学園の日常②
隠身之術の授業が終わり、安倍さんと別れた俺は、また次の授業を受けていた。
「業火之札はこの陣をベースに開発されました。それでは、今日の授業はここまで。号令」
「起立、注目、礼」
「「「ありがとうございました」」」
午前中の授業が終わった。
この後はお昼休みである。
普通の中学生は給食を用意されているが、活動スタイルがマチマチな精鋭クラスは自分で用意することとなる。
それは手間であると同時に、自由を得られるということでもある。
「お待たせしました。唐揚げ定食です」
「ありがとうございます」
敷地内にある食堂は高校生と大学生で賑わっている。
そんななかで、中学一年生の俺はひとり定食を味わうのだった。
なんだか前世の大学時代を思い出す。
あの頃も一人で食堂を利用してたっけ。
好きな時に好きなものを食べられる。
これぞ大人の醍醐味だ。
「………… 」
なんか、寂しいな。
転生してからは食事の時間は家族団欒が当たり前になっていたから。
いい歳こいてホームシックに浸っていると、向かいの席に人影が。
「相席よろしいでしょうか」
「どうぞ。源家の打ち合わせは終わったんですか?」
「時間の浪費でしかなかったので、途中で退席しました」
中学生で授業を抜け出して打ち合わせに参加するとか、すごい世界だなと改めて思う。
何を話したんだろう。
さすがに教えてくれないだろうな。
「お疲れ様でした。美味しいランチでも食べて休んでください」
「そうします」
そう言ってテーブルについた源さんの下へ、和食膳[梅]が配膳される。
この食堂で最も高い料理の一つだ。
普通のメニューは自分で受け取りに行くが、高級料理シリーズは配膳サービス付きとなる。
こっちに来てから何度か利用しているが、ブルジョワ感がすごい。
俺が唐揚げを頬張っていると、源さんが尋ねてくる。
「峡部さんはなぜ、定食を?」
そうだね、せっかく学園が食費も負担してくれるのだから、最高級品を食べた方がお得だよね。
栄養価だって和食膳の方がバランスは良いだろう。
だがしかし、人は理屈だけで動くものではないのだよ。
「美味しそうだったので」
「他には?」
「うーん、他に……胃もたれせずに食べられるのは今のうちだから?」
「なるほど」
今朝になって突然、こういった質問が増えた。
源さん曰く、これもまた“盟友”になる為に必要なことらしい。
どうでもよさそうなことでも、相手を知ることが重要なのだとか。
普段の源さんなら絶対興味を持たないような質問が来るので、なんだか違和感がすごい。
たくさん質問に答えているのだし、そろそろ俺からも聞いていいよな。
「源さんは、中学生の女の子が行きたい場所ってどこか心当たりありませんか?」
「質問内容が曖昧です。明里さんとのデートのご相談ですか?」
それを口にするのが恥ずかしかったから、あえて濁したんです。
非モテ男性の繊細な心を理解してください。
「……まぁ、そうですね。中学一年生の女の子は、初デートでどこへ連れていったら喜ぶのでしょうか」
全部バレたので、直球で聞くことにした。
学園生活が始まったのに、未だ距離を縮めることができていない。
かくなるうえは、デートに誘って2人の時間を作り、仲良くなるきっかけを作ろう! と考えたのだ。
「一般的な女の子が喜ぶ場所はわかりません。ですが、明里さんは遊園地などのレジャー施設を好むようです」
「なるほど」
さすがは明里ちゃんの幼馴染、素晴らしい情報をお持ちで!
しかし、初回のデートで遊園地はちょっと重いか?
