祖母とクズ男とジョンの主
隙間時間ができたので、俺は久しぶりにバラエティー番組をつけてみた。
「本日のゲストは、今話題の陰陽師、大仏 光さんです!」
いや、誰だよ。
名前だけなら強そうだけど、名の知れた陰陽師にそんなのいないぞ。
話題なのは陰陽師であって、この人ではないという意味か?
ネットで調べると、陰陽師出身のタレントと書いてあった。
なるほど、家を継いでたまに活動し、地下アイドルとして活動していた、と。
ビジュアルが三枚目だから人気が出ず、役者に転向したり迷走した末、陰陽師ブームに乗っかって注目され始めたらしい。
他の検索結果から、大仏さん以外にも陰陽師系タレントが多数現れているようだ。
YouT◯berだけでなく、テレビ業界にまで進出するとは……少し前まで想像もできなかったな。
まぁ、こっちよりは意外でもないけど。
【陰陽師謹製の道具なら円術具店へ】
ネットの海を泳いでいると、見知った名前のポップな広告がちょくちょく表示される。
あの店主が、商売っ気を出すだと?
ほぼ間違いなく陰陽庁か阿部家の指示だろう。
本職のカタログと違って、御守りなんかが多く掲載されていることから、詐欺商品対策なのかもしれない。
騙される前に正しい店へリーチさせる狙いか。
是非とも話を聞いてみたいが、予約が埋まっていて全然会えていない。
繁盛しているようで何よりだ。
「聖、行きますよ」
「はーい」
今日は、祖母のお見舞いの日である。
〜〜〜
病室にて、祖母は難しそうな顔で頷く。
「それは大変でしたね」
ここしばらくの間に起こった、陰陽師関連の出来事を共有した。
詐欺には眉を顰め、召喚ガチャ爆死には悲しみ、人命救助には大層喜んだ。
祖母の電話から始まった社会の変革は、二年も経たずに大きな変化に発展した。
過去のことは祖母も一般人サイドで体感していただろう。ゆえに、祖母が気になったのは陰陽師サイドの新しい情報だ。
「中学受験されるのですか?」
「うん、これがパンフレット」
そう、ついに陰陽師学園の開設が公表された。
既存の中高大一貫校を買収し、阿部家が全面改修したらしい。
その学校は山奥の全寮制という時代錯誤な代物で、少子化の波に呑まれて経営破綻寸前だったとか。やはり金、金はすべてを解決する。
なぜそんな辺鄙な場所を買収したのかといえば、陰陽師の育成という目的にピッタリだからだ。
改良した札の実験や、新しい術具の開発、日常訓練など、陰陽師に危険はつきものである。我が家の訓練場のように広い土地が必要なのだ。
その点、山奥ならばどれだけ爆発しても一般市民に被害が及ぶことはない。
「一般の方も入学できるのですね」
「うん。霊感が必須だけど、学力と霊力量次第で専門科目も受けられるんだって」
陰陽師総人口増加の為、完全な素人でも陰陽師になれるカリキュラムが構築されている。
陰陽術は代々家で受け継がれていくものなので、普通は教えてもらえない。
男女関係なく、その全てを習得できる時代が来るとは、ご先祖様たちも想像していなかっただろう。
陰陽師の家系においても、次世代育成のコストは高い。それを外部委託できるうえに新しい術まで教われるとあらば、断る理由はどこにもない。
一部の偏屈を除いて、次世代の陰陽師は全員集まるだろう。
「学力次第で国が補助金を出してくれるし、街にもシャトルバスで行ける。宿舎とか校舎とか、陰陽術に関わるものは新設されたばかりだから、綺麗らしいよ」
なんか、良い話題しかなくて詐欺みたいだな。
これだけの好待遇なので、一般人や弱小陰陽師家が入学するには大きな壁が存在する。
霊感・霊力量・学力……これら新しい評価基準で選抜されるのだ。
特に、一般人の霊感と霊力量はどんぐりの背比べなので、学力がモノを言う。
大学は東大並みに熾烈な争いとなるだろう。
情報公開から間もないというのに、既に予想倍率はとんでもないことになっているらしい。
