国際会議
陰陽庁の会議室にて、日本陰陽師会を動かす四人によるトップ会談が行われていた。
通常の連絡事項を確認したのち、本日の主題に入る。
議題はもちろん、終焉之時対策。
司会進行は、この件について主導している阿部家当主が務める。
「ご存知の通り、日本で頭角を表した若き陰陽師は3名です」
陰陽師の存在を公のものとした現在、終焉之時対策は本格的に動き出した。
その要となる救世主の存在は、最重要案件となっている。
日本において、成人した陰陽師の中には救世主たるほどの人物が見当たらない。
ゆえに、次世代の陰陽師に期待がかけられている。
「安倍家、神楽家、そして峡部家ですね」
阿部家の熱がこもった語りに対し、いささか落ち着いた態度で相槌を打つのは、東部家当主 恵雲である。
この会議で最もよく発言するのが、この二人だった。
「はい。救世主が日本に生まれたとすれば、この中の誰かの可能性が高いと思われます」
「他国の候補は?」
「特に注目されている四人を挙げるとしたら、バチカンのジョヴァンニ・ロッシ殿、イギリスのウィリアム・スミス殿、アメリカのヘイズリー・テイラー嬢、中国の王 宇殿、いずれも歴史上稀に見る天才です。成人している者は、既に多大な戦果を上げています」
日本の陰陽師とは異なる名前、異なる技術によって、人類は世界中で妖怪や悪魔と戦ってきた。
すると当然、それぞれの地域で頭角を表す存在が出てくる。
救世主探しを始めた今、そういった情報は組織の壁を超えて共有されている。
峡部家の名前も例外ではない。
恵雲がどこか張り合うように主張する。
「日本の候補も負けてはいません。一人に関しては、比較にならない実績を積んでいるほどです」
「成長性という点では、日本の他二人も十分なポテンシャルを持っていると思いますが」
明確な繋がりのある峡部家に肩入れする東部家。
それに対し、阿部家当主は別の意見を持つ。
ここで残る二人にも発言させる為、彼は余興を提案する。
「これから新たに候補者が現れる可能性は別として、日本で最も可能性が高いのは、三人のうち誰だと思いますか?」
「私が口を出しては不公平となろう」
「私も同じく」
そう言って早々に棄権したのは、息子が候補に含まれている安倍 晴明と、安倍家の分家筋にあたる陰陽庁長官である。
しかし、その言葉自体が『自分の身内へ期待している』と言っているようなものだった。
次に答えたのは阿部家当主である。
「皆様それぞれ想いがあるかとは存じますが、私は晴明殿の御子息であると考えています」
「そのこころは?」
恵雲のパスを受け、阿部は続ける。
「晴明殿譲りのカリスマ性です。この戦いは地球規模の集団戦。周囲の人間を不思議と巻き込んでいく彼こそ、救世主に相応しい」
その答えを聞いた長官は、厳つい顔のまま得意げな空気を醸し出した。
なお、安倍晴明は鋼の精神で無反応を貫いている。
自らの見解を披露した阿部はお返しのパスを出す。
「東部殿はいかがですか?」
「峡部 聖君です。圧倒的な力を示した彼は、既に日本における最高戦力の一人です。終焉之時で活躍することは間違いないでしょう。ただ、他の人物が救世主となっても、私の意見は変わりません。窮地を救われた私たちにとっては、彼こそが救世主なのです」
恵雲は即答した。
阿部家当主としてはつまらない結果である。
これまでの会話から分かっていたそれぞれの推しを、ただ確認するだけの時間だった。
「場も温まったところで、次回の国際会議について話し合いましょう。日本はどこまで情報を開示するか、今後の動きをどうするか、各国からの要求を飲むか否か、方針を決めなければなりません」
〜〜〜
日本と時を同じくして、世界各国で陰陽師にあたる存在が名乗りをあげた。
イギリスを本拠地とする魔術師、ヴァチカンのエクソシスト、アフリカの呪術師などなど。
彼らもまた、この世ならざるものから人類を守る戦士である。
様々な理由から陰に潜んでいた彼らは、日本と同じ理由で立ち上がった。
終焉之時は世界各国で予言されており、その対策が必要なことは明白である。
そうしてやって来た、国際会議当日。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。定刻となりましたので、会議を始めたいと思います」
首脳会議でも使われる会議室には、国籍人種問わず多くの人間が集まっている。
各国の主要な対魔組織はこれまで不干渉だった。
それらをまとめ上げたのが、先々代阿部家当主である。
当然の如く、国際会議は彼が主体となって進めることとなった。
定例の打ち合わせと呼べるほど回を重ねたことで、各国代表は落ち着いた様子で会議に臨む。
「計画通り、世界中で我らの存在を知らしめることができました。皆様の協力に感謝します」
阿部家当主の言葉に、アフリカ大陸の大国ベアランドが真っ先に反応する。
「人類を守るため、一丸となって戦うことにどうして否がありましょうか。我々呪術師は祖霊に誓って全力を出しましょう」
この言葉、全く本心ではない。
終焉之時を乗り越えたいという意思は共有していても、同盟を組むに至った決め手は“金”だ。
世知辛い世の中、どこも資金繰りに苦慮しており、阿部家の援助を無碍にできなかった。
ベアランドの呪術師は最も金に困っていた勢力だ。
ベアランドほどの勢いはなくとも、他国も比較的好意的に会議へ臨んでいる。
中国の代表が笑みを浮かべながら問うた。
「それにしても、貴重な研究成果であるレンズを譲っていただけるとは。本当によろしかったのですか?」