婚活において、初回はカフェで1時間お話するのが王道だったし……。
婚活なら少し頑張ったことあるけど、恋愛って何をどうすればいいんだ。
うーん、難しい。
もっとサンプルが欲しいな。
「ちなみに、源さんならどこへ行きたいですか?」
「私は特にありません。異性との交友自体に興味がないので。峡部さんは行きたい場所はありますか?」
逆に聞き返されてしまった。
俺の質問ターンは終わりということか。
デートなら……やっぱり遊園地とか動物園とかに行って、はしゃぐ彼女と仲良く手を繋いで笑みを交わしながら遊びまわり……と正直に話すのは恥ずかしすぎる。
ジジイが前世から熟成させた願いを晒しても気持ち悪いだけだ。
「デートでなく、1人で行きたい場所ならたくさんあります。まずは関西の神社を総巡りしたいですね」
「神社ですか」
サトリが御業を習得したように、俺も何か恩恵に与れるかもしれない。
そうでなくとも、神様に媚びといて損はないだろう。
本当に神様がいるとわかった今、真剣に参拝したくもなる。
「「ごちそうさまでした」」
後から来た源さんは俺と同時に完食した。
この時間なら、午後の授業に余裕を持って移動できるだろう。
「次は地割之陣でしたね。ここは進行が早いので楽しみです」
「峡部さんと同じ理由ではありませんが、私も好ましく思います」
先生の授業スタイルが簡潔だからだろうなぁ。
製紙みたいに過去の歴史からではなく、陣を暗記するところから始まったし。
効率の良い、源さん好みな授業だ。
そんな会話をしながら廊下を歩いていると、不意に背後から俺を呼び止める声が。
「聖君!」
「浜木さん。こんにちは」
修学旅行で告白してきた彼女だが、振られた後も絡んでくる。
すごい精神力である。
俺は前世で振られた後、相手と顔を合わせるのも辛かったのに。
その後の浜木さんの行動からして、まだ俺のことを諦めていないらしい。
「久しぶりの再会なのにすごくあっさり。聖君らしいなぁ。そんなところも素敵だよ!」
「それはどうも。加奈ちゃんは?」
「サラッと流されたうえに他の女の話?!」
他の女って……。
まともに相手をしてしまえば、付き合える可能性が残っていると誤解させてしまうかもしれない。
それは無責任だ。
俺みたいな年齢詐欺ではなく、彼女にはちゃんと同年代の男の子と普通の恋をしてほしい。
ゆえに、塩対応継続中である。
「もぅ……加奈ちゃんは御守りの授業に行っちゃった」
「なるほどね。頑張ってるなぁ」
「私も頑張ってるんだよ? この後は陰陽術開発の授業を受けるんだ!」
陰陽術は習っていなくても、霊力だけは持っていたので、彼女は陰陽師科へ入学している。
小学校での一方的な会話で『父親に反対されたけど母親と共に説得した』という経緯を聞いていた。
陰陽術の基礎も中等部で習い始めたばかりだというのに、開発に手を出そうとしてるのか。
チャレンジャーだな。
「そうなんだ。頑張ってね」
「うん! 聖君も頑張ってね。それじゃまた!」
これまた軽くあしらわれたというのに、浜木さんは良い笑顔を残して去っていった。
嵐のようだったな。
「警戒していると仰っていた、浜木家の娘ですね。なるほど、あれは扱いが難しそうです」
「結果的に警戒する必要はなかったんですが、まぁ……いろいろありまして」
蚊帳の外へ置かれていた源さんへそう返すと、彼女は俺の顔を見て首を傾げる。
「心なしか嬉しそうですね」
「……そんなことはありませんよ」
無条件に好意を寄せられて嬉しくなっちゃったりしてない。
俺はそんなチョロくないぞ。
これはアレだよ。
外国で日本人を見つけると仲間意識を抱くやつ。
地元の子はほとんどいないから、同郷の仲間を見つけて嬉しくなっちゃっただけだ。
海外だと詐欺師の可能性が高いから気をつけた方が良いとも聞く。
あぁ、いや、浜木家はスパイじゃないんだった。
「そろそろ授業が始まりますよ。行きましょう」
「ええ」
午後も地割之陣を始め、様々な秘術を教わり、1日の授業が終わる。
大半は基礎から教わるせいで、秘術の秘術たる要素を感じられていない。
まだ4月なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。
そんな俺に、面白い提案をしてくる人物がいた。