ニュース曰く、現代に残されたフロンティアへ人々が集まっている、とのこと。
「宿舎ですか……聖さんがもう家を出てしまうとなると、麗華さんも強さんも寂しいでしょう」
陰陽師学園は京都市の北側にある山奥に存在する。当然、実家から通うことはできない。
特別待遇な俺は、阿部家が用意する一軒家で暮らすこととなっている。
学校に隣接する土地に、関係者用の住宅が建てられるらしい。
勉強に集中できるよう、ハウスメイドも配備されると聞いている。
いよいよ、一般人からVIP待遇へと格上げだ。
「遠くへ行ってしまうのは寂しいですが、頑張ってくださいね」
「頑張る。あと、頻繁に帰ってくるつもりだよ。式神で空を飛べるようになったから」
毎日通うわけにはいかないが、週一か月一くらいは帰ってくるつもりだ。
お母様もそれを聞いて安心していたし、優也も笑顔を浮かべていたから、それが正解だと思う。
「塩砂家のお嬢さんの治療のためですね」
「ううん。それは関係ないよ。ただ単に家族に会いたいだけ」
これまで通り東北へ通う予定だったが、関西から移動するとなれば、今以上に時間を取られてしまう。
どうやって時間を潰すか悩んでいたところ、そんな懸念はすぐに否定された。
なんと、陰陽師学園には詩織ちゃんも来るらしい。
色々心配はあるが、お世話係さんも一緒なら問題ないだろう。
今後の予定も話し終え、そろそろお暇する時間になった。
「皆さん、お見舞いに来てくださってありがとうございました。サトリさんとジョンさんにもよろしくお伝えください」
「また来るね」
しばしの別れ、お達者で。
俺たち一家は病室を出て、エントランスへ向かう。
祖母が元気そうでよかったねと、家族でほのぼの会話しながら歩いていた時のこと。
出入口近くで、二人の大人と五人の子供に遭遇した。
「姉さん……」
「麗華……」
遭遇した相手が、まさかの伯母一家である。
つまり、美麗さんの隣に立つあの男が、お母様を悩ませる元凶だな?
……なんか、思ったより落ち着いた雰囲気というか、女遊びとギャンブルをしているようには見えないというか……。
いや、人は見かけによらないという。
祖母の前でいい格好をするために擬態しているのかも。
「麗華、ちょっといい?」
「はい。構いませんよ。三人とも少し待っていてください」
伯母に誘われてお母様が外で話をしてくるという。
俺たちは他の患者さんの邪魔にならないよう、エントランスの端に移動した。
しかし、そうか、彼らが親戚か。
今日初めて会うから、他人にしか思えない。
さらにはお母様を悩ませる諸悪の根源がいるとなれば、身内として接することなどできようはずもない。
「もしかして、峡部 聖?」
ん? 突然名前を呼んできたのは、五人の子供のうち一番小さい男の子だ。
九歳くらいだろうか、しきりにスマホと俺の顔を往復している。
「そうだけど……どうして知っているの?」
「こいつに妖怪が取り憑いてるんだ! 倒して!」
俺の質問に答える前に、末っ子君がそんなお願いをしてくる。
彼の指さす先は父親で、とても切迫している様子だった。
本当に妖怪がいたらまずいので、とりあえず確認する。
(え? どこに?)
以前、俺も同じことを考えた。
義理の伯父のクズ具合を聞いて最初に疑ったのが、妖怪の影響だ。
しかし、そのときに親父に否定されているし、現在確認しても妖怪の影はない。
念のためグルリと全身を目視したが、やっぱりいない。
「取り憑いてないよ。どうしてそう思ったの?」
「嘘だッ!!」
全力で否定してきた。
こういう時、子供の戯言と一蹴してはいけない。何か根拠があるんだろう。
俺は念のため確認する。
「お父さん、見える?」
「いや、見えない。聖に見えないなら、取り憑いていることはないだろう」
親父曰く、俺の方が視覚の霊感が高いらしい。
これは、家にいるパターンか?
