記者会見
食後の穏やかなひと時。
タブレットで陰陽新聞を読んでいた親父が、不意に口を開いた。
「来週の会見で公開されるようだ」
「おぉ……ついに……」
何を、とは聞くまでもない。
陰陽師の存在が世間に公表されるのだ。
阿部家当主の下準備とやらが終わったのだろう。
「どこまで公表されるの?」
「陰陽師と妖怪の存在。そして、陰陽庁の活動内容だ」
陰陽師が表社会から姿を消したのには様々な理由がある。
科学の発展に伴う信心の低下。
盤石な生活圏獲得による占いの需要低下。
陰陽師や武士の間で流行った思想。
陰陽庁の割り当て予算減少。
霊感ゼロの人間には死ぬその時まで認識できない妖怪の存在。
そして何より、妖怪を公認した場合の妖怪被害増加の懸念。
それらを勘案し、当時の偉い人たちが議論した結果、陰の存在となっていった。
国民の命を守る大切な職業なのに、なぜか冷遇されていく……。
その原因として、『妖怪達の怨念が陰陽師界全体を不幸へと陥れているのではないか』とまことしやかに噂されている。
そんな負のスパイラルを破壊せんと動き出したのが、阿部家である。
会見を開く陰陽庁のトップは安倍家の人間だが、会見の場を整えたのは阿部家なのだ。
「むっ、妖怪を公開するだと?」
「妖怪を?」
続きを読んでいた親父が唸る。
妖怪を封印して連れてくるんだろう。ただ、連れてきたところで、画面越しに見えるほど霊感の強い人間は少ない。
だからこそ陰陽師界が裏へ消えたのだし、陰陽師の人口減少が止まらないのだから。
「これは是非とも視聴しないと」
「ああ」
一体どんな会見となるのか、見ものである。
〜〜〜
日曜日の昼。
峡部家がテレビの前で全員集合した。
画面に映るのは、どこかのホテルで行われている政府の記者会見である。
本日の主役、安倍家の一員である陰陽庁のトップが現れる。
「ただいまより、安倍陰陽庁長官の記者会見を行います。はじめに、安倍長官から発言がございます。それでは安倍長官、お願いいたします」
「皆様初めまして。陰陽庁長官の安倍 善蔵です。早速ですが、陰陽庁とは何か、皆様疑問に思うことでしょう。平安時代に始まり、明治まで続いた陰陽師の歴史は、実は今なお続いております」
陰陽師を主役としたお話は平安時代ばかりなので、割と最近まで陰陽寮が存続していた事実を知らない人も多いだろう。
陰陽庁の会見は、基本的な内容の説明から始まった。
「現代では詐欺師と同列の存在と揶揄されますが、長きにわたり陰陽寮が設けられ、政治に関わってきたことからも、その存在がいかに重要か、ご理解いただけると思います」
事前に基本情報は共有されているのだろう。質疑応答の時間まで、会見場は静寂に包まれている。
「なぜ、今になって陰陽師の存在を表に出したのか。それは、現状の体制では国民の安全を守りきれなくなってきたからです」
安倍長官は事の深刻さを伝えるように、力強く語る。
「我々は妖怪から人々を守るべく活動しております。一度妖怪と遭遇した場合、もう一度遭遇する確率が跳ね上がります。明確な原因は不明です。ただ、『観測することで縁が結ばれる』というのが、主流な意見です。その観点から、妖怪の存在を知らない方が国民の妖怪被害を減らせるのではないかと考えておりました」
建前も含めて、理由はいろいろあるんだよな。
きっと、画面の向こうの視聴者はすでに頭の上に?マークが浮かんでいるに違いない。
「この政策により、一般市民の死亡件数は一時的に下がりました。しかし、妖怪の発生件数自体は増えております。被害が出ていないのは、陰陽師がそれらを全て退治してきたからです。こちらのグラフをご覧ください」
被害者数は横ばいで、全国の妖怪発生件数が年々上昇し続けている。
改めてグラフで見ると、絶望的な気分になるな。
このまま増えていったら手に負えなくなってしまう。さすがに年中無休は勘弁してほしい。
「そして、この程度で被害を抑えられているのは、天照大御神による加護を受けし、安倍晴明の末裔のおかげです。彼らは占術を用いて予言を賜っております。予言をもとに陰陽師が現場へ急行し、妖怪を事前に捕捉することで被害を抑えておりました」
おぉ、そこまで言ってしまうんだ。
予言と聞いて期待する人も多いだろうが、安倍家が賜る予言は妖怪と大災害のものだけである。
私利私欲のために俗世の未来を覗き見たら、神の恩寵は失われてしまうらしい。
あくまでも、日本を守るためだけに使われるのが占術だ。
