放課後の使い方
運動会が終わって早々、中学校ならではのイベントが遅れて発生した。
数学担当の先生が授業終わりに渡してきたのは、とある届出用紙である。
「部活動といって、初等部でのクラブ活動が進化したものです。峡部さんは興味ありますか」
部活動、それは青春の一幕に欠かせないイベントの宝庫。
なんなら学校は“勉強”と“部活”の大きく2つで構成されているといっても過言ではない。
人によっては、学業よりも部活動に青春を費やした人もいるだろう。
新しい環境に見知らぬ同級生が集まり、苦労を共にすることで絆を深め、同じ目的に向かって努力するうちに仲間となる。そうして青春を共に過ごした仲間は、生涯の友にもなり得る。
「興味あります」
「それはよかったです。開校初年度ということで、あまり種類はないのですが、この紹介冊子の中から好きなものを選んでください」
冊子には、各部活動の紹介が載っていた。
野球、サッカー、吹奏楽部など、王道なものが並んでいる。
前世では身長を伸ばす為に運動部に所属していた。
そこで身に染みたのは、俺はチームプレイに死ぬほど向いていないということ。
自分が1番上手くないと、常に迷惑をかけている気分になって『申し訳ない』としか思えなくなる。
すぐに上手くなるほど才能もなく、上手い奴にいつまでも勝てないと思うと、やる気も続かなかった。
小中高と挑戦するスポーツをコロコロ変えて、結局どれも大成しなかった。
「悩みますね」
「今週は部活動週間として、放課後に色々な部に仮入部できますから、試してみては?」
うーん、チームプレイの部活動が多いなぁ。運動部としては仕方ないのかもしれないけど、文化部も検討してみるか。
いや、中総体で無双するという密かな野望を叶えるには、運動部に入るしかない。
水泳部に入って、バタフライのリベンジをするか?
「そうそう。陰陽師科と武士科の子供は公式の大会に出場できないので、お気をつけください」
なんですと?
「陰陽師と武士は一般人と比べて身体能力が高いので、大会出場を規制されるようです」
嘘……だろ……。
御剣家でも自主的にそうしているようだが、陰陽師も?
武士と比べたら一般人と大差ありませんよ?
これ、陰陽師が表に出た弊害の一つだろ。
注目を浴びたせいで藪蛇な感じに規制の対象になったやつ!
「やっぱり家に持ち帰って検討します」
「峡部さんは研究室に所属されていますから、そちらを優先するのもありかもしれませんね」
前世よりも運動に前向きになれたのに、まさかこんなところで壁が立ちはだかるとは。
いや、しかし、大会には出場できなくても、同級生と共にいろいろなイベントに挑戦するのはありかもしれん。
いやいや、先生の言うとおり研究の時間も考えたらそんな余裕ないか。
たまにしか参加しない部活仲間とか、むしろ仲間外れにされそう。不在中に部活で起きた内輪ネタについていけず、勝手に疎外感を感じるのが先かな。
今でさえ土曜日に九尾之狐討伐で時間取られるしなぁ。
部活、部活かぁ……。
〜〜〜
「ということで、諦めることにしました」
「そうですか」
源さんから部活に入るかと聞かれ、俺はこう答えた。
無理だ。時間がない。
秘術の復習もしたいし、部活以外にやりたいことがたくさんある。
なんとも贅沢な悩みだ。
「俺に構わず、源さんは好きな部活に所属して大丈夫ですよ」
「私はもともと興味がありません。峡部さん同様、時間もありません」
運動会の時も言ったが、人生で一度くらい経験しておくべきだと思うけど……。
今世の身近な人たちはみんな忙しそうにしてるし、毎日放課後を部活へ捧げるのは難しそうでもある。
御家の方針と言われたら、俺からはなんとも言えないな。
ちょうど話題に一区切りついたところで、円さんが土間研究室へ戻ってきた。
彼が持ってきた掌サイズの箱に、俺の胸は高鳴る。
「お待たせ〜。これが最新の霊力測定器だよ〜」
今日はやりたいことの一つ、土間研究室での研究内容について相談する日である。
その話し合いの前に、俺が気になっていた霊力量を測定する機械を見せてもらうことになった。
「おぉ! これが!」
