はかかりそうな口ぶりだった。

 それがまさか一発で成功するとは思っていなかったに違いない。

 次はどうすべきか悩んでいるようだ。


「よし、札に霊力を込められるようになったならば、その札を飛ばしてみろ」


「……どうやるの?」


 札を飛ばすと聞いて思いついたのは、触手で札を宙に持ち上げる方法。

 しかし、どう考えてもこれは違うだろう。そもそもクソ親父が触手を使っているところを見たことがない。

 ここは一度しっかりやり方を教わるべきだ。


「これはおんみょーじチャンネルでやっていなかったのか?」


「やってたけど、お父さんみたいに分かりやすいコツは教えてくれなかった」


 島羽お兄さんも「霊力を込めたら札を操れる」と言っていた。

 説明はそれだけで、その後は札をビュンビュン飛ばすだけの企画だった。

 今思えば、あれはおそらく霊力注入の辛い訓練を頑張らせるための餌なのだろう。練習を頑張れば札をビュンビュン飛ばして遊べるよ、と。


「そうか……。体外に放出した霊力は自分の体の一部と同じだ。軽い札ならば分離した霊力を糧にすることで自由に動かすことができる。それがたとえ空中であっても一緒だ」


「動かせるものなの?」


 俺は半信半疑で霊力を注ぎ込んだ札を動かそうと念じてみた。

 うーん うーん うーーん

 びっくりするぐらい手ごたえがない。

 初めて体内の霊力を動かそうとした時と同じくらいできる気がしない。


「こんなふうにするんだ」


 クソ親父が札を飛ばし、実演してみせる。

 ドローンよりも縦横無尽に空を飛ぶ札からは、クソ親父が言う通り自分の体の一部を動かすくらい簡単そうに見えた。


「ふぅ……では、この練習を行うといい。先ほど私が見せたのと同じくらい動かせるようになったら次の課程に進もう」


 そう言い残してクソ親父は仕事に向かう。

 最後の方はなんだか安心している節があった。

 しょっぱなから計画が狂って戸惑ってたし、そんな反応にもなるか。……なるか?


「息子が優秀で喜ぶべきじゃ? あっ、有名人になるなら逸話があったほうがいいよな。両親への取材で『私が教える前から霊力を扱っていました』とか答えて……ふふふ」


 俺が輝かしい未来へ思いを馳せていると、曲がり角の向こうから声が聞こえてきた。


「こっちですよ。頑張ってください優也、いっちに、いっちに!」


「まんまぁ~、えひひひひ」


 可愛らしい声と共に姿を現したのは我が弟、優也である。


 優也もついに歩けるようになった。

 こうしてお母様に向かってよちよち歩く姿は微笑ましい。


「よく出来ました! 優也もすっかり歩けるようになりましたね。ほら、お兄ちゃんがいますよ」


「にぃ~」


「優也、頑張ってるね。偉いぞ~」


 お母様に抱っこされた優也が俺に向かって手を伸ばす。

 俺はその手を取り、空いた手で頭を撫でてあげた。


 “パパ”よりも先に覚えた“にぃ”という呼び名に頬が緩んでしまう。

 弟という存在がこんなに可愛いとは知らなかった。前世の両親にも「兄弟が欲しい」とか言ってみればよかった。


「お父さんはもうお仕事に向かったのですか?」


「うん、課題出して行っちゃった」


 優也と戯れていると、お母様が周囲をキョロキョロしながら聞いてきた。

 クソ親父から渡された札を見せれば、2児の母とは思えぬ可愛らしさで小首を傾げる。


「もう霊力注入の指導が終わったのですか? コツを伝えるのに時間がかかると聞いていたのですが」


 お母様はクソ親父と俺の指導風景を見学したかったようで、ちょっと残念そう。


「霊力注入はすぐに出来たよ。今は札を飛ばす練習するように言われたんだ」


「え? もう終わったのですか、本当に? 早くても半年、長ければ1年かかると聞いていたのに……」


 ここぞとばかりに自慢してみたら、思いのほかお母様が驚いていた。

 そして俺も驚いた。霊力注入って半年から1年かかる予定だったのか。

 そりゃあクソ親父も動揺するわ。


「まぁまぁまぁ、やっぱり聖は天才です! さすがは強さんの子供!」


「うわっ」


 優也を抱いている腕と反対の腕に捕まった俺は、お母様の豊かなお胸にダイブすることになった。

 俺が自慢したはずなのにお母様の方が俺よりもずっと喜んでいる。溢れんばかりの喜びの感情が俺の頭を撫でまわすかたちで表現された。


「はぁぁ……特訓の邪魔をしてしまいましたね。私たちはリビングにいますから、引き続き頑張ってください」


 満足するまで撫でまわされ、最後に頬っぺたにチューされてようやく解放された。

 1人中庭に面した廊下に残された俺は余韻に浸っていた。


 プロの陰陽師になろうと、これまでいろいろ努力してきた。

 不思議生物と戦い、霊力を精練し、触手を改良し、消えた不思議生物を探し、おんみょーじチャンネルを熱心に見た。

 それらにどれほど意味があるのか、これまでずっと分からなかった。実は自分のしていることは全て無意味なんじゃないかと不安になる夜もあった。


 しかし、お母様の喜ぶ姿を見て全ての努力が報われたような気がする。


 イレギュラーとの死闘も1年かかる技術習得を早めてくれたと考えれば戦った甲斐があるというもの。

 この調子で頑張れば、陰陽師のトップも夢ではないかもしれない。


「よし! 札を飛ばす練習しようっと」


 こうして、気合を入れなおした俺は初めての陰陽術課題に取り組むのだった。




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