神の愛し子
しばらく祭祀を見学していると、ついにメインイベントが終わり、一区切りついたようだ。
「ちょっと失礼します」
晴明様へ断りを入れて、貴賓席を後にする。
さて、子供達はどこへ行ったのか。
神社の敷地からは出てないと思う。
となると、あの辺りかな。
手伝いをしていた時に掴んだ土地勘で、祭祀の関係者控え室へ向かう。
俺の予想通り、そこには子供達がいた。
「ラッシー、帰って来い!」
晴空君の叫び声が響く。
ラッシーとは、和室の中央で倒れている神楽 支のあだ名だろう。
神楽君は舞を踊っていた時から変わらず、手が透けていた。
晴空君に続いて子供達が口々に呼び掛ける。
「まだ生きたいって言ってただろ!」
「夏休みの約束忘れたのかよ!」
「また学校に行こう」
そして最後に、神楽君の手を握りながら、明里ちゃんが叫んだ。
「お願い! 帰ってきて!」
え、そんな大声出せたの?
明里ちゃんの全力の呼びかけに応えるように、神楽君が目を覚ます。
透けていた彼の手は元に戻っており、危機を脱したようだ。
彼は自分を囲む友人達の姿を見て、ゆっくりと起き上がった。
「みんな……」
「うわぁぁぁあああラッシー!」
「目を覚ましてよかった!」
安倍兄妹が目覚めた神楽君を抱きしめる。
他の子供達も肩を叩いたり、頭をクシャクシャに撫でたり、喜びを表している。
きっと、神楽君が舞台を降りてからずっと呼び掛けていたのだろう。
「…………」
何これ?
いや、何となく予想はつく。
神の世界に連れていかれそうになった神楽君を友情パワーで呼び戻したとか、そんな感じの一幕だろう。
外様の俺じゃあノリについていけなかった。遅れてきて正解だったな。
ひとしきり喜び合った晴空君と神楽君は、俺の目の前でドラマの続きを始めた。
「もう祭祀を止めることはできないのか?」
「それはできません。妖怪が増えた今、潮舵金哉様の御力が必要です」
潮舵金哉様は神楽家に恩寵を授けるだけではない。海が荒れるのを防ぎ、近隣の漁場を豊かにしてくれる人類の味方である。
島国である日本にとって重要な神様なのだ。
その神様へ感謝を示すお祭りのメインイベントが今日の舞だったわけだ。
神と人の架け橋を役目とする神社の人間相手に、祭祀をやめろというのは土台無理な話である。
しかも神様お気に入りの美少年を隠して他の人を立てたりしたら、神の怒りを買う可能性もある。そうなれば、終焉之時に力を貸してくれなくなるだろう。
挑戦するにはリスクが大きすぎる。
「俺が……もっと強ければ……」
晴空君が己の非力を悔やむように言った。
あっ、これ、将来晴空君がパワーアップするキッカケとして回想に出てきそうなシーンだな。
控え室の外からそんな一幕を見ていると、後ろから声を掛けられた。
「あの子の為に、こんなにたくさんの人が力になってくれるなんて。良い縁に恵まれたことを嬉しく思います」
苦しそうで嬉しそうな声の主は、神楽君の母親だった。
手伝いをしていた時に少し話している。
神楽君の美貌はこの人から遺伝したのだとすぐにわかるくらい、とんでもない美人だ。
「峡部 聖さんですね。先ほどは準備を手伝ってくださりありがとうございます。貴方のような心優しい子が、うちの子の友達になってくれて嬉しいです」
「あっ、はい」
実際のところそれほど交流はない。
入学式に挨拶して、秘術の授業で多少話したくらいか。
学校で保護者と会った時特有の気まずさを感じる。
「日本の未来を守る者として、力を合わせましょう。これからもうちの子と仲良くしてくださいね」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
味方は多いに越したことはない。
彼がいざという時に力を発揮してくれるなら助かる。
……母親が期待しているのは、いざという時が来るまで神楽君に力を使わせないでほしいってところか。
いや、下心はなさそうだから言葉通りか?
いやいや、美人だから判定甘くなってないか俺?
「それでは、私はこれで」
母親は息子のところへ向かった。儀式用の服を着替えさせるのだろう。
「聖も来てたのか」
晴空君が入れ替わるようにやって来た。
そして、急に俺の肩を掴み、真剣な表情で問いかけてくる。
「聖、お前も何か隠していることはないか? 力を使うと痛みを感じるとか、障害が残るとか、老いが早くなるとか、神に誘われるとか」
何その嫌な副作用のオンパレード。
そんなのがあったらさすがの俺も陰陽師を続けてないと思う。
「我が家の秘術にあからさまな副作用はないですよ」
「本当か?!」
晴空君は嘘をついたら許さないとばかりに念押ししてくる。
あまりの熱意に押された俺は、言い訳するように続けた。
「え、ええ。色々改良しているので、数十年単位で影響が出るかどうかはわかりませんが。それよりも病気や事故のリスクの方が高いですね」
「そ、そうか……。それならいいんだ」
安堵のため息をついた晴空君。
本当に心配してくれたようだ。
ん? もしかして……。
「晴空君は、何か副作用があるんですか?」
「いや、俺はない。修行が大変だったけど、もう終わった」
滝行を始めとした厳しい修行のことかな。
晴空君はあっけらかんと答えた。
過去は別として、現在は危険がなさそうでよかった。
「心配してくれてありがとうございます」
「友達だろ、当然だ! 聖もありがとな」
まっ、眩しい! 笑顔と心が眩しすぎる!
子供に先に心配されてしまうなんて。
大人の俺が先に気にすべきところなのに!
人間力で負けたことに愕然としている俺に、晴空君は言う。
「神楽には無理をさせられない。強い妖怪は、俺達で倒そう。力を貸してくれ!」
友達の為に行動する彼は、根っからの陽キャである。
俺は友達の為に命をかけることはできない。
必ず自分にとっての利益を考えてしまう。
だから、自分の持つ力と妖怪との戦闘、得られる利益、想定されるリスクを天秤にかけ──。
「わかりました。一緒に日本の危機を救いましょう」
俺は笑顔で答えた。
晴空君とは仲良くしておいた方がいいに決まっている。
もともと、後世に名を遺す為に妖怪を倒すと決めていたのだから、それを再確認しただけだ。
「聖ならそう言ってくれると思ってた! 一緒に頑張ろうな!」
俺は晴空君と力強く握手をする。
このやり取り、後世に遺したら美談になりそう。
今度東部家へ行った時に記録してもらわなきゃ。





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