リッチな家
第8章はまとめ読み推奨です。
〜〜〜
私立陰陽師学園。
阿部家が財力にモノを言わせて改造した一大教育施設、幼小中高大一貫校である。
その場所は京都市北部の山の上。
阿部家が支配する関西陰陽師会のお膝元だ。
俺の新しい生活拠点は、その学園の敷地内にある。
学園の敷地から市内まで巡回バスが出ており、本数も多いため、移動に苦労することはなさそうだ。
学園内にもいくつかお店があるし、家まで配達もしてくれるという。
山の上ながら、至れり尽くせりだ。
『次は〜、陰陽師学園、陰陽師学園です。お降りの方は押しボタンでお知らせください』
開放されている正門を通り過ぎ、最初のバス停で降りる。
両親が俺の生活圏を見てみたいというので、送迎の車は断っておいた。
整地された広大な敷地を歩くこと10分。
「ここか」
スマホ片手に道案内してくれた親父が立ち止まる。
そこには、豪邸と呼べる大きな家があった。
二階建ての和モダンな新築である。
「お兄ちゃんここに住むの?」
「そうだよ。優也も好きな時に遊びに来ていいからね」
「えぇ、遠すぎるよ」
遊びに来てくれないらしい。
小学六年生には遠すぎたか……やっぱり俺が実家へ帰るしかないようだ。
実家……まさかこの単語をこんな早くに使うとは思いもしなかった。
ガチャリ
インターホンを鳴らす前に、玄関から一人の女性が現れた。東部家のお世話係さんよりずっと歳上な、ベテランハウスキーパーといった風貌。
そんな彼女は小走りでこちらまでやってくると、丁寧に門を開ける。
「おかえりなさいませ。私、峡部様の身の回りのお世話をさせていただく、瀬羽と申します。よろしくお願いいたします」
わぁ、すごい。
まだ一度も踏み入れたことのない俺の住居に、先に他人が入っている。
いつか、この状況に慣れる日がくるのだろうか。
「よろしくお願いします」
「「息子をよろしくお願いします」」
門前で簡単な挨拶を済ませた俺たちは、瀬羽さんの案内で家の中へ入る。
入った直後から無駄に広い玄関に驚かされ、内装の高級感に自分が場違いな気がしてきた。
玄関周りにはシューズクロークまで完備されているではないか。
今の所使う予定ないぞ。
「立派すぎない?」
「立派なぶんには良いではないですか。私が10歳の頃に住んでいた家と似ています」
話には聞いていたけれど、本当に豪邸に住んでいたんだな。
お母様は祖父の仕事に合わせて何度か引っ越したらしい。
そのうちの一箇所がこんな感じだった、と。
「皆様、こちらへどうぞ。先に郵送いただいた荷物は片付けてあります」
スリッパに履き替えた俺たちはリビングや寝室、風呂やキッチンを見て回った。
どの設備も最新式で、一人で住むには豪華すぎる。
間取り図を見て広さを知っていたつもりだが、思っていた以上に広い。
部屋を持て余すことは確定だ。
瀬羽さんの仕事も丁寧で、俺の私物が綺麗に収納されていた。
これを特待生一人のために用意できるとは……。
阿部家の財力を目の当たりにした気分だ。
「素敵なお家ですね」
「うん。……それだけ期待されてるってことだけど」
対終焉之時へ協力を約束したからこそ、この待遇である。
世界の危機とはどれほど過酷なのか、対価を支払う時が恐ろしい。
いや待てよ、今の俺なら現金一括払いもできるのでは?
「お部屋の案内は以上となります。一度ご休憩なさってはいかがでしょうか」
リビングへ戻ってきた俺たちは紅茶を飲んで一休みし、瀬羽さんと世間話をした。
瀬羽さんは陰陽師の家系に生まれたけれど、霊感がなかった為に今の仕事へ就いたのだとか。
今時の女性らしく、結婚願望がない独身貴族とのこと。
お互いに自己紹介を終えたところで、俺と親父は紅茶を飲み干した。
「さて、行くか」
「仕事部屋に荷物を置いてくるね」
「私は瀬羽さんとお話ししています」
「聖様について、詳しいお話をお聞かせください」
俺と親父は仕事部屋と定めた一室にやってきた。
俺が希望した通り、内装は大学の実験室を再現したものとなっている。
個人宅では見られない、高価な実験用設備がズラリと並ぶ。
「最長10年暮らす場所だし、この部屋だけは妥協できないよね」
自宅で使っていた道具を始め、実験に必要になりそうなものは軒並み揃えてもらった。
学園の所有物なので、退去時は返却することになる。
ただ、10年も使うとなると実質俺のものと同義である。
これらがあれば、実家にいた頃同様ーーいや、それ以上に陰陽術の研究ができるはずだ。
「素材はこの引き出しに入れておく」
「うん、お願い」
郵送できない貴重な素材や書物だけはキャリーケースで運んできた。
こればっかりは瀬羽さんにも任せられない。
親父と二人で淡々と収納していく。
「これで最後か」
「ありがとう、お父さん」
これで、俺が生活するのに必要な最低限のものがこの家に揃ったことになる。
部屋を見渡した親父は思いついたように言う。
「研究に没頭するのは良いが……体を大切にしなさい」
「うん。ほどほどにしておく」
色々言いたいことがあるんだろうけど、親父はそれだけ言ってリビングへ戻っていく。
相変わらず口下手だなぁ。
それも、戻った先でお母様が全て言ってくれるとわかっていたから、かもしれないが。
「不安な気持ちになったり、困ったことがあれば、いつでも連絡してくださいね。何もなくても、電話していいんですよ」
「毎週帰るから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「ちゃんと食事はとってくださいね」
「それさっきも聞いたよ」
帰りの時間が近づくなか、お母様の話が止まらない。
それも当然か。
中学一年生の息子が寮生活を始めるとしたら、心配でしょうがないだろう。
「そろそろ時間だ」
「体に気をつけて、学園生活を楽しんでくださいね」
「うん」
スマホで時間を確認していた親父は、最後に真剣な顔で忠告する。
「警戒は怠らないように」
「うん、気をつける」
人間の敵は妖怪だけではない。
別勢力からの襲撃も考慮して、常備する札の構成を改良した。
初見殺しの触手と合わせれば確実に生存できるはずだ。
「お兄ちゃんまたね」
「気をつけて帰るんだよ」
門の前で家族を見送り、やがてその背中も見えなくなった。
一抹の寂しさを覚えながら、前世以来初の俺の一人暮らしが始まった。
「長旅でお疲れでしょう。夕食までお寛ぎください」
「あっ、お願いします」
二人だった。