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林間学校



 5年生になってさらに月日は流れた。

 季節は秋。

 今日は小学校5年生固有のイベント、林間学校初日である。


 学校の外で授業をするという激レアイベントに、同級生たちは興奮している。

 先生が「落ち着いて行動しましょう」と注意するも、楽しげな雰囲気は抑えきれそうもない。


 青少年の家に移動してきた俺たちは、玄関前で管理人さんへ挨拶をする。


「ここで一晩泊まります。皆さん施設の管理人さんへ挨拶しましょう」


「「「よろしくお願いします」」」


 高学年となった同級生達は、以前よりも少しだけ大人になっており、言動にも社会性が見られるようになった。

 俺としても会話が成り立つので助かっている。

 ……のだが、興奮気味な今の子供達にそれを期待するのは難しい。

 ひょうきんな男子がさっそく暴走する。


「ここに妖怪は出ますか?!」


 SNSで話題になってから結構経つが、いまだに熱は冷めやらず。

 こんな質問が出るほど、世間的に妖怪と陰陽師の話題が浸透している。

 山の上にあるこの建物はほどよく寂れており、妖怪が出ると言われれば信じてしまいそうなロケーションである。

 管理人さんは慣れっこなのか、朗らかに返す。


「私は見たことないなぁ。でも、霊感のある人は見えるかもしれないね。皆はぐれないように、集団行動を心がけてください」


 なんて、子供の教育のダシに使われるくらいには妖怪が浸透している。

 ただ、政府はまだ正式に声明を発表していない。

 阿部家当主曰く、陰陽師の存在を広めるための情報戦における、前哨戦の期間らしい。

 こうして子供達に受け入れられているあたり、その工作はうまくいっているようだ。


「皆さんルールを守って、楽しい思い出をたくさん作ってください」


「「「はーい」」」

 

 イベントとはいえ、やること自体はこれといって珍しいものではない。

 レクリエーションとして、オリエンテーリングやダンス、カレー作りなんかをするだけだ。

 俺は大人として、子供達が羽目を外しすぎないように目を光らせる。

 オリエンテーリングの班長を押し付けられたので。


「逸れないように気をつけてね」


 班長として一応注意するが、あまり心配していない。

 人の手が入った山なので、迷うようなことはないだろう。

 最悪、俺が式神を使って探せばすぐに見つけられる。

 御剣家で行う訓練の方がずっと危険だ。


「ねぇねぇ、あれなんだろう。聖君わかる?」


 オリエンテーリングで同じ班になった浜木さんが絡んでくる。

 ねぇ、察して? 塩対応してるんだから察して。いや、小学生に空気を読めというのは酷か。

 ……うぅむ。


「……あれはブナの木だね」


「聖君すごーい! 物知り!」


 いや、さっき同じ木にネームプレートぶら下がってたじゃん。

 見てなかったのか?

 知っていながらわざと質問したのか?

 どっちだ?

 後者だとしたらとんでもない悪女だぞ。


 俺は去年までは、ちょっと目立つ陰陽師の卵くらいの存在だった。

 故に、監視の眼と関係構築を狙って派遣された浜木家は、そこそこの接触で済んでいた。

 それが、日本最強の称号を手に入れたことで、俺の情報は莫大な価値を持つようになる。

 日本の同業者はもちろん、他国だって欲しがるだろう。

 結果、浜木家当主からの接触が増えた。

 親父の超絶塩対応をものともせず、媚びた笑みで擦り寄ってくるらしい。

 

 この子も間違いなく、親の差金だ。

 クラスが一緒になってからしつこく話しかけてきているのが、その証左である。

 俺は隣を歩く加奈ちゃんへ耳打ちする。


「浜木さんを連れて行ってくれない? 気まずくて仕方ないんだよ」


「だったら同じ班にならなければ良かったじゃん」


「それは理不尽」


 班決めは、男女でそれぞれ三人組を作り、そこから男女六人組を作る。

 真守君と、三人組からあぶれたボッチ男子で組んだ直後——「聖君、一緒の班になろう! 加奈ちゃんもいるよ!」——と言われては断れるはずもない。

 嫌だと言ったら、加奈ちゃん達に隔意があると思われ、クラス内に不和を招く。

 クラスの中心人物の発言力は侮れない。


「もう少し優しくしてあげてもいいじゃん」


「これでも譲歩してる方だよ」


 加奈ちゃんは浜木さんと仲良いからなぁ。

 親友の肩を持つのは当たり前か。

 いや、そこは幼馴染も大切にしてほしいところである。

 ともあれ、ここでは力を貸してくれそうにない。

 そんな時にちょうど良い口実が見つかった。


「あの子一人でいるから、浜木さん一緒に動いてあげてくれない? 仲良かったよね」


 班の女の子が何かを探すようにキョロキョロしている。

 はぐれたら危ないので、浜木さんに連れ戻してもらおう。そうしよう。

 即OKしてもらえるかと思いきや、浜木さんの答えはNOだった。


「キーちゃん、彼氏と会うのが待ちきれないみたいだから、そっとしておいてあげて」


 訳知り顔で説明してくる浜木さん。

 えっ、小学生でお付き合いとか、いくらなんでも早くない?

