修学旅行②
ホテルのビュッフェを堪能し、お風呂にも入った。
あとは寝るだけ……とはならず、割り当てられた部屋を行き来する生徒が多い。
修学旅行の夜なので、会話やトランプを楽しんでいるのだろう。
そんな浮かれた雰囲気の中で、俺は浜木さんに呼び出された。
「聖君、ちょっといい?」
「……ちょっとなら」
気乗りしない。
だって、これから何が起こるか察しはついているから。
「おぉ! 聖が呼び出されてる!」
「これはまさかぁ〜」
同室の男子が騒ぐ声が後ろから聞こえてきた。反応したら負けだな。
ホテルの裏手にある木は、恋人の木と呼ばれている。
その名の通り、ここで告白するとカップルになれる曰く付きの木らしい。
「聖君、こっち」
先生の目を掻い潜って外へと誘導するあたり、それしか目的地はないだろう。
告白に失敗した人は胸の内に秘め、成功した人だけが宣伝するから、十中八九迷信の類だ。
しかし、恋に恋する乙女はロマンチックな要素があれば何でもいいようで……。
木の下に着くと、浜木さんはこちらへ振り向いた。
祈るように両手を組み、意を決して口を開く。
「私ね、聖君のことが好き」
親の洗脳によって、俺に好意を抱いたのだろう。
「スポーツも勉強もできて、周りより大人で、困ってる人がいたら助ける、優しいところが好き」
小学校ではモテている自覚があるけれど、それはトロフィーとしての人気だ。
カーストトップの男の子なら、別に俺である必要はない。
皆、恋に恋するお年頃なのだから、当然だ。
「中学校でも、聖君と一緒にいたい」
彼女の場合、両親のせいで強制的に視線を誘導させられたようなもの。
俺の存在があったがために、せっかくの小学校生活を歪められて、申し訳なくなる。
そんな少女の告白に、俺はどんな顔で向き合えばいいんだよ。
でも、答える時くらいは相手の顔を見て……。
「だからっ!」
浜木さんの目は、輝いていた。
暗闇の中にあってなお、恋する乙女の輝きを放っていた。
街灯の光を反射しているだけなのに、純粋な好意と切実な願いが煌めいて見える。
その輝きの強さに、妖怪相手でも堂々と戦えるようになった俺が、思わず半歩引いてしまった。
「だから! 聖君! 私と付き合ってください!」
大胆な告白は女の子の特権である。
その好意が誘導されて生まれたものだとしても、気持ちそのものは偽物ではない。
頭を下げて手を伸ばす姿は、そっくりそのまま前世の俺の姿と一致した。
一世一代の勇気を振り絞り、特大の羞恥心を乗り越え、もっとも無防備な心のうちを晒す。
告白とは、そういうものだ。
ならば俺も、真剣に答えなければ。
子供だからとはぐらかすのではなく、一人の女性として、全力で向き合おう。
「ごめん。浜木さんとは付き合えない」
「どうして?」
「知ってるかもしれないけど、浜木家の本家にあたる浦木家は、峡部家と敵対関係にあった。君達が直接関わってないとはいえ、祖父母を殺された恨みは、そう簡単に消えるものじゃない。一つはそれ。二つ目は」
「他にもあるの?!」
「気になっている人がいるから。その人を諦めるという選択肢はいまのところない。三つ目は、俺は浜木さんを異性として見たことがないから。同業者の娘として、加奈ちゃんの友達として接している」
「それはなんとなく気づいてた」
「そして最後に」
「まだあるの?!」
「俺は峡部家の長男だから、結婚も見据えたお付き合いをしたいと思っている。悪いけど、浜木さんは峡部家を盛り立てるにはいろいろ足りていない」
家柄、能力、財産、陰陽術、コネクション、何か一つでも秀でていれば魅力になるが、幼い浜木さんにあるはずもなく……。告白されなければ、この子にそんなものを求めるつもりもなかった。
個人で解決するのがほぼ不可能な条件でもって、断ってしまった。
すごく悪いことをした気分だ。
いや、これでいい。
俺が振られた時だって、相手はしっかり答えを出してくれた。
それこそが誠実さというものだ。
「そっか……」
たとえ泣かれて後味の悪い修学旅行になろうとも、受け入れよう。
「わかった。私、頑張るね!」
ん?
