修学旅行③
「楽しかったね」
「うん」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
二日目の観光も終え、あとは帰るばかり。
日も傾き始めた現在、俺たちは新幹線を降り、駅前の広場へ集合していた。
この後はバスに乗りかえて学校まで一直線だ。
「他の人も利用するので、皆さん邪魔にならないように。きちんと整列してください」
バス乗り場へ移動する前の、先生方による最終チェック。
二日間緊張状態を強いられ、今も全員揃っているか入念に確認している彼らには頭が上がらない。本当にお疲れ様でした。
心の中で先生方へ感謝していると、駅の出入り口付近から大きな声が響いてきた。
「陰陽師はんたーい!」
「「「はんたーい!」」」
「我々の税金を無駄に使うな!」
「「「使うな!」」」
「国の陰謀に騙されるな!」
「「「騙されるな!」」」
デモ活動だ。
ああいった活動は、人の集まるところでたまに見かける。
しかしそうか、まだ陰陽師を叩いているのか。
「聖、いいのかよ。あんなこと言われて」
「ん? 気にする必要ないよ。反応しても喜ばせるだけだから」
隣の男子が俺の代わりに怒ってくれた。
身近に陰陽師がいるせいか、うちの学校は陰陽師に肯定的な子が多い。
親友でもないのに、ここまで俺に味方してくれるなんて……。仲良くしておいて良かった。
もしもこの子が妖怪に狙われたら助けてあげよう。
「陰陽師という名の詐欺師に気をつけろ!」
「「「気をつけろ!」」」
SNS全盛期の現在、彼らの手口は知れ渡っている。
孤独な人を囲い込み、周囲に理解されない思想を流し込まれ、活動を通してさらに孤立させる。
そして、今いるコミュニティしか自分の居場所がないと思い込ませる。
なんともエゲツないやり方だ。
実際、通行人の中で彼らの主張に耳を傾ける者は一人もいない。
「妖怪にも人権を!」
「「「人権を!」」」
ぐっ、突然笑わせにくるなよ。
お前ら自身《《妖怪》》を《《人間》》と認めてないのに、“人”権って……。
妖怪と遭遇したら二度と同じ口叩けなくなるぞ。その前に物言わぬ肉塊になっていそうだけど。
「陰陽師の排斥を!」
「「「排斥を!」」」
人権を謳った直後にこれかよ。
本当に救いようがない。
哀れな人間とはいえ、命懸けで戦う陰陽師を詐欺師呼ばわりする相手だ。百鬼夜行が起こっても助けたいとは思えない。
今生は諦めて、次の人生が恵まれることを祈ってもらおう。
大丈夫、俺は前世より今の方が幸せだから、君たちも希望はあるさ。
この後は主張がループしてきたので、俺は無視を決め込んだ。
わざわざ耳を傾けて気分を悪くする必要はない。
「おい! あいつ陰陽師じゃないか?」
そんな言葉が聞こえてきたら、嫌でも気になってしまう。
デモ隊に見つかりし哀れな男性は、ものの見事に狩衣を纏っていた。
なんでこのタイミングでその格好をするかなぁ。
「この国から出ていけ!」
「詐欺師め!」
「ちょっと、なんですかあなた達。うーわ、仕事終わりに最悪」
おそらく彼は、陰陽師としてあまり実力がないのだろう。インパクトで営業をかけるタイプなのだと思う。
妖怪退治以外で仕事を得るには、そういった小手先の技が必要になるのだ。
その点、普通の人が着ない狩衣はアピールにちょうどいい。
着るだけで陰陽師であることを示し、業界用語を並べ立てればプロフェッショナルらしさが演出でき、素人相手にお金をふんだくれる。
セコいけれど、そうやって生計を立てる弱小陰陽師もいるのだと、You〇uberが言っていた。
「帰る途中なんですよ。邪魔しないでください」
「お前のような詐欺師がいるから、何も知らない人たちが騙される!」
「退治と言って、妖怪を不当に貶める悪漢め!」
「原理もわからない陰陽術は危険だ!」
陰陽師の男性は囲まれ、訳のわからない主張をぶつけられている。
周囲の人々も何事かと足を止め、野次馬が増えていく。
どうしよう。同じ陰陽師として、警察に通報くらいしてあげようか?
