学園運動会
春に運動会を実施する習慣は一般的となり、陰陽師学園でも採用されている。
幼稚園から大学部まで網羅する学園では、開催日程をずらしてそれぞれ実施されるそうだ。
そして、今日は中等部の日。生徒たちは揃って体操着に着替え、スタジアムへ集まった。
「白組、優勝目指して頑張るぞ! おー!」
「「「おー」」」
精鋭クラスの担任が音頭を取って掛け声を上げた。
中学生にもなると羞恥心が芽生えるようで、生徒の返事はまばらである。
中学部は全学年クラス単位で紅白に分かれ、チーム優勝を目指していく。
学年ごちゃ混ぜな精鋭クラスは、先生の独断で半分に分けられてしまった。
向こうの紅組では、先生から自然に主導権を奪った晴空君が音頭を取っている。
「みんなで力を合わせて、優勝するぞ! 紅組ファイトー!」
「「「オー!」」」
陰陽師の戦闘力的な強さで分けられてしまったのか、はたまた普段仲良くしている子を一緒にさせたかったのか、安倍兄妹と取り巻きは紅組に行ってしまった。
優勝目指して頑張ろうねって、一緒に汗を流す展開はなかった。
むしろ俺が活躍するほど向こうは苦い顔を……しなさそうだな。晴空君なら「いい勝負だった」と称賛してくれそうだ。
俺と同じ白組にさせられた源さんは、向こうの士気の高さを不思議そうに見つめていた。
「成績に影響がないにも関わらず、なぜあれだけの熱意を抱くことができるのでしょうか」
「その気持ちはよくわかりますが、あれくらい熱意を持って取り組んだ方が徳ですよ」
「徳、ですか?」
理解できないといったご様子。
よかろう、人生の先輩として教えてしんぜよう。
「たくさんの同級生と力を合わせてイベントを楽しむ機会は、人生の中でも限られています。馬鹿騒ぎして、どんな失敗をしても許されるのは今だけですから。今しかできないことを全力で楽しんだ方がお徳だと思いませんか?」
大人ぶって『くだらない』と切り捨てるのは簡単なことだ。
しかし、大人になってみるとあの時しかできなかったことがたくさんあったのだと、気づく時が来る。
俺のエゴかもしれないが、源さんにも子供の頃の思い出を作ってほしいと思っている。
「今の私はそういった思い出に興味を抱けませんが……。そういった考え方もあるのですね」
冷めてるなぁ。
やっぱり学校でも常にこんな感じなのか。
源さんに納得してもらえる良い理由があれば……あっ。
「学校での思い出は、大人になって集まった時の定番の話題の一つです。ここには安倍家から末端の陰陽師まで全員揃っているから、話題に困った時は最強のカードになりますよ」
「なるほど」
今度はもう少し納得してもらえたようだ。
源さんの性格的にはしゃぐことはないだろうけど、前向きに参加してくれたら嬉しいな……。
同窓会とかで『あの頃は楽しかったねトーク』したいし。
初開催の大規模な運動会にも関わらず、進行はかなりスムーズだ。
プログラムの時間通り、200メートル走参加者の招集が掛かった。
「そろそろ俺の出番みたいです」
「頑張ってください」
小学校で毎年無双していたおかげで、運動会に対する苦手意識はかなり薄まった。
盟友候補の応援に応えるため、今年も活躍したいのだが……そうは問屋が卸さない。
武士科には御剣家だけでなく、全国の武家関係者が参加している。さらには武僧見習いも混ざっているそうだ。
運動会では身体測定の記録が近いもの同士で走らされる。
中学一年生最終グループの10人中9人が武士科の生徒である。もちろん俺が1番遅い10人目だ。
ちょっと悔しい。
招集先で最後のグループに割り当てられた俺は、走者と仲良さそうに話す顔見知りの男子2人と出会った。
武士科の中等部2年、御剣 仁と御剣 健太である。
引越し準備で年末は御剣家に行けなかったから、去年の夏休み以来か。
「あっ聖だ。久しぶりだね」
「縁侍兄ちゃんから聞いたぜ。めちゃくちゃ強くなってるってな。だが、運動じゃ負けねぇぜ!」
「2人とも久しぶり。負けないも何も、俺は1年だよ。2人は2年でしょ。一緒に走れないよ」
彼らが話しかけていたのは、関西の武家代表とも呼ばれる大仏家の子らしい。
同じ武家同士、面識があるようだ。
大仏の武士見習いは俺を観察した後に言う。
「お前が聖か。強いらしいな。でも、走りで負ける気はしない」
「こいつ、俺たちと同じくらい足速いからな。聖じゃ追いつけねぇよ」
類は友を呼ぶというのか、大仏少年は健太と同じことを言ってきた。
そして健太の言う通りなら、俺は彼には勝てないだろう。
俺の身体強化よりも、内気を扱う武士の方が強化性能は高い。
実際、健太と仁には一度も勝てた試しがないのだ。
『次は1年生の200m走です』
「おっ、始まるな。じゃあな」
「2人とも頑張ってね」
2人と別れ、しばらく大仏少年と雑談していると、俺たちの順番がやって来た。
大仏少年は毎日訓練を頑張っているらしい。そりゃあ俺では勝てないだろう。
だがしかし!
