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仇討ち


 仇討ち当日。

 俺と親父、それと籾さんの三人でやってきたのは、関東陰陽師会の封印管理施設である。

 山の中にあるこの施設では、封印処置した妖怪が保管、管理されているという。


「ようやく、討伐許可が下りたか。やっぱり錦戸のジジイが隠し持ってやがったな」


 親父が討伐手続きの書類を書いている横で、籾さんが忌々しそうに言う。

 この施設に保管されている妖怪は、希望すれば誰でも倒すことができる。

 ……にも関わらず、親父と籾さんが申請を出した妖怪は討伐許可が下りなかった。

 二人の予想では、陰陽師の家を謀殺していた錦戸家が、証拠を隠滅するために隠していたのではないか、とのこと。

 その謀略を実行した錦戸家のフィクサー、先々代当主錦戸 金は、天罰で抜け殻となって権力を失ったそうな。


「手続きは終わった」


「よっしゃ! 久方ぶりに全力で行くぞ」


 向かった先は峡部家の訓練場のような、何もない平地。

 戦闘準備が整い次第、封印された妖怪が運び込まれるという。


「お父さんから作戦は聞いてるけど、本当に俺は手を出さなくていいの?」


「最初は聖坊の力を当てにしてたんだがな。やめた」


「あれは、私達が倒さねばならない」


 俺にとってはただの妖怪でも、二人にとっては両親の仇である。

 当然尊重するつもりだ。


「危ない時は一撃で消し飛ばすからね。鬼の時みたいにルールがあるわけじゃないんだし」


「おぅ、頼りにしてるぞ」


 籾さんは俺の頭をポンと叩き、準備に取り掛かる。

 親父は一足先に準備を始めている。

 今回の要は親父だからな。

 俺は俺で準備しておこう。


「鬼たちは二人に危険が迫った時に守れ。サトリはいつも通り。テンジクは……今回はお休みで」


 何があってもいいように式神を召喚しておいた。


 その間に籾さんは、親父と地面の陣をまるごと囲う大きな結界を構築していた。

 四隅には小さな祭壇を設置し、何か儀式をしているのが見えた。間違いなく、殿部家の秘奥にあたる技術だろう。

 興味を惹かれたが、さすがに盗み見るのは躊躇われた。


「弔合戦といこうぜ」

 

 親父は陣の側に立ち、眉間に皺を寄せて陣に力を込め続けている。

 全力を持って用意しているその一撃こそ、今回の戦いにおける要だ。

 印を結ぶ速度が遅くて心配になるが、俺は余計な口を挟まずに遠くからそっと見守る。


「失礼します。お持ちしました」


 職員さんが封印された妖怪を運んできた。

 東部家では勾玉だったが、件の妖怪は人形を器にしているようだ。

 職員さんは指定した場所へ人形をそっと置き、敷地の端で待機する。

 いざ討伐が失敗した際は、再度封印してくれるらしい。

 なお、再封印の費用は討伐希望者にご負担いただきます。と、注意事項に書いてあった。

 全員が所定の位置についたのを見計らい、職員さんによって戦いの火蓋が切られる。


「準備はよろしいですか? 封印を解除します」


 人形から煙のようなものがモクモクと湧き上がり──ついに、峡部家と殿部家の仇が姿を現した。

 古典的な足のない人型幽霊をベースに、顔面が闇の渦に置き換わったような外見だ。

 災害型らしく、辺りに陰気が満ち満ちていく。

 この陰気の拡散具合は、間違いなく脅威度5弱──決して4ではない。

 錦戸家はこれを隠したかったのだろう。


 オォォォォオオオオォォ


 怨嗟の声に似た音が渦巻く闇から響いている。

 こいつはいったいどんな感情から生まれたのだろうか。

 いずれにせよ、強いことに変わりない。

 陰謀があったとはいえ、先代当主たちを死に追いやった妖怪なのだから。


 ──♪


 封印解除と共に、サトリが妖怪の一部を光らせ、弱点を教えてくれた。

 東北の地で何度も繰り返したので、もはや以心伝心だ。


「弱点は頭部の後ろ」


 手は出さないが、口は出す。

 作戦通り、あとは二人に任せる。


「──我が両親の苦しみをその身で味わえ!」


 ちょうど親父の詠唱が終わる。

 封印から解除されたばかりの妖怪は、動きがかなり鈍い。

 となると当然、初手で最大の一撃をぶつけるのが定石となる。

 かつての戦いで、弱点属性は炎と判明している。


「炎柱之陣!」


 炎柱之陣は、普通の人が使うと地面から真っ赤な炎が吹き出す。

 陣に注ぎ込む霊力量が多い代わりに、威力は相応に強い。

 ならそれを、霊素(・・)で行えばどうなるか?


 オォォォォオオオオォォォォオオオオオ!


