初デート
ミーンミーンと蝉の声が響く今日この頃。
俺は蝉の仲間入りをしていた。
「うーん、うーん」
「まだ悩んでいるのですか?」
製紙の授業が始まる前の休憩時間。
俺はスマホを前に頭を捻っていた。
そんな俺を見かねた源さんが、珍しく呆れた様子で尋ねてくる。
まぁ、側から見ればいつまで悩んでいるのだと思われても仕方ないのだが。
「デートコースって、何が正解なんですかね」
「わかりません」
俺は入学から今までずっと、婚約者様との初デートについて悩んでいた。
最初はそれっぽいアドバイスをくれていた源さんも、ついに匙を投げた。
いや、俺が泥沼にハマっているだけなのはわかるのだが。
「決戦の日が近づく今、早くデートコースを決めなければならないのに……」
俺が勇気を出してデートに誘い、最短で空いている日を確保してもらったのが春の終わり頃。
来週になってようやくデートの日がやって来る。
気づけばもう夏休み目前だ。
今日までずっと色々なデートスポットを調べに調べてきた。
そして、何が正解なのかわからなくなってきた。
「ディナーの予約はしておいた方がいいのかな」
「念の為に予約しておけばよろしいかと。その独り言を聞くのも5回目なので」
そ、そうだね。
何があってもいいようにしておこう。
「ありがとう源さん」
「いえ」
「お待たせしたね。授業を始めよう」
辺阿先生がやってきたので、俺はスマホを仕舞ってスイッチを切り替えた。
今日はいよいよ普通の製紙と違う知識を教えてもらえるのだ。
その内容は、辺阿家が長年の研究を経て見つけ出した最高の材料費率。
使用目的によって複数の組み合わせがあるとか。
「ここで、竜血樹の樹液の粉末を混ぜる」
ほうほう、それなら俺も触ったことがある。
「老筍粉を少量加える」
あっ、それも知ってる。
術具店で買ったやつだ。
店主から特性を聞き出しているし、加工する時の癖も把握している。
ふふ、とても楽しい。
こういう、過去に経験したことが不意に役立つ時、人生の集大成を感じる。
「具体的な比率については──」
おお! とんでもなく価値のある情報が次々と!
この日俺は、人生最高に楽しい授業を受けた。
〜〜〜
しかし、授業が終われば喫緊の課題が脳内を埋め尽くす。
家に帰った俺はリビングで再びスマホと睨めっこしていた。
だが、良案は思いつかない。
「ダメだ、場所を変えよう。瀬羽さん、ちょっと出かけてきます。夕飯前には帰ってきます」
「ハンバーグを作ってお待ちしています」
このままリビングにいても良いのでは?
肉汁の弾ける音と香りは最高に食欲をくすぐるだろう。
瀬羽さんが作る人参とじゃがいものグラッセは、お母様が作るそれと同じくらい美味しい。
というか、多分レシピが同じだ。
お母様が教えておいてくれたんだろう。
「いや、絶対集中できなくなるじゃん」
食の誘惑を断ち切り、俺は頭をリセットするために目的地まで走ることにした。
体を動かすことで血の巡りが良くなり、頭が活性化することを祈っている。
そうすれば、きっと良い案が思い浮かぶはず。
「「「ファイ オー ファイ オー」」」
向かい側から走ってきた運動部らしき集団とすれ違う。
俺よりも小さい子が多数混ざっているので、初等部かな?
