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時間割



 入学式が終わり、俺たちは教室へ移動した。

 俺たち精鋭クラスは全員で一つの教室をホームとするようだ。

 今後の流れを説明する担任の話に耳を傾けつつ、俺は喫緊の課題に頭を悩ませる。


 婚約者の個人的な連絡先がほしい。


 婚約してから一度顔合わせしたものの、あの時は緊張のあまり連絡手段の確立を忘れていた。

 それも仕方あるまい。前世で独身のまま生涯を終えた俺が、小学生のうちに婚約するという快挙を成し遂げたのだから。

 冷静でいられるはずがない。


 しかし、俺は焦っていなかった。

 同じクラスになれば毎日会えるし、学校行事を通して親交を深められる。

 そう、思っていた。


「通常授業は各自好きな場所で受講できます。教室以外で受講したい場合は、先生に相談するか、前日までに申請してください。保護者の方にもご案内しているので、代理で申請しても構いません」


 精鋭クラスだけは年齢がバラバラなため、通常授業の内容もバラバラになる。

 そこで、個人ごとに教師がつき、塾みたいに任意の時間に受講できる。

 朝の会すら任意参加なので、教室に全員集合する機会は学校行事がある時のみ。


「皆さんには、この学園で過ごす時間を陰陽師として成長する為に使っていただきたいと考えています。秘術の授業へ参加するもヨシ、家に伝わる陰陽術の勉強をするもヨシ。通常授業はその合間に行ってください。期末試験の合格は必須となりますが、私たちがサポートします」


 要するに、強くなれるならなんでも良し。

 授業そっちのけで陰陽術の研究をしてもいいわけだ。

 大学みたいに自分で時間割を決められる。


 ──これはまずい。


 連絡先を交換しなければ明里ちゃんと会う機会すら作れなくなる。

 せっかく同じ学校へ通っているのに、これではシチュエーションを活かせない。

 そんなことを考えていると、初日のホームルームが終わった。

 早く連絡先を交換しようと椅子から立ち上がったところで、俺は動きを止める。


(なんて話しかければいいんだ?)


 仕事相手の連絡先を聞き出すなんてこと、前世で幾度となく行なってきた。

 しかし、今回の相手は婚約者である。

 俺の会話デッキに「対婚約者用」なんてものは存在しない。

 なんて話しかける?

 フランクに話すには他人の目が多い。だからといって他人行儀過ぎても壁を作ってしまうか?

 今後の関係を構築するには多少砕けた感じの方がいいよな。でも、これまでといきなり変えるのもおかしいか。


 どど、どうすればいいんだ?

 立ち尽くす俺に、救いの手が差し伸べられる。

 お義兄(せいくう)様だ。


「同じクラスになったことだし、みんなで連絡先交換しよう!」


 鶴の一声で精鋭クラス全体のグループチャットが作られた。

 ありがとうお義兄様。

 お礼に今度困っていたら助けてあげるね。


「みんな、これからよろしくな!」


 自分よりも年上がいるというのに、晴空君はナチュラルにクラスの主導権を握った。

 これぞ安倍家の血の成せる業か。

 しかし、いつまでもお義兄様に甘えているわけにはいかない。

 俺も頑張らなければ。

 明里ちゃんのもとへ歩み寄り、声をかける。


「安倍さん、入学式お疲れ様でした。この後一緒に時間割を決めませんか?」


 悩んだ末、事務的な内容になってしまった。

 いいんだ。まずは場所を変えて二人で話せる状況を作り、そこで楽しくおしゃべりすれば……。


(楽しくおしゃべりって、どうすればいいんだっけ?)


 最近話した異性といえば、気心知れた小学校のクラスメイト達である。異性というより娘とか孫と話す気持ちに近かった。

 明里ちゃんとは将来的に夫婦となるのだから、きちんと異性として向き合わないと。

 前世の婚活で『友達と婚活相手では話す内容を変え、互いに異性として意識するような関係性の構築が大事だ』と学んだ。

 いや、まだ中学生だし今は友達でもいいのか?

 いやいや、最初が肝心ともいうし……。


 俺がこの後の方針に頭を悩ませている間に、明里ちゃんは傍で控える秘書とスケジュール確認を済ませていた。


「16時まででしたら」


「それじゃあ、カフェはどうですか? 席が空いてるか確認しますね」


 学園の敷地内にはたくさんの施設が詰め込まれている。

 その一つがカフェで、入寮してきた生徒達が早々に開拓しており、早くも憩いの場となっている。

 デートで使うことになるだろうなと、予約方法を確認しておいて良かった。


「席3つ予約できました。さっそく行きましょう」


「あの、皆さんにご挨拶してからでもよろしいですか?」


 そういってクラスを見渡す明里ちゃん。

 右を見ても左を見ても未来の重要人物ばかり。

 彼女だけでなく俺にとっても大事なコネクションが転がっている。

 出会ったばかりの頃は普通の幼い女の子だったのに、こんなに立派になって……。

 いかんいかん、祖父目線になりかけた。

 それは婚約者から最も遠い関係性だぞ。


「それもそうですね。挨拶が終わってからにしましょう」


 クラス全員重要人物の子供というボーナスエリアでコネを作ることにした。

 晴空君はもちろん、これまで会えなかった東部家の嫡男とも会えたし、関西の大家とも挨拶ができた。

 いやはや、いいコネクションができて大満足だ。


 はい、仕事は終わり!


