陰陽師バレ
「妖怪って本当に居たんだな!」
週明けの学校はこの話題で持ちきりである。
今朝のトップニュースとして、あらゆる媒体で延々と放送されているから、大半の生徒は嫌でも目にすることだろう。
男子は「すげぇ」、女子は「怖い」といったところか。
当然、クラスの中心人物である俺にも話題が振られる。
「聖も見ただろ? 妖怪!」
「うん、見たよ。これから大変なことになりそうだ」
「だよな!」
俺が噂の陰陽師だよ、と打ち明けるべきだろうか。
でも聞かれてないし、わざわざ自己申告するのも違う気がする。
「俺、日本で一番強いんだぜ!」と子供相手に自慢するほど承認欲求拗らせてない。
まぁ、聞かれたら答えよう。
「私たちのお父さん陰陽師だよ」
「えっ、加奈ちゃんと陽彩ちゃん家って陰陽師なの! 加奈ちゃん本当?」
「うーん……まぁ……」
すごい、登校してわずか3分足らずで暴露していらっしゃる。
浜木さんが友達に聞かれて答えたみたいだ。
陰陽庁もその辺りの規制は解除したし、誰に憚ることなく陰陽師と名乗るのが、これからの新常識になるのかもしれない。
何となくいけないことをしている気分になるのは、保守的な老人の思考ゆえか。
「聖君はもっとすごいんだよ! 日本で一番強いんだから!」
子供の口の軽さを舐めていた。
これはもはや情報漏洩……いやいや、隠す必要も無くなったから、別にいいんだよ。
むしろ俺は自分の活躍を広めるために頑張ってるんだった。
「えっ! 聖、陰陽師だったの?」
「……実はそうなんだよ」
「「「すげーー」」」
クラスで声のでかい男子が軒並み驚いた。
物静かなクラスメイトたちも俺に視線を向けているのがわかる。
くっ、前言撤回。
期待通りの反応がもらえて嬉しいと感じる自分がいる。
人間の承認欲求は底なしかよ!
「えっ、えっ、聖の親父ってどんなことしてんの?」
「違うよ! 聖君は大人と混ざってお仕事してる本物の陰陽師なんだよ!」
「「「すげー!」」」
浜木さんを止めようと思えば止められた。
止めなかったのは、称賛の嵐が止むのを惜しいと思った俺の弱さである。
子供達の純粋な称賛は、殊の外自尊心を満たしてくれるのだ。
「聖君は日本で一番強いんだから!」
「「「すげー!」」」
「いや、正確には俺より強い人がいるよ。神楽家とか、神の力を借りる家は別格だから」
と、謙遜してみる。
あんまり称賛されすぎると、今度は気恥ずかしくなってくるんだな。
まぁ、神の力に敵わないのは事実だし、その力を宿して戦う御家の全力は未知数だ。
その分、国家の存亡が掛かった超緊急事態でしか力を振るえなかったり、代価次第で力が変動するなど、制約が多すぎる。故に、日本最強ランキングに載らないというか、もはや殿堂入りというか。
「でも、去年の台風を起こした妖怪を倒したのも聖君でしょ。やっぱり聖君の方がすごいんだよ!」
「「「すげー!」」」
君達、さっきから同じ反応しかしてないよね。
純粋な称賛におふざけが混ざり始めている。
驚嘆に包まれた教室に、朝のチャイムが鳴り響く。
「みんなおはよう。朝のホームルーム始めるよ」
授業が始まったことで一度は熱が下がったものの、休み時間になると皆が興味津々に話を聞きにきた。
特に他クラスの陽キャな知り合いはネタ集めによく集まる。
俺は運動能力でヒエラルキートップに立っているものの、彼らの行動力には敵わない。
「聖、陰陽師なんだって?」
「うん、そうなんだ」
「陰陽師だから運動できるのか!」
「陰陽師だから勉強できるのね!」
「陰陽師だから学級委員長なんだ!」
あれ? 俺のメッキが剥がれ始めてない?
半分合っているけど、もう半分の理由は俺が転生者だから……弁明の余地ないな。
しかし、噂話は制御できない。
学校内で『陰陽師はなんでもできる』という認識が広まってしまいそう。
少し離れた席では加奈ちゃんを囲む輪ができている。
「加奈ちゃんが運動も勉強もできるのも、陰陽師だからなのね!」
「私は……聖とは違うから。ちゃんと全部練習してるし」
「そうなの? 陰陽師になったらできるようになるんじゃないの?」
「学校の勉強だけじゃなくて、陰陽師の勉強もしないといけない。お父さんと毎日体力づくりもしてる。すごく大変なんだよ!」
「そっ、そうなんだ。なんかごめんね」
クラスに静寂が訪れる。
加奈ちゃんの魂の叫びによって、危険な噂の流布は阻止された。
陰陽師ならなんでもできると噂になれば、いずれ入学するかもしれない後輩陰陽師が苦労するところだった。
気まずくなった空気を変えるため、浜木さんが声を上げる。
「だから加奈ちゃん、ランドセルに御守りとか付けてるんだよね。お父さん特製の御守り!」
加奈ちゃんの持っている小物は和風なものが多い。
籾さんが作った御守りもその一つだ。
身近なジャンルのものをつい集めてしまう習性は、年齢性別問わず共通らしい。
「へぇー、いいなぁ」
「それで妖怪倒せるの?」
「見せて見せて!」
「別にいいけど」
加奈ちゃんは気まずそうな顔で許可を出した。
空気を読めるようになったあたり、成長したなぁ。
そして、薄々気づいてはいたが、加奈ちゃんにとって俺の存在がコンプレックスになってしまったようだ。
まぁ、俺からみても比較対象として最悪だからな。
浜木さんが俺のところに来るからついてきてるだけで、加奈ちゃんは乗り気じゃなかったし。
大人な俺は知っている。
反抗期というか、色々なものに反発してしまうお年頃なのだ。
少し寂しいけれど、これも大人になる為に必要な時間である。
せっかく幼馴染として育ったのだから、程よい距離感で仲良くしておこう。
そうすれば、大人になる頃には笑い話になっているはずだ。
こっちはいいとして、優也の方は大丈夫かな?
同じ学校にいるから、変な誤解を受けて傷ついてないといいけど。
心配になってこっそりメッセージを送ってみた。
[みんなに変なこと言われてない? 大丈夫?]
[大丈夫。お兄ちゃんは陰陽師だけど、ぼくは違うって言った]
さすが優也、ちゃんと友達に情報を伝えられている。俺よりコミュ力高い。
こうして、小学生の間でも妖怪と陰陽師の存在が浸透していった。
なんというか、違和感がすごい。本来なら、もっと反発とか疑いの目があるはずなのだ。
あんまり素直に受け入れられるものだから、気味が悪いものを感じる。
報道も一部を除いて陰陽師に好意的だし、阿部家と国が本気で印象操作するとこうなるのかと思い知らされた。
「怖ぁ」
やっぱ、権力者は敵に回すもんじゃないな。