美月とジョン
その日、藤原 美月は飼い犬のヨンキと少し遠くまで散歩に出ていた。
特に目的地は決めておらず、気の向くままに歩いていく。
「聖君に会いたいなぁ」
流れる雲を眺めながら河川敷を歩いていると、そんな独り言を呟いてしまう。
足は自然と峡部家がある方角へ向かい、偶然会えたらいいなと、期待している。
当然、そんな奇跡が起こるとは思えない。
それでも淡い期待を寄せてしまうのは、人の性である。
「あら?」
堤防を降りたところで、河川敷にうずくまる人影が見えた。
小さな女の子と大柄なお坊さんが原っぱをかき分け、何か探しているようだった。
美月は女の子の安全確認と好奇心から、お坊さんへ近づく。
「どうされたんですか?」
『この子が落とし物をしたらしくてな。一緒に探しているんだ』
見れば、五歳くらいの女の子が泣きそうな顔で草をかき分けている。
美月はお坊さんへ英語で返した。
「そうでしたか。なら、私も手伝いますよ。落とし物は何ですか?」
『英語を話せるのか。助かる。おもちゃの指輪で、赤い宝石がついてるらしい』
「わかりました」
仕事を辞めた美月には時間が有り余っている。
落とし物を見つけるまで付き合うことも可能だ。
『幼馴染の男の子から貰った指輪らしくてな。大切な宝物なんだと。だから、どうしても見つけてやりたいんだ』
手分けして探す中で、ジョンと名乗ったお坊さんが教えてくれた。
英語を話す包帯だらけのマッチョなお坊さん……美月的には指輪の背景と同じくらい気になる存在である。しかし、無遠慮に聞いていいものか全くわからない。
密かに小説のネタになりそうな気配を感じていると、ミツキの手が引っ張られた。
「ヨンキ? もしかして、この女の子の落とし物を見つけられる?」
自分の存在を主張するような行動に、美月は思わず尋ねてしまった。
そんなわけないかと思い直す前に、ヨンキが「ワン」とひと吠えする。
いつの間にか女の子の匂いは確認済みで、辺りの地面を嗅ぎ回りながら、ミツキの手を引いていく。
原っぱの端っこへ来たところで、再び「ワン」と鳴いた。
「ここにあるの? ……あった」
こういうのは訓練しないとできないはずだが、ヨンキは難なくこなしてしまった。
赤いガラス玉のついた指輪を取り戻した女の子は、涙を浮かべながらお礼を言った。
「見つけてくれてありがとう」
「お礼ならヨンキに言って。この子が見つけてくれたから」
「ありがとう。わんちゃん」
『麻薬探知犬も泡吹いて逃げ出す活躍だな』
「くぅーん」
本日のMVPはたくさん褒められて満足気であった。
女の子を見送り、そろそろ帰路に着こうとした美月に声が掛かる。
『手伝ってくれてありがとう。お礼にコーヒーを奢らせてくれ』
「いえいえ、好きでしたことなの……で……」
断ろうと思った瞬間、美月の脳裏に先ほどの好奇心が蘇る。
カフェに行けば、ジョンの背景を聞くことができるかもしれない。
「……やっぱりお言葉に甘えようかな?」
『ああ、そうしてくれ』
近くにあるカフェへ向かう途中で、ジョンが言う。
『実は、この後BOSSと待ち合わせしててな。少しだけ席を外すが、いいか?』
「構いませんよ。……ボス?」
美月の頭にハテナマークが浮かぶ。
すぐに着いた目的地には、件のボスがいた。
『HeyBOSS。待たせたか?』
「いや、待ってないよ……って、こういうやり取りはお前じゃなくて未来の彼女とだな……。あれ、美月お姉さん?」
「ひっ、聖君?!」
『なんだ、二人は知り合いだったか』
善行を成した者には、ご褒美が待っていた。
〜〜〜
なぜかジョンと一緒に美月さんが来た。
ジョンがお世話になっているお店のオーナーに挨拶をする為、待ち合わせをしていたんだが……。
「へぇ、そんなことが。うちのジョンがお世話になりました」
「ううん、困ってる女の子を放っておけなかっただけだから」
やっぱり美月さんは子供に優しいな。
ジョンのお人好しは今に始まったことじゃないから、特に驚かない。
「ジョンの言った通り、好きなものを頼んでね。と言っても、お店の奢りだけど」
ジョンがカフェチェーン店のオーナーを妖怪から助けた縁で、ちょくちょくお世話になっているらしい。雇い主として挨拶するだけのつもりだったのに、オーナーさんは『ここの支払いは不要です』と言い残して去っていった。なんか申し訳ない。
美月さんへのお礼も奢りの奢りという、わけのわからないものになってしまった。
それぞれ好きなものを頼んで、幸せな午後を堪能する。
人心地ついたところで、美月さんが尋ねてくる。
「ジョンさんと聖君ってどういう関係なの?」
そりゃあ気になるよね。
見事なまでの凸凹コンビだもの。
俺がジョンの肩に乗ったら、漫画に出てくる敵キャラくらいイロモノになるよ。
答えに悩んだジョンも俺に聞いてくる。
『聖にとって俺は何なんだ?』
「何でカップルの痴話喧嘩みたいな質問してくるの? 俺の純情を弄んでるの?」
美月さんは質問の答えを聞く前に、さらなる問いを投げかける。
「聖君、今、『俺』って……」
し、しまった。
つい、ジョンと話す時の癖で……。
いやしかし、正直もう限界だった。
私生活では『俺』、仕事では『私』。前世で染み込んだ習慣が、成長と共に滲み出てきていた。
用法的には合っていても、いつまでも『僕』は使ってられない。学校では『俺』じゃないと同級生の男子に舐められるしな。
年齢や相手に合わせて変えていくのが自然なんだ。
とはいえ、大人に対してトラウマのある美月さんに俺の成長を感じさせるのはマズい!
ど、どうにか誤魔化せないかな。
そう思っていた俺に、美月さんは呟く。
「すごく……いい」
「え?」
「聖君もそろそろ中学生だもんね。そっかぁ、一人称も変わる年頃か。あっという間に大人に近づくんだ」
なんか、受け入れてもらえた。
不快感を覚えているようには見えない。
あぁ、本当にトラウマを乗り越えたんだなぁ。
美月さんの回復を実感できて嬉しいよ。
『なんで二人してニコニコしてるんだ?』
ジョンの一言で我に帰った。
そもそも、俺とジョンの関係を聞かれてたんだっけ。
対外的に公表している通り、式神であることを伝えた。
「英語を話せる式神さんがいるなんて……」
「ジョンは特別なんだ」
この話題を続けたら、ジョンがボロを出す可能性がある。
俺は適当に話題を変えた。
「そういえば、今度修学旅行に行くんだよ。美月さんは修学旅行でどこに行った?」
「えーと、確か、関西方面に行ったと思う。東大寺とか薬師寺にも行ったっけ。薬師寺の法話が面白かったなぁ。聖君はどこに行くの?」
「栃木県の日光で、神社を中心に観光するんだ」
学校では事前学習として、旅行先について調べさせられている。
前世では『歴史なんて調べて何になるのか』と、幼心に思っていた。
だが、大人になって歴史は繰り返されると学び、神が実在すると知った今。旅行先の勉強はとても興味深いものとなっている。
「私も日光は行ったことがないかも。日光東照宮とかに行くのかな?」
「うん」
『にっこーとーしょーぐーって何だ?』
よかった、話に乗ってくれた。
日が暮れるまで三人で話をして、その日は解散となった。