あれ?
予想外の反応が返ってきた。
元気いっぱい返事をした浜木さんはメモ帳に何やら書き込んでいる。
どっから出したんだそれ?
というか、頑張るってなんだ?
「ちょっと待って。俺の話聞いてた?」
「聞いてたよ。バッチリメモしたから。一旦持ち帰って対策を考えてくる!」
対策って何?!
浜木さんの目には涙が浮かんでいる。はっきりと落ち込んでいるように見えるが、それ以上にやる気に燃えている。
あれ? 振られたら家に帰って涙を呑むのが普通じゃないの?
俺は泣いた後に風呂で茫然としてたよ!
「浜木さんが俺に好意を持ったのは、両親に洗脳されているからだよ。俺のことなんか忘れて、中学校でもっとかっこいい相手を探した方が絶対いい」
「洗脳? なにそれ?」
小首を傾げる浜木さん。
その顔は心当たりが全くないようだった。
「浜木さんのご両親に、俺と仲良くしろとか言われてるんでしょ? 陰陽師の仕事の関係で」
「言われてないよ? お父さん、家でお仕事の話しないし。あっ、お母さんは聖君のこと色々教えてくれるよ。脅威度6弱を簡単に倒しちゃう優良物件だよって。あとは……学校のみんなと仲良くしなさいとは言われたかな」
そう語る浜木さんの表情は、あっけらかんとしたものだった。
仕事の話をしないということは、無意識に好きになるよう誘導するタイプか?
俺が警戒しないように、浜木さんを純粋無垢であるように育てたとか……。
……峡部家相手にそこまでする?
浜木家が引っ越してきたのは幼稚園卒園時だぞ。
懇親会でちょっと実力を見せただけの、無名の家相手に?
「じゃあ、いつも俺の仕事の話を聞きたがるのは……」
「聖君、仕事の話をする時が一番輝いてるから」
「じゃあ、御守りを欲しがったのは……」
「この前加奈ちゃんが友達にプレゼントしてたから。私も聖君のが欲しいなって」
「じゃあ、峡部家に来たがるのは……」
「二人きりで遊べば告白の成功率上がると思ったから」
「じゃあ、この間──」
俺が警戒していたスパイ疑惑を、浜木さんは次々と否定していく。
本人の性格的に嘘はついていないと思う。
塩対応していたとはいえ、六年も一緒にいれば人となりはわかる。
「聖君、私がお父さんとお母さんに命令されて告白したと思ってるの?」
「命令までいかなくても、誘導されてるのかなって」
「そんなわけないじゃん」
真顔で返された。
表情が心底ありえないと物語っている。
若い女の子に全力で否定されると、成人男性の心はとっても傷つく。
いや、フラれた浜木さんの方がよほど傷ついてるか。
浜木さんは再び瞳に光を宿し、毅然と宣言する。
「聖君を好きになって告白したのは私の意思だよ。親なんて関係ない!」
つまり俺は、これまでずっと浜木さんに冤罪をかけていたということ。
親がスパイなら子もスパイと考えるのは、さすがに横暴だった。
普通に考えて、自分の娘に色仕掛けさせようとする親はいないよな。しかも小学生相手に。
「なんか、ごめんね」
「ううん。今日はありがとう。またね、聖君!」
浜木さんはそう言い残して走り去っていった。
またってなんだ?
もしかして、諦めてない?
さっきも対策立てるとか言ってたな。
可能性はないと示したばかりなんだけど?
女の子の思考が……理解できない……。
部屋に戻った俺はクラスメイトの質問攻めにあったが、全て適当にはぐらかした。
人の告白を言いふらすべきではない。
それに何より、振ったはずの俺の方が茫然としていたゆえに。