学園の日常①
夏休みの宿題と異なり、九尾之狐討伐は一気に終わらせられるものではない。
九尾之狐は欠片から倒し、最後に本体を討伐することとなっている。
本体の弱体化狙いはもちろん、分身からの復活という特異な能力の発動を抑えるためでもある。
このせいで、古の大決戦では相当苦労したようだ。
この欠片の討伐が厄介で、日本全国に散らばっている為、一気に倒すことができない。
封印の維持には、その地に根差した方法を用いられていることが多く、持ち運びすると封印が解けるリスクがある。
安全面の制約から、一箇所に集めてまとめて退治という手法が取れないのだ。
結果、俺達が討伐へ赴く必要があり、討伐メンバーが豪華すぎて日程調整が困難になっている。
陰陽師が表社会へ出てきて、世間の目が向けられるようになった弊害である。
そのぶん、今回の討伐報酬が上乗せされていたり、交通規制して大々的に移動できたりと、恩恵もあるわけだが……社会のしがらみからは逃れられない。
少しもどかしさを感じながら、今は目の前の授業に集中する。
一般科目はともかく、秘術は早く教わりたいから、次の月曜日には普通に授業を受ける。
休むなんてもったいない。
「簀桁を動かす時は繊細かつ大胆に。そうそう、その調子だ」
俺は今、紙を漉いている。
製紙の授業の一環として、まずは普通の和紙を手作り体験することになった。
この昔ながらの作り方を基本に、秘術の要となる工程や素材が追加されるという。
原料から繊維を取り出す工程は時間がかかりすぎるので、基本の中でも楽しい部分を先に体験させよう、ということだ。
「あれ、なかなか均一にならない」
「最初はそんなものだよ。数を重ねて、体で覚えるんだ」
和紙作りは俺にとって人生初めての作業である。
特別器用なわけでもない俺は、先生のお手本と見比べてため息をついた。
仕方ない。初めて作ったのだから、こんなものだ。そう思おうとしても、我が作品の隣に置かれた乾燥中の和紙を見たら素直に受け入れられない。
「源さんは見事なお手並みで」
「先生の動きを模倣しました」
それで同じクオリティのものができたら苦労はない。
『見て盗め』という言葉を実行された師匠ほど情けないものはないぞ。
まぁ、彼女は実際にやって見せてくれたわけだが。
「うん、良い出来だ。この調子で頑張りなさい」
「はい」
この時間は俺一人で授業を受けているはずだったが、源さんが時間割を変更してきた。
もともと別の時間に受けていた製紙の授業を、わざわざ俺と同じ時間に合わせてきたのだ。他の授業も、内容が被っていたものは全て変更している。
曰く──
『早く盟友となれるように』
──とのこと。
先日の九尾之狐討伐が切っ掛けなのは間違いないが、何かあったっけ?
もしかして、分家の人たちがせっついてきたとか、そんなところか?
源さんの家、複雑そうだからなぁ。
「さて、今日はここまで。来週は材料の入手経路について話そう。いずれ最初から最後まで自分でやってもらうから、そのつもりで」
一通りやるなら授業1コマで終わるわけがない。
その日は丸一日製紙の授業で確保しなければ。
たぶん、他の授業でも同じような調整が必要になるだろう。
そこは学園の事務側にお任せします。
「それじゃあ源さん、また後で」
「はい。よろしくお願いします」
次は隠身之術の授業である。
源家の秘術は音を出すため、致命的に相性が悪い。
そんな術に費やす時間はないと、2コマ目は別の授業を受けるようだ。
彼女らしい合理的な判断である。
正直、俺にとっても都合が良い。
〜〜〜
女の子と会いにいくのに、女の子を引き連れていくのは少し気まずいから。
「こんにちは、安倍さん」
「こんにちは、峡部さん」
習い事でほとんど自由がないという婚約者様とは、現状この授業が唯一の憩いの場となる。
まだ心の距離を感じる婚約者と仲良くなるため、隣に座った俺はとびっきりの話題を提供することにした。
「休日はどう過ごしましたか?」
「土曜日は華道の発表会の準備を。日曜日は占術のお勉強を」
聞いてはいたけど、本当に自由な時間がないんだな。
子供ならもっと遊びたいだろうに。
「た、大変そうですね。実は俺も仕事だったんですよ。九尾之狐の欠片を討伐してきました」
これ以上話題性のあるものはないだろう。
子供でも知っている九尾之狐を退治するとなれば、陰陽師関係者は飛びつくに決まってる。
住む世界が違うせいか、なかなか共通の話題で盛り上がれない現状、初手から切り札を出すしかない。
きっと『どんな姿をしていたのでしょう?』とか興味を持ってくれるはず!
