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教会の躍進


 ジョン教会のメンバーが提供している事務所で、紹介動画の先行公開が行われていた。

 耳に心地よい天の声がインタビューする形式で動画は始まる。


『関東で勢力拡大中の互助組織 ジョン教会とは?』


『世の中には、困っているのに周囲へ相談できず、一人で抱える人間が増えています。自己責任論が広まった弊害により、手を差し伸べる人もいません。そんななか、彼は我々に救いの手を差し伸べてくれました』


『ジョンさんの活動をきっかけに、ジョン教会が発足したのですね?』


『その通りです。彼が去り際に残した言葉 “感謝するなら、他の困っている人を助けなさい” その教えを胸に、私たちは活動しています』


『たった一人の行動から始まった善意の輪は、今や1000人規模のコミュニティへ』


 80代男性

『ワシは脚を痛めて動けなくなっていたところを、あいつに助けられたんだ。それから教会に協力してんのさ』


 40代男性

『アルコール中毒で家族も失って、もう死のうかなって思ってたところを、ジョン教会に救われました。今は自助グループのおかげで、なんとか禁酒を続けられています』


 20代女性

『上司に逆らえず、勤務時間中に無理やりSMプレイで女王様をさせられていたのですが、教会の弁護士さんに相談して止めさせることができました』


『助けてもらった人が、今度は他の困っている人を助ける。それがジョン教会の繋がりであり、力になっています。教会での手助けでは、適材適所を心掛けているそうです』


 80代男性

『今の日本に足りないのは、こういう損得を抜きにした人との繋がりなんじゃないかね』


 40代男性

『お返しに少し協力するつもりが、いつの間にか教会の活動に嵌ってしまいました。力仕事が多いですね。俺からすれば簡単なことでも、人によっては必要としてくれるんだなって』


