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式神活躍


 親父のいない仕事部屋で、俺は机に肘をつきながら唸る。


「うーん」


 目の前にいるのはネズミ、ネズミ、ネズミ。

 先日召喚したハズレ式神である。

 こいつらをどうにか有効活用したいのだが、なんとかならないだろうか。

 そう思ってとりあえず三匹呼び出してみた。


 感覚共有で耳目を広げる案は却下。

 『貴様、なぜそれを知っている?!』展開には憧れるけれど、スパイとか頭脳労働は俺の趣味じゃない。情報を盗みたい相手もいない。


 街に放って妖怪探索も却下。

 低級妖怪はジョンが潰しまくっているから、今更探索する必要はない。


 力仕事はできないし、研究にも使えないし、お手上げである。

 なるほど、これはハズレ式神だわ。

 テンジクが特別優秀だっただけだ。


 キュイー!

 チュー

 ヂュー

 ヂュ〜


 齧歯類同士で何を話しているのだろうか。

 さっきからテンジクが、三体の前をウロチョロ歩き回っている。

 まるで、授業でもしているみたいだ。


 〜〜〜………

 ぽー……きゅう………


「ん? なんの音だろう?」


 ネズミ達の鳴き声かと思ったら、違う音が聞こえてきた。

 その音はどうやら外から鳴っているらしく、よく聞き取れない。

 あぁ、こういう時に使えばいいのか。


「耳借りるよ」


 ネズミの中で一際耳の大きい式神と聴覚を共有した。

 すると、人間の耳では捉えられない微かな音がはっきりと聞こえるようになった。


 ♪ポー ポー ポー お風呂で 緊急事態発生


 ♪ポー ポー ポー お風呂で 緊急事態発生


 そんな警報が、閑静な住宅街に鳴り響いていた。

 大ピンチじゃないですか。


「お母さん、ちょっと外に行くね!」


「見回りですか?」


「そんなところ」


 お母様には優也を見ててもらおう。

 俺は急いで外へ飛び出し、再び聴覚を共有する。


「あっちか」


 音を頼りに現場へ向かうと、そこは峡部家の裏手に住む高齢男性の家だった。

 子供は独り立ちし、妻には先立たれた独居老人だ。

 持病があって、割と最近救急搬送されたとか。

 コミュ力MAXなお母様はご近所さん全員と仲が良いので、話を聞いたことがあった。

 周囲に人の気配はなく、誰かが助けに向かっているようには見えない。

 音が聞こえてないんだろうなぁ。

 この辺り、やたら敷地の広い家に高齢者ばっかり住んでるから……。


 ピンポーン……


 インターホンを鳴らしても返事がない。

 緊急事態だし、多少プライバシーを侵害しても許されるだろう。

 俺はここまで連れてきた式神へ命令する。


「ネズミ部隊! お爺さんを探せ。浴室で倒れてるはず。音の鳴る方を目指すように。行け!」


 門の隙間を潜り、ネズミ達が敷地へ突入する。

 報告を待ってる間、俺は119番へ電話することにした。

 自分のためにかけたことはあっても、他人のためにかけるのは初めてだな。

 もし誤報だったら謝ろう。


『はい、119番消防です。火事ですか? 救急ですか?』


「救急です」


『場所はどこですか?』


「〜区〜の……」


『誰がどうしましたか?』


「近所の高齢男性が住む家で、お風呂の緊急用ボタンが押されたみたいです。お風呂で緊急事態が発生したと、数分間アラームが鳴ってます。最近救急搬送されたこともあって──」


 よし、とりあえず助けは呼んだ。

 このあと俺がすべきことは、本人を見つけて救命措置が必要か確認することかな。

 そんなタイミングで、式神との不思議な繋がりによる合図が来た。


「見つけたか」


 視覚を共有すると、男性の顔がドアップで見えた。

 脱衣所と思しき場所で倒れているようだ。

 思ったよりも見つけるのが早い。なかなか優秀じゃないか。

 俺は身体強化と触手で門を乗り越え、不法侵入した。


 チュー


 式神の誘導により、俺はいち早く目的地へ辿り着く。

 そこには当然、さっき見た通りの光景があった。

 今こそ職場と教習所で習った救命措置を思い出すとき!

 俺は男性の頬を叩きつつ声を掛ける。


「大丈夫ですか? 山田さん?」


 意識なし。

 次は呼吸の確認。

 胸が動いていないから、自力で呼吸できていない。


「胸骨圧迫を始めます」


 口に出すことで、意識を切り替える。

 救急車が来るまで、心臓マッサージだ。


「1.2.3.4.5.6.7.8……」


 一秒間に二回くらいのスピードで胸骨を圧迫する。

 本来ならかなり疲れる作業だが、身体強化している俺には簡単な作業だ。


 キュイー

 チュー

 ヂュー

 ヂュ〜


 声援のつもりか?

 できればAEDが欲しいけど、ネズミじゃ無理だよなぁ。

 ジョンを呼んだら持ってきてくれないかな。

 そんなことを考えながら、俺はひたすら心臓マッサージを続ける。

 人工呼吸は自信がないのでパスだ。


 ──♪


 おや、お昼寝していたサトリまで来てしまった。

 すまん、ちょっと今手が離せないから。撫でるのはまた後でね。

 賑やかな脱衣所で奮闘することしばし。

 ピーポーピーポーというお馴染みの音が聞こえてきた。

 建物を駆け抜ける足音と共に、救急隊員が飛び込んでくる。


「こっちだ! 君、交代するよ」


「あとはお願いします」


「君はお孫さんかな?」


「いえ、近所に住む他人です。たまたまアラームが鳴っているのに気がついて──」


 俺の役目は終わった。

 あとはプロに任せよう。

 式神達と共に救急車を見送る。同じ高齢男性として、無事を祈っているよ。


 ……もしも転生狙いだったら余計なお世話だったかな。



 〜〜〜



 幸いなことに男性は生き残り、後遺症も出なかった。

 スマートウォッチによるアラーム起動から、短時間で俺が到着できたおかげである。

 式神様々だな。


「感謝状 峡部聖殿」


 そして今、俺は学校の全校集会で壇上へ上がっていた。

 大勢が見守るなか、功績を読み上げられる。


「──において、人命救助にご尽力されました。よって、ここにその功績を称え、感謝状を贈ります」


 俺は恭しく賞状を受け取り、お辞儀をする。

 事前の打ち合わせ通り、貰った賞状を生徒達の方へ見せびらかした。


「峡部君は病気で苦しむ人を救いました。とても素晴らしいことです。みんなで拍手を送りましょう!」


 司会役の先生に指示され、小学一年生から六年生まで全員が拍手を送ってくる。

 前世では経験したことのないイベントだ。

 低学年は何のことだか分からず手を鳴らしているだけだろう。それでも、底なしの承認欲求が一瞬満たされる。

 田中さんも「また孫の顔が見られる。ありがとう」と喜んでいたし、万々歳だ。


 孫がいたら転生を期待しないんだな……。

 絶対幸せな家庭を作ろう。

 家に帰ると、お母様がタブレットを見せてきた。


「新聞に、聖の活躍が載っていますよ。ほら」


 地元の新聞の地域欄に小さく枠が設けられていた。

 小学生が高齢者の命を救ったと、称賛している。


「……御褒美あげるか」


 馬鹿とネズミは使いようってことだな。

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