爽やかな汗を流して、青春だねぇ。
いやいや、俺も肉体的には青春できる年齢だろ。
そのために頑張ってるんだろ。
集団が見えなくなったところで、俺も呟く。
「ファイ オー」
呟いてみたものの、良いデートコースは浮かばない。
カフェまで後少し。
そんな場所で、体操服を着た少女がのんびり散歩していた。
というか顔見知りだ。
「百合華ちゃん、奇遇だね。何してるの?」
「テニスクラブのランニング」
御剣家の双子の片割れ、百合華ちゃんだった。
純恋ちゃんとの交流と比べると、彼女とは話す機会が少ない。
彼女は御剣流剣術に興味がなく、オシャレに興味を持つ普通の女の子である。
つまり、女心を理解できない俺と会話が合うわけがない。
大きくなるにつれて、自然と距離ができていた。
「初等部でもクラブ活動が始まったんだね。楽しんで……るにしては、集団からかなり離れてるけど大丈夫?」
「走るの飽きちゃった」
飽きちゃったかぁ。
その気持ち分かるなぁ。
将来のためと思えなきゃ、疲れることなんて続けられないよね。
交流は少ないものの、長い付き合いなので百合華ちゃんの性格はよく知っている。
良くも悪くもイマドキの女の子だ。
「友達に誘われたから入ったけど、普通に疲れるしヤダ」
「内気使えるんだし、本当は余裕なんでしょ」
「そんな疲れることするわけないじゃん。いっつも気を練ってるのは剣術バカだけだし」
御剣家という剣術バカしかいない環境でよくそんな思想が生まれるなと感心する。
幼少期から鍛えている百合華ちゃんにとって、この程度のランニングは余裕だ。彼女が最初に言ったように、飽きたってのが本音だろう。
「喉乾いちゃった。ねぇ、奢ってよ」
そう言って彼女が指差した先には、俺の目的地があった。
クラブ中ということは、財布を持ってきてないんだろう。
熱中症で倒れられても困るし、コーヒー代くらい出してあげよう。
「それくらいなら良いよ。忙しいから、あんまり話し相手にはなれないけど」
「ラッキー」
敷地内にあるカフェは、放課後を楽しむ生徒たちで賑わっている。
そんなオシャレ空間にご来店。
俺は脳へ糖分を与えるためにアイスココアを、小百合ちゃんは呪文を唱えて何かを召喚していた。
「ふふん、これ飲みたかったんだよねー」
「お気に召したようで何より」
「ねぇ、さっきからスマホいじってるけど、何してるの?」
奢った飲み物を堪能する百合華ちゃんだったが、暇つぶしのつもりか俺のスマホを覗き込んできた。
俺、話し相手する暇はないって言ったよね?
「デートコースを考えてるんだよ」
「えっ、なになに? 聖彼女いるの? あっ、婚約したんだっけ。じゃあ相手は安倍のお姫様? すごいじゃん。でも、聖にエスコートなんてできるの?」
百合華ちゃんが面白いものを見つけた顔で尋ねてくる。
良い質問だね。
できるかできないで言ったら、できないよ!
まともなデートの経験なんてないからね!
婚活で培った経験を多少流用できるかもしれないってところだ。
「何そのめっちゃ長いメモ」
「デートプランだけど」
「本気で言ってんの? 中身読むまでもなくボツでしょ」
や、やっぱりディナーまでの計画は過剰だったか。
俺は計画中だった第15案を消した。
「じゃあ、第9案はどうかな」
「なになに……神社参拝と海岸公園散策? 何この枯れたおじいちゃんの散歩コースみたいなの」
海岸公園は良くても、初デートでは早々に話題が尽きるからアウトらしい。
なお、神社は論外だとか。
京都といえば寺社仏閣では?
「それなら、第7案はどうだ!」
「ねぇ、これ全部チェックさせる気?」
呆れながらも百合華ちゃんはデートプラン作成に付き合ってくれた。
明里ちゃんと似たお年頃の女の子だけあって、その意見は参考になる。
俺が迷走していたプランはバッサリ切り捨て、シンプルな案に落ち着いた。
「アート系だと、会話が途切れそうで怖いんだけど」
「初デートなんだし、相手が喜ぶところにした方がいいに決まってるじゃん。ていうか、聖そんなコミュ障じゃないんだし、心配いらないでしょ」
明里ちゃんのこれまでの傾向と仕入れた情報から、彼女が好きそうな画家の個展へ行くことにした。
「コミュ障ではないけど、なかなか会話が盛り上がらなくて」
「ふーん。……まぁ、お姫様が実は人見知りで距離感掴みかねてるって可能性もあるかもね」
そ、そうか。向こうも俺と同じで悩んでいるのかもしれない。
心に入れる人間は厳選するタイプなのかも。
なら、一度心を開けばグッと仲良くなれる可能性もある。
頑張ろう!
