第漆精錬
陰陽師バレしても、日常は変わりなく進んでいく。
そんなある日、真守くんが徐にスマホの画面を見せてきた。
「優秀賞、もらった」
「おめでとう! 風景画か。綺麗だね」
テーマは自分の住む街?
こんな場所あったっけ?
へぇ、通学路なんだ……ってことは近所だよな。
あぁ、あそこの坂道ね。
俺も一度は通ったことあるはずだけど、真守君とは見えている世界が違うのか。
「今回はなんてコンクール?」
「陽光美術大賞展」
ささっと検索。
……かなりレベルが高い、コンクール系の公募展じゃん。
優秀賞には賞金100万出てるじゃん。
真守君この歳で確定申告するの?
というか、ネットニュースで真守君が記事にされてる!
「若き天才現る……。人見知りなようす……。『好きな絵を描きたいです』と語る……」
インタビュー記事も載ってた。
気恥ずかしいのか、真守君がモジモジしている。
度々入賞報告は受けていたけど、今回のコンクールは今までよりずっとレベルが高い。
賞金が出るだけあって応募者も多く、権威ある芸術家や学芸員の厳しい目で評価される。
そこでも優秀賞をもらうということは、彼の実力が本物だということ。
「すごいね」
「……ありがと」
いつかプロになると思っていたけど、まだ小学生だよ。早くない?
〜〜〜
家に帰ると、お母様からラッピングされた箱を手渡された。
「源さんからまたお土産が届いていましたよ」
「またか……。お礼言っておくね」
源家の危機を救って以来、源さんからこうして贈り物が届くようになった。
最初は源さん個人のお礼かな、と思ってありがたく頂いた。
だが、この一度だけで終わらなかった。
お父君と各地へ遠征するたびに、その地の名産品が送られてくるようになったのだ。
頻度としては月に一度。
お取り寄せの定期便ってこういう感じなのだろうか。
聞けば、購入資金は自分で働いて用意したという。俺が親父の付き添い有りで仕事をしていたような感じだ。
二回目が送られてきたところで、申し訳なくなってお断りのメッセージを送った。
[気持ちは十分伝わったので、そこまでお気遣い要りませんよ]
自分で稼いだお金は自分で使ってほしい。
そう思っての発言だったが、向こうから断られた。
[私の命はどら焼き一箱よりも価値があると思います]
[それはそうですが、ちゃんとお父君からお礼は頂いてますし]
[それとこれとは話が別です。遠慮せず受け取ってください]
[お金は自分の為に使った方が良いですよ。ご両親にプレゼントを贈るのもアリですし]
[それでは、御守りの対価ということで。受け取ってください]
頑なに贈るというので、なぜかこっちが折れた。
俺の心の安寧のためにも、身近な人には御守りを渡している。自己満足な側面もあるので、お金は請求していないのだが、その対価と言われたら受け取らざるを得ない。
俺が源さんの立場なら、なんとか対価を渡そうとするから。
なんせ、上手く売れば1000万の価値がある御守りである。
しかも、危機に陥ったら日本最強が駆け付けるオプション付き。
その価値を理解できる人物なら、お礼をしたくなって当然である。
実際、恵雲様からは貰っている。
結果、源さんからお礼が届き続けている。
源家長女の命と釣り合うとなると、お土産何個必要なのだろうか。
一回危機に陥った彼女に御守りを渡さないという選択肢もないし……。
まぁ、彼女が満足するまで、ありがたく頂くとしよう。
今回は地鶏炭火焼か。美味しそう。
[お土産届きました。いつもありがとうございます]
[いえ、宮崎へ行ったので、そのついでです]
返信早っ。
将来仕事のできる大人になりそうだ。
[また仕事ですか?]
[今回はピアノのコンクールに参加するためです]
俺、この流れ知ってる。
[入賞されましたか?]
[こども部門の金賞を頂きました]
[すごいですね。おめでとうございます]
[来年からは学生部門になるので、入賞すら難しいでしょう。私は感情を込めるのが不得手ですから]
お茶会で聞いたが、源さんは譜面通り弾くのは得意でも、感情を込めるのが苦手らしい。
ピアノの先生にもよく言われているそうだ。
子供のうちは難易度の高い曲を弾くだけで評価されるが、大人になるとそうもいかないらしい。
十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人。
芸術界隈も甘くない
とはいえ、源さんが賞を取った事実に変わりはない。
掛け値なしの賞賛を贈らせてもらおう。
〜〜〜
タブレットで陰陽新聞を読んでいると、見慣れないコーナーが新設されていることに気がついた。
「今日の赤竜……?」
今日のワンコみたいな顔をして掲載されていたのは、安倍家に生まれた赤竜の記事である。
黒狼をも凌ぐ期待の霊獣として、なにより次代の安倍家当主のパートナーとして、注目されているようだ。
「うちの子の方が有能なんですけどぉ。ねぇ、サトリ」
——♪
名前を呼ぶとすぐに甘えてくる。可愛い。
まったく、これだからオールドメディアは見る目がない。
赤竜よりもサトリの記事の方が読者に望まれているというのに。
まぁ、仮に取材依頼が来ても断るのだが。我が家の情報は安くない。
「なになに……ふーん……あっ、飛べるようになったんだ……ふむふむ……やっぱり霊獣は成長早いんだな……岩を噛み砕く……へぇ」
霊獣品評会を除き、他所の霊獣について聞ける機会は少ないので、わりと興味深かった。
赤竜は既に人間の大人サイズまで成長しているらしい。
同時に生まれた四足獣のサトリも、気づけば俺の身長に並んでいる。
お互いすくすく成長しているようでなによりだ。
また、赤竜は強靭な牙で脅威度3妖怪を倒してしまったとか。
う、うちのサトリだって、脅威度6弱の弱点を看破して役に立ってるんだぞ!