 20代女性

『偽物の御守りを見抜いたら、すごく感謝されました。その方も別の方を助けたと聞いて、なんだか嬉しくなりました』


『こうして、ジョン教会は人と人の繋がりを大切にしながら、助け合いの輪を広げています。お困りの方はこちらへご連絡ください』


『『『いつかあなたが、手を差し伸べる側へなれるように』』』


『ジョン教会』


 部屋の電気が点けられ、皆眩しそうにする。

 しかし、その表情は晴れやかだ。

 スクリーンの前に出てきたのは、元英会話講師の男性──ジョン教会の会長である。


「とても良い動画になりました。みなさん、ありがとうございます」


 会長からねぎらいの言葉を受け、先行公開に参加できた映像編集、カメラマン、ミュージシャンが答える。


「いえいえ。プロじゃないので、クオリティはほどほどですが」

「でも君、フォロワー100万人いるVtuberなんでしょ? すごいじゃない」

「そういう貴方はプロのカメラマンじゃないですか」

「俺はセミプロ。自分のBGMが困っている人に刺さったら嬉しいぜ」


 全員、ジョン教会の力で窮地を救ってもらった人間である。

 他にも協力者はいるが、皆本業や家庭を持っているため、今日は参加できなかった。

 この場には出演者の3人も同席しており、三者三様の反応を見せる。


「へたな新興宗教にハマるより、ここの方がずっと良いからな。老耄(おいぼれ)なりの善行だ」

「放送日教えてくれませんか? 妻と子供に教えたくて」

「私はこのあと用事があるので。それでは失礼します」


 皆、ジョンから始まった縁によって集まっていた。

 たくさんの人間が力を合わせて作り上げた紹介動画は、大企業の成果物にも劣らない。

 それそのものが、ジョン教会の秘める力を表している。

 ついに、メディアが注目するほどの規模になったのだ。


「我々の知名度はさらに上がるでしょう。しかしその結果、イタズラに助力を求める人間が増えてきています。皆さん、ご注意ください」


 ただでプロが力を貸してくれる。そんな悪意に満ちた相談者が現れ始めていた。

 人に助けを求められず、本当に困っている人を助ける。あるいはお金にならないような一日一善を行う。

 そういった理念を守るために、コミュニティ運営側は慎重な舵取りが必要とされていた。

 結果、実際に手助けするよりも、人員の配置や経費の精算のために事務仕事をすることが増えてきた。

 動画の先行公開が終わってすぐ、会長と初期メンバーたちは事務仕事に戻っていく。

 その中には当然のように、クズ男がいた。


「会長、次の打ち合わせ用の書類できました。確認お願いします」


「もうできたんですか? ありがとうございます。確認します」


 規模が拡大したことで、他のNPO団体との連携も必要になってきた。

 その打ち合わせ資料などを作るのが、クズ男の役割である。


「それにしても早いですね。本当に会社員の経験がないんですか?」


「一時期ホストしてただけっすね」


 クズ男が高校に通っていた頃、世間では労働のクソ加減が声高に叫ばれていた。

 それはSNSの発展によってガス抜きの側面が強く出ていただけなのだが、クズ男はこう思った。


『ぜってー会社員にはならねぇ』


 そして、選んだ先がホストだった。

 結局長くは続かず、辞めた後は美麗に寄生し……。


「……」


「……喉が渇いたな。ちょっと一緒に休憩しませんか?」


「え? ……はい」


 クズ男は会長に連れられて、外の自販機へやってきた。

 奢ってもらったコーヒーを並んで飲むと、不意に尋ねてくる。


「資料作りは苦じゃないですか?」


「まったく。俺にできる範囲でやってるんで。むしろ、夜遅くまで頑張ってる人に申し訳ない気がして……」


 クズ男の感覚では、全力の7割程度しか出していない。

 それでも仕事が早いと言ってくれるのは、お世辞だと思っている。

 故に、一生懸命頑張っている仲間を見て、どこか気が引けていた。


「それが、才能や適正というものです。玲央君は書類仕事が得意だったということですね。仕事量はむしろ玲央君の方が多いですよ。よく遅くまで残っている鈴木さんは、パソコン操作が苦手みたいなので、代わりにやってあげると良いかもしれません。これこそ、適材適所です」


 その分、クズ男の苦手な仕事を相手にやってもらう。

 ジョン教会が進めている内容そのものだ。


「そっすね……。今度聞いてみます」


「そうしてください」


 コーヒーをまた一口飲み、しばし沈黙が続く。

 また口を開いたのは、会長だった。


「何か、悩み事ですか?」


「……顔に出てました?」


「これでも会長なので、メンバーの様子はよく見ているんです」


 言っていいものか一瞬悩んだが、クズ男は相談してみることにした。

 一人で悩んでも、答えが出てこなかったから。


「前に話しましたけど、俺、子供がいるんすよ。でも、ジョンさんに会うまで子育てなんか全然してなくて。怒鳴りつけてばかりで。怖がられてるんすよね。そりゃあ当然なんですけど、これからどう接していいのか、よくわからなくて。色々考えて調べたりしてるんすけど、いまいちピンとこないっていうか……」


 クズ男は頭のモヤモヤをそのまま口にしていく。

 それを聞く会長は静かに耳を傾け、最後にまとめた。


「なるほど、父親としてどうあるべきか、悩んでいるんですね」


「そっ、そうなんす」


 情けなくて言葉にできなかった結論を、会長にあっさり言い当てられた。

 クズ男はコーヒーを飲んで恥ずかしさを紛らわす。


「以前、玲央君のお父さんはどうしようもない人だと聞きましたが、その弊害ですね。参考にすべき父親像がないから、どうすべきか悩んだ時に指標がない……と」


「おぉ! それで、俺はどうしたら?」


 クズ男は救いを求めるように尋ねる。

 それは上司が部下の悩みを聞くというよりも、信徒が牧師に懺悔するようであった。


「あなたが子供の頃にして欲しかったことをしてあげたら良いのでは?」


「俺のして欲しかったこと?」


「ええ。食べたいお菓子を買ってきてほしかったとか、送り迎えしてほしかったとか、遊園地に行きたかったとか、そんな願いがあったでしょう? それを玲央君が実行するんです」


「……なるほど」


 クズ男には、アクセス数の多いネット記事よりも、会長の言葉がしっくりきた。

 モヤモヤしていた心にじっくりと沁みていくようである。

 クズ男は自分が子供の頃にして欲しかったことを思い出し、それを実行に移した自分を想像して……光明が見えた気がした。


「すごいっすね。会長のアドバイス!」


 今後人助けをする時、同じことができれば役に立つ。

 そう考えた玲央が秘訣を聞いてみると、不思議な答えが返ってきた。


「先週のことです。この先、教会をどう運営していくべきか悩んでいると、突然ジョン様が現れました」


 そして、ジョンはこう言った。


『お前が他者を思いやる心を忘れぬ限り、私は力を貸そう』


「気がつくと、私はいつの間にか寝ていました。ジョン様とお会いしたのは夢の中だったというわけです。それからです。皆さんに相談を受けた際、頭の中でジョン様を思い浮かべると、私に閃きが訪れるようになったのは」


「それってもしかして、神託とか、加護とかってやつっすか?」


「間違いないでしょう」


 間違いである。

 ただの幽霊でしかないジョンに、そんな特殊能力はない。

 そもそもジョンは日本語を話せない。


「悩みを抱える者へ、私を通してジョン様が手を差し伸べているのでしょう」


 違う。

 四六時中ジョンのことを考えているせいか、会長の脳内でジョンをきっかけにシナプスが繋がり、あらゆる情報の中から閃きを得ているだけだ。

 そしてアドバイスが的確なのは、会長本人の才能とカリスマ性である。


「ジョンさん、やっぱりスゲェ……!」


 ジョンは何もしていない。

 しかし、ここに真実を知る者はおらず、誤解は広まるばかりである。


「共に、ジョン様へ感謝の祈りを捧げましょう」


「ジョンさん、ありがとうございます!」


 会長のアドバイスはこの後も数々の奇跡を生み出し、ジョン教会は更なる発展を遂げていく。

 そして、その度にジョンへの感謝を促すようになり……。


 宣伝動画によって勢力を拡大したジョン教会は、その名の通りの組織へと進化していくのだった。

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