「人的リソースなどの制限により、昨今の妖怪発生件数は、予言できる回数の限界を迎えました。つまり、これからは突然現れた妖怪が人を襲う、そんな危険性が常に存在するということです。いよいよ、隠しきれるものではなくなってまいりました」
今回は端折っているが、本来妖怪は夜間に出るものである。
それが昼間でもしばしば見かける事自体が異常なのだ。
さすがに脅威度4以上は滅多にないが、3以下は発生件数が増えていると、阿部様も言っていた。
24時間365日、あらゆる場所で妖怪が襲ってくるかもしれない。
物騒な世の中だ。
「妖怪対策のご協力など、国民の皆様のお力をお借りするため、この度の会見と相成りました」
ここで一旦区切りのようで、長官は前のめりになっていた姿勢を正した。
そして、本命のプログラムが始まる。
「さて、そもそも妖怪が存在するのか、疑問に思う方は多いでしょう」
おっ、待ってました。
報道陣も興味津々なようで、画面越しにも会場の熱気が伝わってくる。
「この勾玉の中に、妖怪が封印されております。封印を解除すれば、中から飛び出してきます」
一番の見せ場らしく、長官はもったいぶるように説明する。
事前予想通り、術具店で売られている高級な勾玉に妖怪を封じ込めているようだ。
さて、ここからどうやって国民に妖怪を見せるのだろうか。
普通の人には影も形も見えないというのに。
「それでは、報道関係者の皆様は専用レンズをご使用ください」
司会が合図を出すと、映像の映りと画角が切り替わった。
専用レンズを付けたカメラに替わったのだろう。LEDライトに照らされた白い部屋が、夕暮れのようにオレンジ掛かって見える。
「このレンズ越しに見ることで、霊感の弱い方も妖怪を見ることができます。ただし、適性がゼロの方は見えませんので、ご了承ください」
メガネなどのレンズ越しに見ることで、妖怪を観測しやすくなる事実は、陰陽師の間では常識だ。
視覚以外の霊感に優れる者は、術具店の眼鏡をかけることで妖怪の視認性を上げている。
しかし、既存のものは所詮補助機能しかなく、一般人よりもはるかに高い霊感を持った者でないと意味はない。
「新しく発明したのかな」
「おそらく」
レンズ越しに妖怪を捉え、一般人に目視させるとなると、それは既存のものを遥かに上回る新製品といえる。
ぜひ一度見せていただきたい。
俺が作った眼球と同じく、水晶を加工したのだろうか?
「それでは、封印を解除します。皆様、テーブルの上をご覧ください」
画面が勾玉にクローズアップされた。
翡翠製の勾玉は、箱に収められたままテーブルの上に鎮座している。
セットの裏側に陰陽師がスタンバイしていたのだろう。皆が注目するなか、その勾玉は淡く光り始め——封印が解除された。
ギャギャギャー!
「「「うわぁ!!!」」」
結界の中に現れたのは、人間の頭部に手足が生えた化け物である。
ちょうど、美月さんに悪さをしていた妖怪に似ている。
なるほど、このタイプなら一目見て妖怪だとわかるだろう。
ちょうどいい妖怪を見つけるために、国家陰陽師部隊の人が東奔西走する姿が目に浮かぶ。
その甲斐あってか、テレビ越しにも会場の喧騒が聞こえてくる。
「なんだあの化け物」
「妖怪……本当に居たのか」
「手品?」
「ホログラム……じゃないな」
「あの滑らかな動きはロボットでもない」
「直接見ても見えないのに、映像には映ってる……」
「俺だけ何も見えてない。霊感ゼロってこと?」
レンズは配っていても、妖怪のお披露目は初めてのようだ。
喧騒に包まれた場を鎮めるように、長官が穏やかな声で告げる。
「ご安心ください。結界を張っておりますので、このテーブルの上から逃げ出すことはありません」
フラグっぽいけど、不測の事態は起きようもない。
脅威度3の雑魚相手に、陣を描いた本気の結界で対策しているのだから。
特殊なレンズのおかげで、結界も画面に映っている。それを見た親父が小さく唸った。
「殿部家の結界だな」
「わかるの?」
「ああ」
何度も共闘するとわかるものらしい。
俺の場合、緊急出動するたびに瞬殺してるから、殿部家の結界をほとんど見たことないんだよなぁ。
要君はまだまだ勉強中だし、今後見る機会は訪れるのだろうか。
というか籾さん、この間も会ったのに自慢したりしなかったな。コンプライアンス意識がしっかりしてらっしゃる。
「国民の皆様、これが妖怪です。人々に仇なす凶悪な存在です。一般の方の被害が抑制される陰で、陰陽師が命を賭して戦う敵です!」
ケキャキャキャッ!