最強だぞ!
「ねぇ、サトリ」
——♪
よーしよしよし!
ポニーより大きくなったサトリはとても撫で甲斐がある。
ここか? ここがええのんか? うん?
ひとしきり満足したところで、新聞に戻った。
「あっ、これから毎日赤竜掲載されるんだ」
……読むか。
〜〜〜
「やばい」
身近な天才達の躍進が眩しすぎる。
俺だってバリバリ活躍しているけども、脅威度6弱の在庫はそんなに多くない。
このペースだと小学校卒業までには討伐完了してしまう。
その後、俺はいつ来るかも知れない大妖怪を待つのみとなる。
焦る。
若き才能の追い上げに焦る。
停滞していたらあっという間に抜かされそうな危機感がひしひしと。
負けてられない!
俺も新しい道を開拓しなければ!
阿部家を訪問した時にも思った。地位ある家に対して、何か優位に立てるものが欲しい。
例えば、向こうも知らないような新しい切り札とか。
第陸精錬——宝玉霊素の力は既に公開している。
情報筒抜けなのもよろしくない。
そこで、第漆精錬である。
ずっと停滞している次なる精錬について、俺は四六時中思考していた。
食事の時も、仕事の時も、お風呂の中でも、果ては夢に出るほど。
長い時を掛ける試行錯誤は、授業中も例外ではない。
社会の授業中、俺は第陸精錬霊素を体内で弄りまくっていた。
俺の認識では、霊素は押し並べて玉のような形をしている。
(割ったり、ぶつけたり、彫刻したり、燃やしたり、霊力に漬けたり、あらゆる方法を試したのに……進化しないなぁ。そもそも、ツヤッツヤで完成系にしか見えない)
だが、俺の勘は言っている。まだ先があると。
俺をここまで生き延びさせてくれた精錬技術は、さらなる可能性に満ちている! ……はずだ。
(何か、何かブレイクスルーが必要だ……俺が今まで考えもしなかった何かが……)
堂々巡りする思考の中でも、先生の声は聞こえている。
「これら工場には燃料が不可欠です。その燃料といえば、皆さんご存知の石油。コラムに載っている写真は石油コンビナートといって、タンカーで運ばれてきた原油を——」
あぁ、うん。まだ知ってる内容だ。
原油から石油関連の製品を作るまで連結した工場群で、太平洋ベルト上に多いやつ。
コラムでは夜景が綺麗とか書かれている。四日市ぜんそくは書かなくていいのかな?
この辺りなら、質問が飛んできても答えられる。
第漆精錬……何か、何かないのか……。
……やはり、何かを犠牲にするようなリスクを負う必要があるのか?
命を削るとか……。
いやいや、そんなの論外だろう。
塩砂家の末路を見た俺が、そんな技術を後世に遺せるはずがない。
そもそもやり方が見当も付かん!
どうせなら持続可能な最強を目指そう!
ほら、あれだよ、SDG'sってやつ。
恒久的に峡部家を繁栄させる力じゃなきゃ意味がない。
「原油はパイプでタンクまで運ばれて、精製されます」
ん?
精製……。
精錬と響きが似ているからか、なんだか意識が向いてしまった。
いかんいかん、新たな精錬法発見に集中しなければ。
「加熱された原油は蒸留塔で分留され——」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内を電流が走った。
最近聞いたワードが頭の中で繋がっていく。
原油は、エネルギーだ。
霊力も、エネルギーだ。
物質の三態でいえば、どちらも液状だ。
俺は霊力から霊素を取り出した。
俺はそれを固体として扱っていた。
けれど、まだ液体としての性質が残っている可能性があるんじゃないか?
光子には粒子と波の二つの性質がある。
霊素が二つの性質を持っていたっておかしくない。
霊素を液体として分留したら、一体どうなる?
これまで一度も試したことがないじゃないか。
霊素は固体であるという固定観念が、可能性を狭めていた。
霊素をこの世界で観測したという記録は見たことがない。
体内工場だってイメージにすぎないのに、霊素の性質を決めつけるなんてナンセンスである。
違ったんだ。
必要だったのは未知の知識じゃない。
発想が、閃きが、柔軟性が足りなかったんだ!
いざ造らん! 蒸留塔!