俺は疑いの掛けられている伯父へ提案する。
「よければ、家を見に行きましょうか。家にいた場合、全員陰気を浴びているかもしれないので」
「あら、どうしたの。この空気は何?」
そのタイミングで伯母とお母様が戻ってきた。
事の経緯を説明すると、伯母は苦笑いを浮かべて謝る。
「この子ったら。ごめんね、聖君。うちの子が迷惑かけて」
と言いつつ、タイミング見計らって止めにきたよね。
妖怪がついているんじゃないかと、貴女も少し心配してたよね?
「ママ、止めないでよ。絶対妖怪のせいだって」
「大丈夫よ」
「聖君って言ったか。うちの子が変なこと言って困らせちまったな。俺が全部悪いんだ。許してくれ」
伯母夫婦は揃って必要ないという。
本当に大丈夫だろうか。
子供だけが異変に気が付いていて、大人たちが気のせいだと笑った後、取り返しのつかないことに──そんなホラー作品が世にはたくさんある。
「本当に大丈夫ですか?」
「あぁ。最近俺が心変わりして、子供たちが戸惑ってるだけなんだ。最低な父親だったから、これからはいい父親になろうと頑張ってるところで……あまり上手くいってないけどな。あぁーこんな時に父親が言うべきは──うちの子とこれからも仲良くしてくれると助かる。末っ子は陰陽師のファンなんだ」
伯父が頭を掻きながら言う。
なんか、想像していたのと違うな。もっと調子の良いクズだとばかり思っていた。
本人の言葉を信じるなら、心変わりしたということか。
なら、妖怪のせいではないな。
「だから、その子は僕のことを知っていたんですね」
「聖って、強い陰陽師なんでしょ? それでも、見えないの?」
「いないものは見えないね。それに、妖怪がいたら良い変化は起きないよ」
「えぇ~、本当に?」
ここまで疑われるということは、よっぽど変わったんだろうな。
切っ掛けが何であれ、お母様の憂いがなくなったのなら俺としてはどうでもいい。
それよりも気になることがある。
「ところで、どうして名前を知ってたの? どこかで紹介されてたりするの?」
俺の名前を知った経緯が気になる。
エゴサしても全然俺の名前出てこないのに、なんでこの子は知っているんだろう。
「thiscordで知った」
「何それ」
聞いたところ、次世代の掲示板みたいなものらしい。
部屋を作ってチャットやボイスで仲間と会話できるそうだ。
どおりでネット検索しても出てこないわけである。クローズドなところで語られていたか。
でも、そうか、知る人ぞ知る強い陰陽師として名を馳せていたか。
それも悪く無いなぁ。
いやいや、もっと有名になって後世に語られるくらいの人物にならなきゃ、すぐに忘れられちゃうだろ。
「強さん、子供たちも、帰る邪魔しちゃってごめんなさい。みんな、行くわよ」
伯母一家は祖母のお見舞いへ向かっていった。
なんか、前に会った時よりも自信に満ちているというか、余裕が感じられる。
戻ってきたお母様の顔も晴れやかだし、家族の問題が解決してよかったよかった。
(母親たちのやり取り)
「もう少ししたら、まとまったお金返せるから。ごめんね。たくさん迷惑かけて」
「お母様から聞いていましたが、お義兄さん、本当に心変わりされたのですね。以前お会いした時よりも丸くなったような……」
「そう。妖怪に襲われた話は聞いてるでしょ。その後、なんか……ジョン教会ってところに通い始めて。それから、私にも子供にもどんどん優しくなって」
「John?」