ただ、タチの悪いことに、奴らは決して暴力は振るわないんだよなぁ。だから、せいぜい注意されるだけで終わる。
彼には自力で逃げてもらうか。
そう結論づけた時、誰かが声を上げた。
「ねぇ、なにあれ?」
夕闇に呑まれた人混みの頭上、騒ぎの中心部で黒いモヤが集まっていた。
その現象を俺は知っている。
「先生! 妖怪です! 急いで避難を! 皆、あのモヤから距離をとって! 早く!」
あれは、妖怪発生の前兆。
俺の見立てでは脅威度4。
一撃で瞬殺できるが、万が一があったらいけない。同級生達には離れていてほしい。
先生は俺の警告を信じてくれたようで、生徒の避難を始めた。
最優先で守るべき人達の安全は確保した。
憂いがなくなった俺は、急ぎポケットから札を取り出そうとして……。
待てよ? この状況、使えるのでは?
愚かなことに、周囲では黒いモヤを撮影する人間が多い。
発生地点を見れば、最初に被害を受ける可能性が高いのは陰陽師アンチの人間である。
多数の観衆と、危機意識ゼロの戦場カメラマン、そして悪役系被害者。
役者が揃っている。
やれるか?
多分やれる。
やってみよう!
俺はポケットから取り出す札を交換し、妖怪が完全に姿を現すまでの数秒を見守った。
そうして現れたのは、最近よく見る熊型の妖怪。重力に従って落ちてきたそれは、小さな地響きを起こした。
悪運の強いことに、アンチ達はギリギリ踏み潰されず済んだようで、突如現れた妖怪を前に腰を抜かしていた。
「なっ、なっ、なんだ! これはぁぁ?」
逢魔時、妖怪の殺意は全方位へ向けられている。
霊感の低い人間でも、見やすい環境と生命の危機が訪れれば、妖怪を視認できることが多い。
この場にいる半数ほどが霊感に目覚めたようだ。
見える者は慌てて逃げるか、野次馬根性を出している。見えない者は周りの混乱についていけず右往左往している。
思いの外、観客が多くて助かる。これも記者会見の影響か、はたまた妖怪異常発生の必然か。
ガァァァァァアアア!
数瞬の状況確認の後、妖怪は動き出した。
狙われるのは、当然手近な獲物である。
「ひいぃぃぃ! 助けて!!!」
声だけデカいアンチの中心人物――おそらく扇動者が叫びを上げる。
すごいなぁ。命の危機にちゃんと悲鳴をあげられるなんて、なかなかできることじゃない。
さて、演者がしっかり役目を果たしたのだ。
俺も舞台に上がるとしよう。
「あぶなーい!」
熊妖怪の太い腕がアンチの男に振り下ろされる刹那、俺はその間に立ち塞がった。
簡易結界を張って防御を固めるも、霊力を注ぐには時間が足りず、妖怪の一撃によって破られてしまう――ようにちょうどいい量の霊素を注いだ。
霊力量と札の効果の相関は実地で何度も試している。その成果が今発揮された。
妖怪の腕が簡易結界によってかなり減速し、俺の左上半身にぶつかった。
妖怪の怪力はまだ十分な威力を誇っており、俺はボールのように駅前の土地を飛ばされた。
「「聖君!!!」」
うわぁ、景色がものすごい速さで流れていく。
途中で女の子の悲鳴が聞こえた気もする。
ジョンの全力パンチを試しにくらってみて、吹っ飛んだ時と同じ感じだ。
アクロバットの練習に余念がない今の俺なら、体勢を整えれば着地できるけど……ここはあえて無様に転がる。
ドッ
ガッ
ゴロゴロ
ドカン!
最後は駅の柱に放射状の罅を作って止まった。
うん。痛くない。
身体強化様々である。
痛くないからこそ、演技ができる。
俺は満身創痍な風を装い、立ち上がった。
スマホのカメラが向けられるなか、地面に手をつき、よろめきながら立ち上がる11歳の少年……立ち向かうは殺意振り撒く大きな妖怪。
うんうん、晴空君の時よりヒロイックな展開じゃない?