「僭越なが……ごほん、解説しよう。この測定器は陰陽師が札に霊力を注ぐところから着想を得た。接触部には霊力を吸収する性質を持つ境綿の布を使っている。これは内包できる霊力量がかなり少なく、過剰な霊力を受けると外部に放出する性質がある。それにより、2層目に入れた光之札へ霊力が渡され、光るのだ。それを照度計で計測し、霊力保有量を推定する」
ずっと同じ部屋にいてもなかなか会話に参加しない土間博士が、珍しく解説してくれた。
俺が感心しながら話を聞いていると、円さんは謙遜するように言う。
「まぁ〜、まだまだ出来損ないだけどね。測定限界が低すぎるし、測定サンプル数が少なすぎる。今は陰陽師として最低限やっていける霊力量の有無しか判別できないんだ。というわけで、現役陰陽師のなかでも脅威度4と戦えるレベルの霊力量を計測できるように改良しているところだよ」
解体して中身も見せてくれた。
ほほう、仕組みはすごく単純だ。
だがしかし、一般人向けにさまざまな工夫が凝らされていることを俺は知っている。
「必要以上に霊力を奪わない仕組みはどうやって?」
「よく知ってるね〜。境綿の布の厚みで吸収性能が変わるんだよ。だから厚みを調節して、人体に必要な最低限の霊力が残るようにしたんだ〜」
「なるほど!」
光量から霊力量を推定するためのデータ集めと、この厚み調整が難所だったらしい。
道具の性質をよく理解していないと作れないものだ。
「あの、円さんって円術具店の関係者だったりします?」
「バレちゃったか〜。まぁ隠してないんだけど。俺は店主の倅なんだ」
苗字から察していたが、やはりそうだったか。
これで、ジョンの秘密を知っている理由にも説明がつく。
材料全部あそこで購入しているからなぁ。
声帯の材料も定期的に購入しているし、人体の再現に使っているとバレてもおかしくはない。
源さんと別れた後で、他所には顧客情報を漏らさないように釘を刺しておこう。
円さんは研究内容の相談について話を進める。
「土間研究室の研究テーマはいくつかあるけど、その一つが霊力の観測だね〜。いまだに直接観測できない霊力を捉えることができたら、いずれはこの未知のエネルギーを活用できるからね。電池みたいに貯めておいて、強敵との戦闘で一気に使ったり、霊力を持たない人でも利用できるようにしたり、活用方法はいくらでもあるから」
確かに、そういった技術が実用段階まで持っていければ、やがて来たる数々の大災厄に対抗できるかもしれない。
特に発生確率が絶賛上昇中の百鬼夜行なんて、戦力はいくらあっても足りない。
尚、貯めるという点では霊力を精錬すれば解決するのだが、これは我が家の秘術とするので教えないものとする。
「他にもテーマはいくつかあって、霊圧の測定だとか、妖怪の使役だとか」
「私の研究などどうでも良い。君は何を知りたい? 何ができるようになれば嬉しい? ぜひ教えてくださいま──」
「ちょっと博士、パッションが漏れてる漏れてる」
「ぐぬ」
博士の問いに、俺は頭を回転させる。
勧誘された時にも言っていたが“現役陰陽師が現場で必要なものは何か”ということを聞いてるのだろう。
博士の専門分野に限らず、真に必要としているものを研究したい、と。
基礎研究にも興味はあるけど、実用段階へ持っていくのはものすごく時間がかかりそうだ。
だとしたら、手っ取り早いのは道具の開発かな。
そして、円さんがいるこの研究室でできそうなことといったら……。
「霊力で動くサポーターとか、逃げ足を早くするための外骨格とか、人体をサポートするものがあると助かると思います」
「いいねぇ〜、そういうの俺も好きだよ。博士はどうですか?」
「早速取り掛かろう」
「来月の成果報告の準備が終わってないでしょ〜」
俺自身必要と思ったことはないが、東北で知り合った陰陽師の中には後遺症が出るほどの怪我をしている者も少なくなかった。
中には四肢を失った人もいる。
妖怪との戦いは、本来そういったリスクを背負うものなのだ。
脅威度4の熊型妖怪から走って逃げて戦う人もいるという。
そんな人たちの役に立つものがあれば、現役世代の寿命を延ばせると思う。
死ぬまでこき使うともいう。
俺だって定年延長されたからね。
少子化だから仕方ないね。
こうして、共同研究の内容は決まった。
「源さんは何か希望は?」
「ありません」
「でしょうね」