 ませてるなぁ。


 高校生はいい。高校生は青春するのが仕事である。

 中学生は早い気もするけど、まぁ、なしではない。中学のプラトニックなお付き合いで確かな絆を結び、高校編開始からの青春イベント突入はありだと思う。

 小学生は早すぎる。犯罪臭がすごい。小学生は幼馴染フラグを立てておくくらいしかできることはないだろう。

 創作物でしか恋愛を知らない俺の価値観である。


「探してるって、どういうこと?」


「次のポイントで合流する予定なの」


 次のポイント……そういえば、あの子やたら散策ルートを指定してきたな。

 オリエンテーリング中に彼氏と合流するためだったのかよ……。


「あっ、聖の班じゃん!」


「お疲れ。なるほど、この班にいるのか」


「キーちゃん!」


 浜木さんの言う通り、途中で別の班と合流した。

 駆け寄ってきた男子が例の彼氏なのだろう。二人は仲睦まじく話をしている。

 なんだろう、この敗北感。

 前世では一生かけても彼女できなかったのに、小学生で彼女持ちとか……。

 いやいや、今付き合っても結婚まで行く可能性は低いから。

 俺が目指すのは幸せな結婚生活だから!


 隣の浜木さんが呟く。


「いいなぁ。私も彼氏欲しいなぁ」


 ねぇ、その言葉は誰に向けて言ってるの?

 浜木家は陰陽師としては弱いけど、スパイ教育は優秀みたいだな。

 誰一人迷子になることなく、オリエンテーリングは終了した。

 続く野外炊飯も美味しくいただいた。


「聖君、料理もできるなんてすごーい!」


「……お母さんに教わってるから」


 一人暮らししているとね、自然とスキルが身につくんだよ。

 毎日お弁当や外食に頼っていたら、お金がいくらあっても足りなくなる。

 火起こしや飯盒炊飯は御剣家の合宿で覚えたし、この程度造作もない。

 ボーイスカウト顔負けの動きができた。


 そして、夜は焚き火を囲み、教員による怖い話大会をしたり、ゲームをしたり。

 生徒に楽しい思い出を作るため、先生達の涙ぐましい努力を感じられた。

 最後に、男女混合のフォークダンスが行われる。

 曲はマイムマイム。ダンス初心者でもノリだけで踊れるシンプルなやつだ。


 おや?

 俺の感知範囲、半径1メートル以内に人の気配が激増した。

 全員俺に近づこうとしている。


「はーい、それじゃあ近くの人と手を繋いでね」


 ガッシィィィ!

 そんな効果音が聞こえたような気がする。

 俺の両手は秒で売約済みとなった。

 右手はずっと隣から離れなかった浜木さん。


「聖君、よろしくね!」


 左手は並み居るライバルに打ち勝った陽子ちゃん。


「あの……近くにいたから……」


 先生の言うとおりにしただけ、と言いたげな彼女。

 最初から近くにいて、先生の言葉と共にスタートダッシュ決めていたのを、俺は知っている。

 短い間とはいえ、面倒を見た相手に懐かれるのは悪い気はしない。

 クラスの人気者となった効果を実感しつつ、ダンスを踊る。

 キャンプファイヤーを中心に輪を作り、ステップを踏み、輪を縮めたり手を振り上げたり。

 童心に帰って賑やかな時間を過ごせた。

 ダンスが終わり、三々五々に散る。

 陽子ちゃんは仲良しグループに戻って行った。


「聖君と手を……もう洗いたくない」


「いーなー」


 俺と手を握るだけで嬉しがってくれるなんて、なんともこそばゆい。

 前世ではこんなことありえなかった。

 まぁ、イケメンでもないのにモテるのは小学生の今だけだろう。

 そもそも、俺はトロフィーなのだ。人気があれば別に俺じゃなくても良いってやつ。

 恋に恋するお年頃ってやつだ。


「加奈ちゃん加奈ちゃん! 私、聖君と踊っちゃった!」


「そんなに喜ぶ? まぁ、聖と踊れてよかったね」


 そしてここにも、恋に恋する女の子が。

 親に洗脳されているんじゃないかと心配になる。

 いや、実際にされているんだろうな。

 いっそ俺から「近づくな」とはっきり言ってしまうべきなのだろうか。

 いや、それでは子供の心を傷つけてしまう。

 しかも、告白してきたわけでもない相手を振るとか、自意識過剰すぎる。

 本当にやりづらい相手だ。


 錦戸家のいやらしい手法の有効性だけは認めてやろう。


 こうして、林間学校は瞬く間に過ぎて行った。


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