結界の中で暴れ回る妖怪は、人々に危機感と嫌悪感を与えた。
結界の中にあえて置いた鉛筆は小道具だろう。
妖怪はいくつもある手の一つでそれを掴み、結界を叩き壊そうと試みる。
傷一つつかない結界に、今度は尖った芯で穴を開けようとし始めた。
そこには原始的な知性が感じられ、油断ならない相手だと視聴者に印象付ける。
妖怪は再度封印され、テーブルごと裏へ運ばれて行った。
妖怪のお披露目は記者と視聴者へ衝撃を与え、『陰陽庁と陰陽師の必要性を示す』というこの会見の目的を達成していた。
会場が落ち着きを取り戻した頃、質疑応答の時間に入る。
Q「売売新聞です。陰陽師は妖怪専門の自衛隊という認識でよろしいでしょうか」
A「国家陰陽師部隊という、陰陽庁直轄の組織はそれに近い存在です。ただし、一般の陰陽師は異なります」
Q「架宮通信の宇摩です。妖怪の存在を秘匿しても、被害は減らなかったということですか?」
A「先ほども申し上げた通り、妖怪発生件数が増加しているのに対し、一般人の被害は変化しておりません。一定の効果はあったと評価しております」
Q「なぜ、このタイミングで陰陽師の存在を公開したのでしょうか?」
A「今後、国をあげて対妖怪国防政策を進めるうえで、国民の皆様のご理解ご協力が必要不可欠と判断いたしました」
Q「フテホド新聞です。陰陽庁はこれまでも活動されてきたのですよね。予算はどこから捻出されていたのでしょうか?」
A「陰陽庁は防衛省の管轄であり、防衛費に含まれています」
予め決められていた質問に、長官は淡々と答えていく。
ただ、続く質問はアドリブ的な内容が増えてきた。長官の回答が先ほどまでよりも慎重になる。
Q「夏冬文芸社です。陰陽師は現在国内に何名いて、一般の人がなるにはどういった資格がいるのでしょうか?」
A「国内で活動中の陰陽師はおよそ1万人です。陰陽師に資格はなく、国家陰陽師部隊や地方ごとの陰陽師会、その他関係組織に所属することが要件となります」
Q「ヨムカクニュースです。陰陽師の仕事として、病院に結界を張ったり、妖怪の影響を受けた人のケアをしたりといった、妖怪退治以外の仕事もあると聞きました。このほかにどのような仕事があるのでしょうか」
A「幽霊の浄化補助、土地の穢れ調査、風水による建築アドバイス、術具の製造など多岐に渡ります。広義の意味では、寺社仏閣で奉仕する方々も陰陽師にあたり、業務によっては陰陽庁の管轄内となります。総じて、霊感や霊力を用いる業務は陰陽庁に関わるとご認識ください」
Q「日没新聞です。多くの人が見た、妖怪と陰陽師が戦う動画は、真実であるということでよろしいですね。その妖怪とはそれほど危険なものなのでしょうか。退治すると仰っておられましたが、妖怪と共存するという方法はないのでしょうか」
A「ありません。人類の長き歴史において、妖怪は一つの例外もなく人類の敵です。物語などに出てくる友好的な妖怪は、全て創作物に過ぎません。決して、近づかないようにしてください」
Q「TBL報道です。相手を呪い殺すとか、不幸にするとか、呪術とか使えてもおかしくなさそうですが、どうでしょうか。可能じゃないかと思うんですけどねぇ? 規制とかかかっているのでしょうね?」
A「まず、呪術は存在します。しかし、その用途は悪用されるものではありません。呪術はアフリカで用いられる対妖怪技術の一つです。その知識を前提に答えます。人を呪う術は世界各国の技術にそれぞれ存在しますが、日本を始め、そういった技術の使用は禁止されております」
Q「各自通信社です。陰陽師等の術者によらない手段、具体的には、火器や照明、害獣忌避剤などは、妖怪に対して無効と考えてよいのでしょうか」
A「無効ではありませんが、効果はきわめて薄いです。試験的に導入したこともありますが、結果的に採用されませんでした」
Q「突撃スクープ誌です。陰陽師は「国家公務員」なのでしょうか? 我々の税金を給与として働いていると考えてよいんでしょうか。それならばあの熊と戦っていた陰陽師は、人里まで引っ張ってくるなんて怠慢ではないでしょうか? 責任を問うべきと思いませんか?」