「聖君怪我してる! 戦っちゃダメだよ!」
「聖君逃げて!」
浜木さんと陽子ちゃん、ありがとう。
俺の名前を自然な感じに宣伝してくれて助かるよ。
あと、服は破れたけど怪我はしてない。
「聖! 動かないでよ!」
俺がようやく立ち上がったところで、加奈ちゃんの札が飛んできた。
綺麗に地面へ張り付いた簡易結界の札が、俺を守るように展開される。
札飛ばしも結界の精度もいい感じ。
加奈ちゃん成長したね。
「あぁ〜今日は本当についてねぇ。妖怪こっち見ろ! 関東で指折りの陰陽師、加藤 圭 様が相手をしてやる!」
陰陽師の男性も参戦してくれるようだ。
あの感じからして、子供を見捨てられずに仕方なく格上に挑んだな?
立派な心掛けだ。
ちょっと売名しようとしたところは目を瞑ってあげよう。
焔之札が微塵も効いてないけど、大人たらんとする心意気は上等だ。
さて、ここまで動きのない熊妖怪さんよ。
お前が比較的賢いタイプで助かった。
そう、今この場で警戒しないといけない強者は俺だけだ。
たくさんの人を殺すには、俺を排除しなければならない。
お前が全力で警戒してくれているうちに、周囲の人たちの動きで展開がより自然になったよ。
ありがとう。
ということで、君の役目はもう終わりだ。
「皆さん逃げてください。ここは僕達に任せて」
息も絶え絶えな風に声を上げ、俺は札を取り出した。
「智夫雄張之冨合様、戦いに臨む信徒へご加護を」
マイナーな神様の宣伝も完了。
時間もないし、後の詠唱は略式でOK。
なぜなら、熊妖怪が俺に向かって走り出したから。
自慢の爪が届かなければ戦いにもならないと、本能でわかっているのだろう。
この場を制する強者の戦いを、観衆達は固唾を飲んで見守っている。
「燃やし尽くせーー焔之札」
ガァァァァァアアア!
妖怪が結界に飛びつく刹那、苛烈な炎がその勢いを押し返した。
重霊素をたっぷり仕込んだ一撃は、俺の見立て通りに全てを呑み込む。
黒い毛皮が瞬時に炭化し、全身を燃やし尽くす。後に残るのは、どす黒い熊のオブジェ。
ド派手な爆発に反し、静かに塵へ還る様は一種のアートのよう。
しばしの間、観衆の目を釘付けにした。
さて、メインステージは終了。
最後は〆の意趣返しといこう。
俺はよろめきながらアンチ達の下へ向かう。
妖怪に狙われて腰を抜かした中心人物、煽動者の男へ、俺は尋ねる。
「だ、大丈夫、ですか? お怪我は、ありませんか……?」
満身創痍な感じたっぷりに言ってみた。
すると、煽動者は質問に答えず、動揺しながら口を開く。
「お前……怪我……してるぞ」
「はい。救急車、呼ばないとですね」
「なんで……。なんで、俺を助けた?」
やはり、煽動者はちゃんと自覚があったのか。自分が悪いことをしているという自覚が。そのうえで、自らの利益のために煽動なんかしている。
その罪悪感をたっぷり刺激してあげよう。
自分を助けるため、妖怪に怪我を負わされた《《子供》》からの言葉によって。
「僕は陰陽師です。妖怪から皆さんを守るのが、使命ですから」
「使命……」
「それより、あなたは大丈夫ですか?」
俺は手を差し伸べながら再度問う。
その途中で左上半身を庇うのも忘れない。
どうだ、罪悪感で押しつぶされそうだろ。
これに懲りたら、陰陽師批判なんて馬鹿なことはやめて、ボランティアにでも参加するんだな。
煽動者が手を握り返さない。反応が悪いな。
もう少しよろめいておこうか。
「おっ、おい! 大丈夫か!」
「大丈夫です。これくらい、いつものことですから」
「いつものこと……?」
「「聖君!」」
「聖大丈夫?!」
陽子ちゃんと浜木さん、そして加奈ちゃんを先頭に学校のみんなが駆け寄ってきた。
皆口々に心配の言葉を投げかけてくれる。
あっ、いい感じの幕引きになりそう。
ちょうど誰かが呼んでくれた救急車が到着し、俺は退場することになった。
みんな、余計な心配かけてごめんね。
御剣家の名医に治してもらったことにして、来週は元気に登校するから。
修学旅行、お疲れ様でした。