「位置について、ヨーイ」 パン!
それで大人しく負けると思ったら大間違いだ!
「はぁ はぁ」
俺だって毎日運動してんだぞ!
回避必須の凶悪な攻撃をしてくる妖怪を想定して、足腰の鍛錬は重点的に行なっている。
御剣家で教わった正しいフォームも実践できるようになった。
身体測定からそれほど経っていないが、運動会目指して仕上げてきてんだよ!
成長期を舐めるなぁ!
「つ、ついてきてる……!」
この中で1番遅い見知らぬ少年、君だけは追い抜いてみせる。
ビリだけはお断りじゃー!
「ぬぅぅぅうううう」
「ぐぅぅぅううぉぉおおお」
追い抜けそう。
ああ、ちょっと前に出られた。
カーブで詰めて、ラストの直線!
そこはちょうど紅組の前。視界に明里ちゃんが映った。
「ふんぬらばぁっ!」
小中学生は運動のできる奴がモテる!
ここで活躍すれば、多少なり興味を持ってくれるはず。
それこそ共通の話題になる!
ここが意地の張りどころじゃー!
今、ゴールラインを抜け──。
「くっそぉ、陰陽師にぃぃぃいいい」
勝ったぁぁぁああああ!
9着だが、中学一年生の中ではトップ層だし十分だろう。
御剣家にはさっぱり勝てないから、武士見習いに勝ちたいという野望を抱いていた。
そのためだけに毎日ランニングを頑張ったので、最良の結果となって何より。
前世とは違って、今世は結果がついてくるから楽しい。
「はっや」
「あいつ陰陽師だろ? なんであんなに動けるんだよ」
「精鋭クラスだから?」
「いや、他のやつは少し速いくらいだったよな」
走り終わった生徒の溜まり場で、そんな会話が聞こえてくる。
霊力を持つおかげか、はたまた日々の走り込みによるものか、陰陽師は運動能力の高い人が多い。
今回の走る順番を見て確信したが、普通科と比べるとやはり足が速いようだ。
とはいえ、精鋭クラスに入れるほど霊力が高くとも、武士と張り合う陰陽師は俺以外にいない様子。
ふふん、頑張った甲斐があった。
一人達成感に浸っていると、10着の少年がやってきた。
そして、爽やかな笑顔で宣言する。
「武僧見習いとして、次は負けないからな」
武士見習いじゃねぇのかよ!
あっ、超短髪なのは学園に来てから剃髪やめた名残だな?
驚きを隠しつつ、俺も返す。
「いい勝負だったよ。またよろしくね」
内気を扱う武士には勝てずとも、同じ霊力を扱う武僧相手なら話は変わる。故に、勝てたのだろう。
ぬ、ぬか喜びさせられた。
体操服着てると武士も武僧も見た目同じだから……。
明里ちゃんは……特にこちらを気にしていることもなく。
あぁ、俺が輝ける運動会は去年で終わってしまったのだなぁ。
井の中の蛙のままでいたかったなぁ。
なお、運動会は晴空君や神楽君達イケメンの活躍によって紅組の勝利で終わった。
真の陽キャには勝てなかったよ。