婚約
仇討ちの作戦を話し合う時に、親父から聞いていた。
鬼退治もそうだが、それ以上に仇討ちを果たすことこそ、親父と籾さんの人生を賭けた目標であったと。
「聖のおかげで、悲願を達成できた」
仇討ちを終えた親父が、どこか晴れやかな表情でお礼を言ってきた。
「俺は何もしてないよ」
翌日、親父の仕事部屋。
鬼に報酬を支払いながら、俺は軽い感じで返す。
実際、親父と籾さんだけで倒したし。
しかし、親父はそうは思っていないようだ。
「聖が霊力の精錬に気づかなければ、私は習得できなかった。上層部との繋がりがなければ、錦戸家の情報も回されず、討伐許可も下りず、仇討ちに挑戦する機会すら与えられなかっただろう」
そう言われてみると、確かに俺のおかげと言えなくもない。
やはりコネは大事。
色々と頑張ってきた甲斐があるというものだ。
「私も籾も、聖に何かご褒美を渡したいのだが、何か望みはないか? あまり大層なものは用意できないが……」
親父、途中で日和ったな。
まぁ、今の俺なら東部家経由で大抵のものを手に入れられるし、日和るのも無理はないか。
欲しいもの……欲しいものね……。
富と名声と力かな。
「今二人にお願いしたいものはないよ」
「……そうか」
たくさん召喚するためのお金は自分で稼ぐし、名声は自力で功績を立てないといけないし、力も自力で開発中だ。
いや、親父にお願いできるものが一つあったな。
「今度また旅行しようよ」
「それはご褒美にはならない。ただの家族行事だ」
「そんなことないよ」
俺はもう少しでこの家を出ることになる。
陰陽師学園は大学まで網羅しているから、拠点は完全に向こうに移る。
定期的に帰ってくるとはいえ、家族勢揃いする機会は減るだろう。
あまりに早い親離れである。
「家族との思い出は何よりも大切でしょ?」
「……そうだな」
前世の後悔がある俺と、両親との早すぎる別れを経験した親父。きっと、同じ価値観を共有できるはずだ。
とりあえず、春休みに旅行へ行くこととなった。
旅行先は優也とお母様の希望次第ということで。
俺としてはこれで十分なのだが、親父はまだ何かご褒美を用意できないかと悩んでいる。
「そういえば昔、安倍家の姫と婚約したいと言っていなかったか?」
また随分と昔の話を持ち出してきたな。
俺は当時の会話を思い出しつつ肯定する。
「可愛いと思うって、お母さんに伝えたけど……婚約したいまでは言ってなかったはず」
今の俺は日本有数の陰陽師である。
なら、結婚相手は相応の地位を持っていてもおかしくない。
そして、彼女も陰陽師学園に来ると聞いている。
幸いなことに、彼女にはまだ婚約者がいない。
今ならまだ間に合う。
俺はこれまでの功績を引っ提げて、彼女にアプローチしていく計画を立てていた。
「婚約するとなったら、嬉しいか?」
「そりゃあ、まぁ」
あれほど可憐な女の子と将来結婚できるとなれば、前世の悲願が一つ達成されたも同然だ。
幸せな家庭を築いて、母親似の子供達に惜しまれながら最期を看取ってもらう……。素晴らしい。
「そうか」
まぁ、いくら俺が強いからって、一世代の活躍だけでは安倍家と釣り合いが取れないのも事実。
学園生活の中で彼女のハートを射止め、二人でご両親を説得してハッピーエンド。これしかあるまい!
頑張るぞー!
〜〜〜
翌週、親父は仕事から帰ってくるなり真っ先に報告してきた。
「聖、喜べ! 明里姫との婚約が決まったぞ!」
リビングに静寂が訪れる。
おかえりを言う暇もないほど、突然の報告だった。
うん、あれ?
俺の勘違いかな?
俺が明里ちゃんと婚約したみたいに聞こえたけど、そんなわけないよな。
前世で独身を極めた俺にそんな展開ありえない。
勘違いなんかしないぞ。
どうせ、よその家の子供と明里ちゃんが婚約したとかいうオチだろ。
「誰と?」
「お前に決まっているだろう」
聞き間違えたかな?
「もう一回言って。誰と誰が?」
「聖と安倍 明里姫だ」
ん?
うん?
え?
俺は平凡な脳みそで必死に情報を整理した。
そして、ようやく言葉の意味を理解した。
「えぇぇぇーー! 嘘じゃない? 本当に?! 何がどうして?!」
「こんな嘘をつくか。源様経由で面会の予約を取ろうとしたら、晴明様から直々に声を掛けてくださり、先方から婚約の打診を頂いた」
親父からじゃなくて、向こうから打診されるなんて!
ご両親説得するどころか、両家公認じゃん!
「待って、明里ちゃんはなんて言ってた?」
「話し合いの席に顔を出されて、よろしくお願いします、と」
うぉぉおおおお!
親父と挨拶まで済ませてるとか、本人も合意じゃん!
親が無理やりとかじゃなさそうだ!
やったー!
「やったー!」
「よかったですね、聖」
思わず全身で喜びを表現した俺に、お母様がお祝いの言葉をくれた。
前世を含めてもここまで嬉しい出来事はそうそうなかった。
まさか、小学生のうちに結婚確定だなんて。
前世の俺に言ったら鼻で笑ったに違いない。
『彼女いない歴=享年の俺に結婚できるわけないだろ』と。
「そんなに嬉しいか。そうか」
親父も珍しく浮かれ気味だ。
良かったね、お家断絶にならなくて。
お宅の息子さん前世で一回やらかしてるからね。
喜びの舞を踊る俺に、お母様が尋ねる。
「前は、可愛いと好きかどうかは別と言ってましたが、心変わりしたのですか?」
「これから好きになるし、相思相愛になってみせる! お母さんもお父さんと付き合う時はそうしたんでしょ?」
「それもそうですね。お母さん応援しますよ」
「麗華、聖に一体何を話したんだ……」
「お兄ちゃん結婚するの?」
ここまで会話について来れなかった優也の質問に、俺は笑顔で答えるのだった。
第7章 社会変革編 完
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2話閑話を挟んで、第8章 〇〇〇〇編 開幕