 炎に呑み込まれた妖怪は腹に響く音で悲鳴を上げる。

 地面から噴き上がる炎の勢いは間欠泉の如し。

 青い炎は火力の高さを示している。

 特に、物理効果が半分となる峡部家製の陣で火力がここまで上がるということは、残り半分の霊体効果も相応に上がっているということ。


「燃え尽きろぉぉぉぉおおおおお!」


 親父が倒れるほど心血を注ぎ、数年間成果が出ないままそれでもなお修行に耐え、ようやく手に入れた精錬技術。

 俺からすれば遅すぎる精錬スピードだが、親父は確実に、着実に、霊素を溜めていった。

 全ては、この時のために。


「強! いけぇぇぇえええ!」


 峡部家と殿部家の先代当主でも歯が立たなかった相手を倒すには、切り札が必要だ。

 親父は霊素にその可能性を見出した。

 ゆえに、たった二人でリベンジマッチを挑んだのだ。


 ォォォオオオオオ!


 ただ残念なことに、一撃では倒しきれなかった。

 我が家の攻撃は物理と霊体どっちつかずな性能なので、仕方のないこと。

 しかし、活路は見えた。

 妖怪の体のあちこちに穴が空いているのだ。


「弱ってるぞ! 一気に攻め立てろ!」


 籾さんが札を飛ばし、追加で焔を焚べている。

 控えていた親父の鬼が自慢の棍棒で殴り掛かる。

 棍棒に多少なり怯む妖怪へ、親父が霊力を込めた札を飛ばす。霊素のストックはさっきので尽きたようだ。


 オオオオオオ!


 猛攻を受けながらも、妖怪は親父たちとの距離を着実に詰めていく。

 霊体への特攻手段がない二家では、こうなることは分かりきっていた。

 脅威度5弱とは、封印処置が必要なほどに強力な妖怪なのだから、当然だ。

 ついに青白い腕が親父達に届くその時──結界から白い電撃が迸る。


 オォォォォオオオオォォォォオオオオオ!


 バチバチ音をたてて妖怪に纏わりつき、その身を削っていく。


「結界を壊せるものなら壊してみろ! 殿部の歴史が作り上げた集大成! くらいやがれ!」


 二人とも戦闘中に無駄口を叩く方ではない。

 戦闘における意思疎通以上には口を開かない職人タイプだ。

 しかし、この戦いばかりはそうもいかない。

 歯を食いしばって全力で霊力を注ぎ、息つく暇もなく攻撃を続けている。

 きっと二人の目には、亡き両親の姿が見えているのだろう。


 オオオオオオ


 妖怪の傷が増えてゆくと、顔の渦が突然加速し始めた。


「悪あがきか?」


 籾さんの言うとおり、奥の手を使ってくる可能性が高い。

 何が起こるかと注視していると……顔の渦が前方に伸びた。キモ。


 オオオオオオ!


 籾さんの結界を前に攻めあぐねていた妖怪が、伸びた渦を結界に触れさせる。

 再び反撃が発動も、電撃は渦の中に吸い込まれてしまった。その隙に妖怪の手が伸びると、触れているところから結界が罅割れていく。


「こんにゃろぉー!」


 籾さんの言葉からして、あの結界は籾さんが新開発した対霊体特化型結界なのだろう。

 それを破壊されたとあっては悔しいに違いない。

 脅威度5弱を単独で抑えること自体すごいのだが、感情は別物だ。

 当初の作戦では、殿部家の結界から動くことなく戦う予定だったが……鬼退治の時同様、逃げながら戦うことになりそうだ。


「もう少し……耐えてくれ……」


「任せろ!」


 親父の願いに応え、籾さんが結界に霊力を注ぐ。

 すると、結界の崩壊スピードが遅くなった。

 妖怪は顔の渦を結界に押し付け、全身から陰気を溢れさせる。

 再び結界の崩壊が近づくも、籾さんが稼いだ時間は親父に次なる一手を与えた。


「あの時の屈辱を、今晴らす」


 親父は僅かな時間で用意した札を飛ばす。

 その札は結界をすり抜け、妖怪の後頭部に貼り付いた。


「先代当主よ、次代の峡部の力、ご照覧あれ──焔之札」


 妖怪の体を青い焔が焼き尽くす。

 最初の一撃でかなり弱っていた妖怪は、ついに限界を迎えた。


 オォォォォオオオオォォォォオオオオオ


 焔と共に半透明な体が焼け落ちていく。

 塵は風に吹かれて消えていった。

 因縁の相手だというのに、最後は他の妖怪と何ら変わらない。

 あっけないものだ。


「終わったな……」


「ああ」


 最後の一撃、まさかこの短時間で札一枚分の霊素を作るとは。

 これまでの親父なら数ヶ月から数年掛かってたはず。

 ピンチに覚醒するとか主人公かよ。


 二人におめでとうと言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。


「親父! お袋! 仇を取ったぞ!」


 拳を振り上げて天を仰ぐ籾さんは、声が震えていた。


 やはり無理をしたのか、親父も膝を突いて座り込んだ。


「父さん、母さん、見てくれたか……?」


 思わず駆け寄った俺の耳に、そんな言葉が聞こえた。

 峡部家当主ではなく、父親でもない、峡部 強の言葉だった。

 男の涙はジロジロ見るもんじゃない。


 俺は職員さんの背を押して、一足先に建物の中へ入るのだった。

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