「ありがとう、百合華ちゃん! これで今度のデートはバッチリだ!」
「お姫様の気持ちなんてわからないし、失敗しても知らないからね?」
いや、女心がさっぱりわからない俺にとって、ハッキリ判断してくれるアドバイザーはとても頼りになる。
一番身近な源さんは割と俺に近い思想なので、イマイチ参考にならなかった。
その点、オシャレや可愛いものに興味がある等身大な女の子の百合華ちゃんの意見は的を射ている。……気がする。
こうして、予想外の協力者のおかげで悩みは解決した。
その夜のハンバーグはとても美味しかった。
〜〜〜
そして、ついにやってきた当日。
「おはようございます、安倍さん。今日はよろしくお願いします」
「おはようございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「…………私のことはお気になさらずに」
二人だけのデートなのだが、明里ちゃんの秘書が付き添いで来ている。
安倍家のお姫様だからね。
格好はつかないが、仕方ない仕方ない。
それよりも、百合華ちゃんから貰ったアドバイス『オシャレしてきた女の子の装いを褒める』を達成しなければ。
「桃色のワンピース、とても似合ってますね」
「ありがとうございます」
うーん、これでよかったのだろうか。
下手に言葉を飾るよりもストレートに伝えた方が良いと聞いたんだけど……。まぁいい、送迎用の車も待たせているし、移動しよう。
「行きましょうか」
「はい」
あらかじめ秘書さんにデートコースを伝えており、中学一年生のお出かけとして相応しく、安全面でも問題ないことを確認されている。
そして、秘書さん経由で明里ちゃんにも伝わっている。
もともとそのつもりはないが、サプライズは不可能だった。
デートは有名な画家であるラッセヌの個展をメインに、その後ランチへ行く予定だ。
「安倍さんの趣味に合えば良いのですが」
「もともと興味があったので……楽しみです」
さすが百合華ちゃん、君のアドバイスは間違ってなかった!
ラッセヌなら俺でも綺麗な海の絵だと分かるし、なんかオシャレな感じするし、何よりも感想に困らない。
俺は百合華ちゃん監修デートプランに従って行動する。
個展の会場に着いたら早速鑑賞だ。
歩くスピードは明里ちゃんに合わせ、それぞれの絵を見て感想を伝え合う。
極力会話を途切れさせないように、話題を繋いでいく。
一巡りして、会場を後にした。
「洋食の方が好きと聞いたので、イタリアン料理のお店を予約しました」
「ありがとうございます。雫さんから聞いたのですか?」
「はい」
源さんありがとう。
君のアドバイスもしっかり役に立ったよ。
食事も明里ちゃんのペースに合わせる。
話題が尽きそうになりながら、なんとか会話を続けることができた。
「「ごちそうさまでした」」
そして、無事に学園にある明里ちゃんの家まで送る。
うん、午後も遊んでたら話題が持たなかったわ。
「今日はありがとうございました。よければまた今度、時間をもらえませんか?」
「はい。よろこんで」
彼女の姿が見えなくなるまで玄関先で手を振り、俺も帰途に就く。
一日送迎してくれた運転手へお礼を言い、自宅の玄関をくぐる。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
瀬羽さんに挨拶だけして、自室へと向かう。
ベッドへ倒れ込んだ俺はようやく一息ついた。
今日は緊張した。
それに、話題が途切れて気まずくならないように頑張った。妖怪との戦いよりも厳しい戦いだった。
正直後半は何を話していたか記憶にない。
たった半日なのに。
「……疲れた」
こうして、婚約者様との初デートは終わった。





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