「ええ。構いません。これは開発者の受け売りですが『妖怪を観測できて初めて研究のスタートラインに立てる』そうです。貴国の教訓でも、彼を知り、己を知れば百戦危うからずと言うではありませんか」
国家機関で妖怪研究にのみ使うことを条件として、霊的存在を映すレンズが供与された。
解析して再現できるのならば、各国で量産しても構わないという。
ただし、現時点では再現できた国は一つもなく、一般に出回らないよう管理が徹底されている。
「日本で記者会見を開いた際、メディアへ一時的に貸し出したところ、すり替えて持ち出そうとする者が現れました。皆様もお気をつけください」
量産してもいいが、タイミングというものがある。
with妖怪の社会が構築されるまでは、無差別に広まって欲しくないのが日本政府側の要望だ。
解析され、再現される頃には、相応の時期となるだろう。
ただし、レンズを盗もうとした不届者を始め、秩序を乱そうとする者はごまんといる。
「また、世界各地で反政府団体や過激派組織が動きを見せています。各自、対応をお願いいたします」
「妖怪を神の使いと崇める愚か者たちが騒いでおったわ」
「忌々しいことに、我が国にも悪魔崇拝者が存在している。厄介なことだ」
同じ悩みを抱えるアメリカとイギリスが声を上げた。
世界の危機を前にしても、人類は一致団結できなかった。
利用されている者、洗脳された者、強欲な者、破滅主義者、様々な思惑によって活動が妨害されている。
特に、権力を持った愚か者ほど厄介なものはない。
各国の代表が同様の事例を報告していると、過激な意見も飛び出してくる。
「一度、痛い目を見せた方がいいだろう。私達がどれだけ犠牲を払って、どんな思いで平和を守ってきたのか、血を流さねば理解できまい」
「それは最後の手段といたしましょう。犠牲は少ない方が良いです」
阿部は無感情に答えた。
荒御魂発生率の上昇が懸念されること、死によって陰気濃度が上昇するかもしれないこと、などなど。
それらを考慮しての反対意見であり、メリットがデメリットを上回るのであれば、容赦なく実行する。
その程度の反対だった。
「本題に入りましょう。皆様から提出いただいた情報をもとに、懸案事項をまとめました。お手元の資料をご確認ください」
各国政府の取り組み具合、予算配分、妖怪や悪魔の発生頻度、協議すべきことはいくらでもある。
阿部の淡々とした進行により、退魔組織の対終焉之時対策は進んだ。
「各国における組織体制強化、ならびに緊急時の連携における取り決めについて、次回までに対応をお願いいたします。それでは、本日の会議は以上といたします。ありがとうございました」
終了の挨拶と共に、皆一斉に解散する。
以前であれば交流の時間となっていたが、本格的に計画が始動した今、責任者たる彼らに時間はない。
そんななか、参加者の一人が阿部に話しかけてきた。
「そうであった! 阿部殿に伝えねばならぬことがあったのだ」
「どのような内容でしょうか?」
話しかけてきたのは、ベアランドの代表だった。
全身余すところなく彫られている紋様は呪術的効果を持ち、ヨボヨボな老体に露出過多な民族衣装を纏っている。
つい最近まで現役として活動していた御老体が、申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「お恥ずかしながら、我が組織の犯罪者が牢屋から脱獄してな。その足取りがここ日本で途絶えておる。陰陽庁には既に連絡がいっているはずだ。迷惑をかけるな」
眉ひとつ動かさず、阿部は問う。
「どれほどの実力で?」
「いや、大したことはない。所詮は正道から外れたゴロツキだ」
「罪状は?」
「他宗教の信者を罪人と称して私刑を行った。我らが崇めるポヌモール神こそが絶対の神であると考えての行動だ。もちろん、ポヌモール神はそのようなことを望んでいらっしゃらない。背信者として捕えたのだが、愚かなことに牢屋を破壊して脱走したのだ。なおも罪を重ねるとは、嘆かわしい」
「なるほど、注意いたします」
ベアランド代表の背を見送り、阿部も次の目的地へ移動を始める。
移動中の車にて、彼は一人呟いた。
「嘘だな」
実力を尋ねた時、瞳孔が開いた。ベアランド代表が嘘をつく時の癖である。
日本の内情を探る為のスパイか、この期に及んで足を引っ張るつもりなのか、真意はわからない。
しかし、良からぬ企みをしていることだけは確かである。
「所詮金の繋がり……か」
ここまで事を運べたのは、間違いなく金の力である。
先々代当主が行った禁忌──天照大御神の恩寵を失う占術の悪用により、金を荒稼ぎした。
それを資本に商売を始め、禁忌で得た未来の知識をフル活用して会社を急成長させた。
わずか2代で陰陽財閥を築き、経済界の重鎮となった阿部家は、その財力を持って対終焉之時対策に乗り出した。
全ては、人類の未来のために。
「世の安寧は金では買えないというのに、愚かなことだ」
禁忌を冒した阿部家だが、天照大御神は彼らを見捨てはしなかった。
御天道様は全てを見ている。
日本の安寧を守るため、命を捧げる覚悟で禁忌を侵したことを、天照大御神を知っていた。
故に、その大義を成すためにのみ、占術を使う許可を与えた。
阿部家は妖怪の発生を予言することも、大災害を予言することもできない。
唯一、終焉之時のみを知ることができる。
「天照大御神よ……。…………。私はまだ、進み続けて良いのですね。ならば、戦いましょう」
神の慈悲がまだ残っていることを確認した阿部 黎は、己の道を信じ、迷いなく突き進む。
全ては、終焉之時を乗り越えるために。