 ここからはプライベートである。

 俺たちはカフェに移動し、時間割の相談を始めた。


「安倍さんはどの秘術に興味がありますか? 俺は『業火之札』と『雷之陣』、あと製紙もできるようになりたいです」

 

「製紙ですか?」


 字面からして攻撃的な二つと違って、製紙はものづくりの領域だからなぁ。

 前線で戦う俺が興味を持つのは意外だったのかもしれない。


「札も陣も紙が命じゃないですか。色々実験し甲斐がありそうです。紹介文によると、ある程度の霊力を事前に込められるうえ、霊力を保持する時間が伸びるそうなので。御守りを作る時にも役立ちそうなんです」


「そうなのですか」


 そうだ、御守り。

 いつでも渡せるように準備しておいたんだった。

 俺はリュックからお目当てのものを取り出し、明里ちゃんへ差し出した。


「これを貰ってくれませんか。俺が作った御守りです。源さんの窮地を救った実績もあるので、役に立ちますよ」


「脅威度5弱を追い返したという、あの御守りですね。良いのですか?」


 俺はこの時のために用意しておいた言葉を披露する。


「ええ、もちろん。婚約者の安全は何よりも大切ですから」


「……」


 あれ、思っていた反応と違う。

 喜んで受け取ってくれるかと思いきや、むしろ受け取りづらそうにしている。


「あっ、もしかして、御父君から御守りを渡されていましたか?」


「いえ、秘術級のものはお兄様だけで、私は持っていません。ありがたく頂きます」


 御守りを二つ持っている場合、強い方だけが作用する。

 明里ちゃんが持っている御守りは高級品だけど、脅威度5弱を退けるほどの力はないらしい。

 ふふん、さすが精錬霊素、長年改良されてきた他家の秘術と並ぶとは。

 俺は男らしさをアピールする為、自信満々に言ってみせる。


「御守りがあれば、ピンチの時に必ず駆けつけますから」


「は……はい、頼りにしていますね」


 ふふ、ふふふ。

 微笑みながら『頼りにしてる』だってよ!

 これはなかなか良い滑り出しじゃないか?

 もっと頼りになるところを見せて、仲睦まじい高校生カップルを目指したい。

 そして、前世の後悔の一つ、青春をやり直すんだ!


「話が逸れてしまいましたね。安倍さんはどの秘術に興味がありますか?」


「私は、『隠身之術』を教わりたいと思います」


 忍者の技として有名になった、妖怪と遭遇した際に逃げる為の術である。

 前線に出ない安倍家の女性らしい選択だ。

 ただ、明里ちゃんの反応的に、あまり秘術に興味がなさそうな感じがする……。

 えっ、秘術だよ? もっとたくさん教わりたいと思わない?

 俺なんて、普通科目そっちのけで秘術の授業を詰め込んでるよ。

 興味のあったものはもちろん、概要を読んで使えそうと思った秘術は全部教わりたい。

 前世の大学時代にはスカスカな時間割を見て喜んでいたのに、俺が新たに作り出した時間割はビッチリ埋まっている。


「ふぅ、これは忙しくなりそうです」


「楽しそうですね」


 達成感を感じていると、明里ちゃんが不思議そうな声で言う。

 よくよく考えてみれば、普通の子供は勉強嫌いだから仕方ないか。

 俺にとっては家業 兼 趣味なのだが。


「不思議な現象を自分の力で起こせるのがワクワクしませんか? それに、どんな妖怪が現れても倒せるくらい強くなりたいですから」


 しかし、相手が興味を持っていない話を長引かせるのはいけない。

 明里ちゃんはどんな話題を好むのか、色々話題を振って探らねば。


「時間割も決まりましたね。『隠身之術』の時間は一緒に頑張りましょう。阿部さんの時間割は結構空いてますけど、何か予定が入っているんですか?」


「はい、習い事が毎日」


「ま、毎日ですか」


 聞いてはいたが、安倍家の教育の厳しさは凄まじいな。

 この時、俺は日和ってしまった。

 どうにか話を誘導してデートの日程を決めようと思っていたのに、毎日習い事があったらそんな時間ないよなと考えてしまった。

 否、逃げてしまった。

 時間割を決めるという口実でカフェに誘った時点で、俺はなけなしの勇気を使い果たしていたから。




〜〜〜




「やっぱり誘えばよかった!」


 後日、流れで予定を合わせる方が楽なことに気づき、どうやってデートに誘うか悩む羽目になった。

 過去の俺、恨むぞ。

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