A「討伐報酬は国家予算から出されておりますが、映像の陰陽師は国家公務員ではなく、フリーランスとなります。また、妖怪の発生地点は戦闘が行われたエリアのすぐ近くです。被害者を出さずに退治した手際と合わせて、適切な処置をしたものと考えます」
Q「フツーニュースです。先ほどの実演でも、私は妖怪が見えませんでした。視聴者の中にも見えなかった方は大勢います。妖怪がいる事を科学的に証明してください。見えないのに存在すると言われて税金を使うのは、国家による詐欺ではないかと言う意見もあります。プラズマの所為とか、宇宙人で無いかとか、集団催眠、幻覚とか色々な意見がありますが、妖怪だと言う証明はありますか」
A「科学的に証明できなかったため、明治維新以降陰陽寮はなくなりました。その際の騒動により、妖怪退治が間に合わなくなる事態が起こり、その年の被害者は前年比5倍となっております。さて、現在は当時よりも妖怪発生件数が増え、これからも増える見込みです。目に見える被害者が出てから対策して間に合うでしょうか? 本日の会見は過去の悲劇を避けるためにあります」
Q「日刊読者の結崎です。今回超常的な、いわゆる空想上の存在と思われていた陰陽師の実在が明らかになったわけですが、他国におけるそれらコミュニティとの国家及び国際的な関係性は良好な状態にあると言えますか? 秘されていたものが暴かれた以上関係性に変化などは?」
A「人類を悪しき存在から守るという、共通の目的を持っており、この度の公表についても連携しております。その点において、良好な関係を築けていると考えております」
Q「閏年新聞です。陰陽師と同等の力を持つ人たちが世界中にいるというお話でしたが、国内陰陽師より大陸には高名な方がいらっしゃるのではないですか? 他国との国際的な枠組みでの包括的な協力は考えていますでしょうか? また、技術協力などは行われていますか?」
A「大陸の近隣国家で有名どころと言えば、崑崙山の仙人でしょうか。彼らも力ある存在ですが、日本の陰陽師も負けておりません。協力関係についてですが、国際的協力関係にはありますが、基本的に共闘する機会はありません。また、妖怪研究においても各国で独自に行われています。特にヨーロッパでは技術体系が全く異なるため、単純な技術協力は困難です」
Q「メガNEWSです。なぜ、陰陽師なのですか? 世の中には、密教、修験道、神道など無数の神秘行が有ると思うのですが、なぜ、陰陽道で統一されているのですか?」
A「その理由には諸説あります。霊力を最初に使いこなしたのが陰陽道の者であったという説や、単純に当時の政治的駆け引きの結果で呼称が統一されたという説、神の信託にて陰陽道という言葉が示されたなど、様々です。その中で私が個人的に信じているものは、陰陽思想がもっとも実態に即しているという説です。妖怪は陽の光を嫌います。その成り立ちからして、人が生み出す負のエネルギーの集合体であり、陰に寄る存在です。しかし、それは人が生きていくうえで決して切り離せるものではありません。光あるところに影がある。陰と陽が正しく巡ることで、世界は成り立っています。妖怪が過剰に発生する現在は、そのバランスが崩れている状態なのです」
その後も様々な質問が飛び出し、長官は一つ一つ丁寧に答えていった。
長官に就いているだけあって、かなり頭の回る御仁のようだ。
予定時間いっぱいまで続いた質疑応答は、視聴者にたくさんの情報を齎して終わった。
それでも、業界の裏側まで知っている俺たちからすれば、まだまだ表面上に過ぎないのだが。
「陰陽師学園については言及しなかったね」
「あれは私立だからな」
つまり、これから少しずつ情報を出していくということ。
陰陽庁と陰陽師、そして妖怪。世間はこの情報を呑み込むのにしばしの時を必要とするだろう。
「以上を持ちまして、会見を終了といたします」
こうして、陰陽師が表の社会に出てきた。
【謝辞】
今回の質疑応答にはカクヨムサポーターの皆様にご協力いただきました。
誠にありがとうございました。
【ご協力いただいた皆様】(順不同)
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