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脅威度


「子供達はもう寝たか」


「はい、ぐっすりと。はしゃぎ疲れてしまったようです」


 ピクニック兼天橋陣の仕事を終えたその日の夜。

 夫婦はリビングにてくつろいでいた。

 タブレットでニュースを読んでいた夫に、寝室から戻ってきた妻がもたれかかる。

 男なら誰もが二度見する大きな胸が夫の腕に押し付けられ、仏頂面な強の顔がさらに強張った。


「何を見ていたのですか?」


「んん……東北の方で脅威度5弱の妖怪が出たそうだ」


 強は性欲を抑え、あくまでも冷静にタブレットを妻に渡した。

 タブレットを受け取った麗華は5弱という指標を聞いて目を見開いた。


「大変な被害が出たのでは?」


「いや、最後まで読むと分かるが、塩砂家が退治したらしい」


 それも、たった30分で。

 災害クラスの妖怪発生に対し、たった1家が早期解決したこの出来事は驚愕に値する。


「そんな……たしか、5弱と言えば地域の陰陽師が総出で対処するものでしたよね?」


「あぁ、よく知っていたな」


「聖とおんみょーじチャンネルで学びました」


 妖怪の脅威度を表したこの指標は地震と似たような強さを表している。


1:無害。陰陽師にしか見えない。

2:人に悪戯できる程度の雑魚。

3:ポルターガイストを起こせる多少力を持った妖怪。陰陽師が単独で対処できる。

4:地域規模で被害を起こす妖怪。複数の家が協力して安全に退治するのがベスト。場合によっては国家機関が対処する。

5弱:妖怪が存在するだけで周辺の人間が不調を感じる。地域の家が総動員して当たる災害クラスの妖怪。国家機関が介入する。

5強:妖怪が発生した時点で死人が出る。霊力の高い陰陽師しか対峙できない。国家陰陽師部隊が到着するまで耐えろ。

6弱:完全なる災害。広範囲で人の命が脅かされる。付近の陰陽師は対処義務が発生する。これ以上は国家規模で戦わなければならない。

6強:並の陰陽師では近づくことさえ敵わない。歴史に残る大妖怪。他国へ協力要請を出す。

7:人類の敵。国という括りを超えて対処すべき存在。


 妖怪は千差万別な姿を取り、それぞれ力量が違うため、この指標が作られた。

 東北に現れた5弱はかなり強い部類に入る。

 数年に一度現れるか否かの強大な妖怪だ。


「とても強い陰陽師がいらっしゃるんですね」


「塩砂家は特別だ。日本で最も強い陰陽師の家系として有名だからな」


 そして、その強さの代償も有名である。


「でも、聖だって負けていませんよね。毎日おんみょーじチャンネルで勉強していますし、覚醒の御魂も乗り越えましたし」


「そうだな。少なくとも私よりは素質がある」


 聖が霊魂をはっきり見えたと言った時、強は驚いた。

 彼には薄っすらと人の姿が見えるだけで、輪郭はぼやけている。明らかに人外な存在との初遭遇に、天橋湖畔公園についた時点で「あれは何?」と質問されると思っていたのだ。

 なかなか質問してこないのでもしやと思っていたところへ、「周りにいた人たちって、全員幽霊だったの?」と聞かれたのだ。それはつまり、人間と同じようにはっきり見えていたという意味。陰陽師として霊力の次に大切な“感覚的な部分”が優れているという証拠である。

 天橋陣の光もはっきりと見えていたし、強が子供の頃と比べたらずっと素質がある。


「そういえば、聖が貴方に質問していましたが、私も答えが気になります。聖に教える時は私にも教えてくださいな」


 仕事に理解のある妻からのお願いに、強は格好良く頷きたかったが、悔しいことに曖昧に頷くことしかできなかった。

 それというのも、霊力の流れなどよく理解していないからだ。

 札に書く文字の意味は理解しているが、それがどうやって陣へ霊力を供給するのか、家に伝わる指南書を見なければ思い出せなかった。

 霊魂をぼんやり見ることができる強は他の陰陽師と比べて感覚的に優れている。習ったことは大体感覚的に掴むことができたし、道具を使えれば仕事は出来る。

 なにより、峡部家の誇る召喚術は全くと言っていいほど理屈が分かっていない。

 始祖の時代から感覚的なものとして伝わっており、継承されている召喚陣を大切に使っているのが現状。

技術の伝承は直接実践指導なので、特に理屈が分かっていなくても問題が無いのだ。


 あの時は疲れているからと言って答えを後回しにしたが、実際は説明できなかったからはぐらかしたのが真実である。


「……私も勉強しなおさないとな」


「聖の指導を始めるのですか?」


 言葉少ない夫の独り言に、妻が少しズレた問いをした。

 麗華は息子が陰陽師に興味を持っていることを知っているので、是非とも始めて欲しいと思っての問いである。


「……そうだな、基礎なら教えても問題ないだろう。いや、あれは危ないか。札なら練習用を作れば……指導用の教本があったような……」


「うふふ」


 息子の教育計画に頭を悩ませる夫の姿を見て、麗華は心が温かくなった。

 初めて彼女が強と出会ったあの日、素っ気ない態度であしらわれたことを思い出すと、自分たちの間に生まれた子供を真剣に思いやる彼の姿は奇跡のように思える。


「何か?」


「いいえ、なんでも。私もお手伝いしますから、一緒に頑張りましょう」


「あぁ。……苦労を掛けてすまないな」


「そんなこと言わないでください。あの時も言いましたが、私は貴方の笑顔のためなら何でもしてみせます。遠慮なく甘えていいのですよ」


 このセリフから結婚前にどちらがアタックをかけたのかよく分かる。

 聖にとっては意外なことに、麗華の猛烈なアタックによって強が折れたのだ。


「男として情けない気持ちになるから、それ以上は勘弁してくれ」


「ジェンダーレスの時代にそんな考えは古いですよ」


 小さな笑い声がリビングに響く。

 2人は静かに寄り添い、つかの間の夫婦の時間を過ごすのだった。




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