顛末
親父の仕事部屋で式神に報酬を支払いながら、俺は修学旅行の思い出を語っていた。
ひとしきり話し終えたところで、親父が口を開く。
「聖……。何か、したか?」
「何その曖昧な質問」
突然の意味不明な質問に困惑せざるをえない。
相変わらず言葉の足りない父親だこと。
心の中でため息をついていた俺は、続く親父の言葉に驚愕する。
「聖が修学旅行へ行っていた夜、我が家に襲撃があったそうだ」
襲撃?!
誰か襲われた……にしては、被害が見られない。
親父もお母様も優也も無事だ。
家も乱れた様子はない。
少なくとも、俺が帰ってきて話を聞くまで異常に気づけなかった。
「何があったの?」
「襲撃者の目的は誘拐。峡部家を支配下に置くつもりだったようだ」
「はぁ?」
修学旅行の夜に留守番していたのはお母様と優也だ。
二人を誘拐だと……?
親父はオブラートに包んで言っているけど、要するに俺の力を利用したかったということだろう。
その為に家族を狙うとは……どうしてくれようか。
まずは襲撃者を殺して、その後に主犯の一族を滅ぼさないとな。
峡部家に手を出したらどうなるか、世間に知らしめる必要がある。
「誰が……やったの……?」
二度と同じことを考える者が現れないよう、惨たらしい最期を用意しよう。
でなければ枕を高くして眠れない。
そして、俺の力をフル活用すれば、完全犯罪が可能だ。
俺の大切な家族に手を出した人間は、どこのどいつだ?
心当たりはあるぞ。
「錦戸家の先々代当主が雇った暗殺部隊だ。御剣様より襲撃が近いことを聞いていた。その対処を任せよ、とも。そして、誘拐が実行に移され――襲撃部隊は自害し、首謀者には天罰が下った」
「皆殺――え、自害? 天罰? なにそれ」
やはり錦戸家か、一族郎党皆殺しにしてやろう、と思った直後にこれである。
俺が手を出す前に決着がついていただと?
なんなら現場にいた御剣様すら何もしていないという。
「我が家の結界は、悪意あるものの侵入を許さない。その効果までは伝わっていなかったが……想像より遥かに強大だった」
結界の要はいまだに再現できていない。
なるほど、侵入者を自害させるほどの効果を発揮するとなれば、容易でないのも当然だ。
仕組みがさっぱりわからない。
「天罰っていうのは?」
「暗殺部隊が自害した後、首謀者が抜け殻になった」
記憶をすべて失い、赤子のように呻くことしかできなくなったらしい。
いや、それは本当に天罰か?
「認知症が急激に悪化したとか、脳に障害が出ただけじゃない?」
「至って健康体だったそうだ。そして、襲撃直後に起こったとなれば、偶然では済まされまい」
首謀者は家の最奥にある自室で寝ていた。
侵入者の痕跡もなく、呪いの類でもない。
事件当日、俺と親父にはアリバイがある。
そんな密室事件みたいな状況で、以前から神の依頼を邪魔していた首謀者が原因不明の記憶喪失になったとなれば、神罰と判断されてもおかしくはない。
ずいぶんと穏当な気もするが、御神使様も優しいし、手心を加えることもあるだろう。
「錦戸家に報復しに行かないの?」
「罰するべき者に神が裁きを下した。我が家に正当性があると既に証明されている。これ以上は私刑となってしまう」
神という絶対の存在に守られている状況は最高の安全保障といえる。
その事実は事件と共に周知され、峡部家に手を出す者はいなくなる。
下手に手を出して錦戸家を滅ぼし損なえば、捨て身で復讐してくる可能性があるし、関東陰陽師会との関係も悪化してしまう。
そもそも神が罰を与えなかったということは、他の家人に罪はなかったとも捉えられる。
業腹だが、俺の出る幕はなかった。
「お前の持つ力を欲しがる者は多い。身の回りに気をつけなさい」
「うん。俺はどうにでもなるけど、みんなはどうするの?」
「私も問題はない。麗華と優也には、外出時にボディーガードをつけることとなった。聖の御守りも加われば、身の安全は確保できる」
ボディーガードを務めるのは安倍家子飼いの武士なので、相応にコストがかかるのだが、その費用は錦戸家が持つという。
先々代当主の罪を現当主が贖うようだ。
現当主は先々代当主と権力争いをしており、今回の襲撃阻止にも協力していたらしい。
源家の奥様戦争しかり、血を分けた家族であっても敵対関係となりうるのが、資産家の定めのようだ。
……本当に?
家を存続させる為に嘘をついてない?
やっぱり後顧の憂いを立つ為に族滅させたほうがいいのでは?
もしも家族に傷をつけられたら、荒御魂よりも暴れる自信があるぞ。
他家の命を対価に峡部家が安全に過ごせるなら、安いものだ。
陰陽師の歴史を紐解けばそんな抗争はいくらでもある。
極道ばりにメンツが重視される社会なのだ。
……まぁ、最近の若い陰陽師はそういう文化を古臭いと非難したりするのだが。
「私達が留守にしている間に、全てが終わっていた。そして先ほど、顛末を知らされた」
安倍家と錦戸家現当主が直々に謝罪したそうだ。
関東三大陰陽師に頭を下げられては、大して権力もない峡部家は許すほかなくなってしまう。
被害が出ることもなく、身内の不祥事を自分で片付けたのだから、なおのこと。
「なんか釈然としないけど……お父さんはこれで良かったの?」
「詫びの品は他にもある。次の日曜に関東陰陽師会へ行く。聖にもついてきてもらう」
「何かお詫びの品を渡されるの?」
俺が同行しなければならないような品って、いったい何だろうか。
我が家が必要としているものを思い浮かべていると、親父は鬼気迫る表情で答える。
「仇討ちだ」