閑話 狐の御神使様
小学4年生の冬。
――♪
中庭の方から、サトリの楽しげな声が聞こえてくる。
中庭に面する廊下へ出ると、そこにはサトリともう一つ影があった。
影、としか言いようがない。
頭に大きな耳のついた犬がお座りしている……そんな影が、サトリの前の地面に伸びている。
その正体を、俺はサトリから聞いていた。
只人が直視するのも烏滸がましい、神使の狐様である。
「これはこれは、御神使様! ようこそおいでくださいました!」
俺は恥も外聞もなく、全力で媚びながら歓迎する。
相手は神の関係者である。
機嫌を損ねれば、只人の命など簡単に吹き飛ぶ。
〜〜!
サトリ、御神使様は何と?
ふむふむ、『くるしゅうない』と。
ははぁ!
俺は二人の邪魔をしないよう、スッとフェードアウトする。
竹駒神社で参拝して以来、御神使様は我が家へよくいらっしゃるのだ。
曰く、サトリの教育が終わっていないから、とか。
既にすごい能力を開花させてもらったのに、これでもまだ5分咲きらしい。
全てサトリの霊獣パスを介して聞いた話なので、コミュニケーションが万全とは限らないが、やっぱりうちの子は凄かった!
居間の襖を開け、俺は叫んだ。
「お母さん! 例のもののご用意を!」
「あら、いらしてたのですか。今用意しますからね」
俺は居間でくつろいでいたお母様にお願いする。
家事の合間の休憩時間を潰すのは申し訳ないんだけど、あの、もう少し急いでもらえません?
お客様をお待たせしてるんです。
お客様は神様です。
「丹精込めてお作りした方が、お客様も喜ぶでしょう」
こんな時でもお母様の優雅さは揺らがない。
いや、揺らいで?
お待たせしてるの神様の関係者だよ?
俺なんて気を抜くと膝が震えそうになるよ?
「はい、完成です」
ありがとうお母様、愛してる!
俺は完成した供物を手に、中庭へ直行する。
「失礼いたします。そろそろご休憩はいかがでしょうか」
ちょうどお昼時、恒例となりつつある料理で御神使様をもてなす。
「こちら、峡部家の稲荷寿司でございます」
コン!
この時ばかりは声がハッキリと聞こえる。
喜んでいただけて何よりだ。
いつもなら『よきにはからえ』という一言で終わりなのだが、今日は続きがあるらしい。
「ふむふむ、ほうほう、『世俗の厄介ごとも含めての依頼である』と。さすがは神様! 全てお見通しでございましたか!」
俺がビビっていることもバレていたらしい。
とりあえず、全力でヨイショしておいた。
本当に助かった。
いつまでも依頼に着手できていないから、天罰が下るんじゃないかとヒヤヒヤしていたんだ。
てっきり、サトリの教育というのは名ばかりで、圧をかけに来てるんじゃないかと……。
神様がそんなせこいことしないか。
神様なら『やれ』と命じるだけで、俺を邪魔する寺社仏閣ごと九尾の狐を退治せざるを得ないのだから。
とはいえ、神の心は秋の空。
ご機嫌伺いは積極的にしていく所存です。
〜〜〜
小学6年の春。
「あっ、今日もいらしてましたか。ごゆっくり」
以降もちょくちょくいらっしゃるので、さすがに俺も慣れた。
本当に依頼の納期でフォローされることはなかったので、妨害に対しても余裕の態度で向き合える。
ゆえに将来、まさか錦戸家へ天罰を下すとは思わなかった。
その翌週は稲荷寿司を山盛り献上した。
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あとがき
次週から第8章開幕です。
よろしくお願いしますm(_ _)m