「おお! 聖すごいな! ちゃんと退治できたのか!」
「あっ、はい。無事に退治できました」
釣れたのは晴空君でした。
お前じゃねぇ!
「どうだ? 強かったか?」
「そうですね……他の人の評価では、推定脅威度5弱だったようです」
「すごく強いじゃないか! よくやったな!」
相変わらず屈託のない笑みで称賛してくれる。
お前じゃないとか思ってごめんな、素直に嬉しいよ。
この時間、なんと晴空君も同じ授業を履修しているのだ。
要人ということもあり、命を大事にしてもらいたいのだろう。
「神様からの依頼かぁ。俺も参加したかったな」
晴空君は初日の挨拶の時から九尾之狐討伐に興味を示している。
俺のように名声を欲しているのではなく、神様との繋がりを求めているようだ。
晴空君は右隣の少年に話しかける。
「稲荷大神の神社で神楽を奉納したら、『参加させて欲しい』ってお願いできないか?」
「無理です。そもそも、よその神社に乗り込む時点で大問題です。ましてや嘆願など」
晴空君の隣左右には、将来のVIP間違いなしな2人がいる。
その1人が、神楽家の嫡男──神楽 支である。
恵雲様から聞いた話では、俺と晴空君と彼の3人が救世主候補とされているらしい。
晴空君も顔立ちは整っているが、彼の方は神がかった美貌を持っており、男の俺ですらドキッとしてしまう。
文字通り、彼は“神に愛されている”そうだ。
その寵愛をもって、日本を救うことを期待されている。
そんな重要人物は、晴空君に対して呆れたように答えた。
幼少の頃から一緒にいることが多かったようで、気軽に話しかけている。
右に座る少年もまた、晴空君へ親しげに話しかける。
「晴空兄さんがお願いしたら、神社の人も力を貸してくれるのでは?」
兄さんと呼んで慕っている彼は、我が家の仇敵錦戸家の長男──錦戸 宝だ。
本来教室を同じくするはずがない小学5年生の精鋭クラスメンバーであり、年上達に混じって秘術を学んでいる。
「そんなことしたら、俺が家の権力を振りかざす嫌な奴になるだろう」
「そうではなくて。晴空兄さんの人徳の成せるわざですよ」
なんというか、彼はとても晴空君に懐いている。
最初はお家の失態を尻拭いしてもらったから、安倍家に尻尾を振っているのかと思った。
だが、晴空君の話ではずっと前からこんな感じなのだそうな。
たぶん、晴空君が無自覚にたらし込んだのだろう。
「九尾之狐とはまだまだ戦うんだろ? 応援してるからな」
「ありがとうございます」
おいおい、俺までたらし込む気か?
まぁ、次代の安倍晴明と仲良くなって悪いことはないのだが。
そんな時、チャイムと共に教室の扉が開く。
「おはようございます。みなさん揃ってますね。それでは、早速授業を始めます。今日は──」
晴空君と話してる間に先生来ちゃったよ!
肝心の安倍さんと何も話せていない。
いや晴空君も安倍だけど、お前じゃない!
婚約者との距離は、なかなか近づかないのだった。





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