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戦力拡充策


「素晴らしい。君達は間違いなく、日本の希望となるでしょう」


 そう述べる阿部家当主の眼光は、ギラリと光っていた。

 そこまで期待されるとちょっと怖い。


「それが、私達を招待された理由でしょうか」


 雑談を苦手とする親父が本題に切り込んだ。

 まぁ、せっかく動揺してくれたのだから、それを利用しない手はない。


「峡部殿の仰る通り。協力者が事前にお伝えしたように、“終焉之時”が近づいています。日本は、否……世界はこれに対抗しなければならない」


 恵雲様から聞かされし、特大の厄ネタ。

 占術によって遥か先の未来を見通す儀式を行い、これまで大きな災厄に対処してきた。

 そんな未来の終着点では、闇に呑まれて何も見えなくなるという。

 人類が敗北し、未来が潰える大災厄——それが“終焉之時”である。

 阿部様は改めて説明してくれた。


「いつ起こるのかは、分かっていないのですよね」


「特定はできていません。しかし、占術の結果が示しています。“終焉之時”は間違いなくすぐそこまで迫っている、と。それを裏付けるように、妖怪の発生件数は年々上昇しており、その強さも上がっています」


 現場で働いている陰陽師なら誰もが実感していることだ。

 このままインフレーションしていったら対応しきれなくなると、一度は想像したことがある。


「日本だけではありません。世界規模で陰気スパイラルが発生しています。このまま陰気濃度が上昇し続けた場合、百年以内に、確実に百鬼夜行が起こるでしょう。“終焉之時”はおそらく、そのさらに後、日本が損害を被った後に起こると予想されています」


 百鬼夜行……歴史上一度だけ発生したという、妖怪の同時多発的大量発生事件のことだ。

 妖怪が日本各地に大量発生し、多くの命を奪い、土地を穢し尽くしたという。

 当然、陰陽師が応戦した。そして、多くの犠牲を出した。


「神様のお力添えは?」


「期待できるでしょう。しかし、我々は人類の力のみで百鬼夜行に対抗する計画を立てています」


 歴史的大殺戮を行った百鬼夜行は、神の奇跡が齎した浄化によって幕引きを迎えたらしい。

 溢れかえった妖怪は脅威度3が大半だったが、あまりに数が多すぎて人間には対処しきれなかったそうな。

 人の力ではどうにもできない大災害、なぜこれを人の手で解決したいのか?


「我々の本命はあくまでも“終焉之時”。神の力は、その時まで温存する予定です」


 ということらしい。

 終焉之時もそうだけど、これから日本に待ち受ける危機はたくさんあるということだ。

 そんな危機に対して、日本がどう対策するのか?


 阿部家当主はその答えを教えてくれた。


「陰陽師と妖怪の存在を表に出し、国家規模で戦力拡充を行います。短期的には現場への資金援助。中長期的には、陰陽師専門の教育を施す——陰陽師学園を開校します」


 うんうん、危険手当もっと増やしてもらわないと成り手が減っちゃうからね。

 ……え?

 学園?!

 そっち方面は考えていなかったというか、ビジネスマンの口から飛び出るワードじゃないというか。


「幼稚園から大学に至るまで、全てを網羅した教育機関。そこに全国の陰陽師の卵を集め、陰陽師の技術を確実に伝承します」


 技術……それってもしかして。

 俺はつい口を挟んでしまった。


「技術の中には、秘術も含まれるのですか?」


「もちろん。君にも興味を持ってもらえたようで嬉しいです。後継者に恵まれず、失伝の危機に陥った家に声を掛け、彼らを指導者として雇い入れました。辺阿家の製紙術や、風切家の鎌鼬術を筆頭に、陰陽師に関わる技術を多数教わることができる環境を作りました」


 それは、なんとも……魅力的だ。

 秘中の秘である他家の秘術を教わることができるとか、陰陽師なら誰でも飛びつくに決まっている。

 長い年月をかけて改良し続けた技を、その道のプロである本家の人間に教わることができるなんて、垂涎ものだ。


 峡部家は攻撃系の術に乏しい。召喚術の改良に力を入れていたので。

 もしも他家の術を利用できれば、大幅な火力アップが見込める。


「後進の育成を行うことで、陰陽師のレベルを数段階引き上げます。さらに、一般人にも門戸を開くことによって総人口増加を狙います」


 数が足りないのならば、育成して増やすほかあるまい。

 実質独占されていた業界に新規参入可能となれば、陰陽師の総人口は増えるはず。

 それにより、在野に眠る才能が開花する可能性も高まる。

 学園で裾野を広げることによって、ごく一握りの天才を生み出すこともできるだろう。


 なるほど確かに、これは変革が起こるな。


 災厄はすぐそこまで迫っているというが、どうも地震と同じような表現のようだ。

 百鬼夜行ですら『平時より発生確率は上がっているけれど、今すぐ起こるかは不明。百年以内には間違いなく起こるよ』ってな具合らしい。

 俺が死んだ後に起こる可能性も十分あり得る。

 なら、その猶予期間に育成すればよい。

 育成が間に合わなければ……その時は日本が滅ぶだけだ。


 阿部家当主は俺に手を差し伸べ、提案する。


「そこへ聖君、君にも通ってもらいたいと考えています」


 そうこなくっちゃ!

 で、条件は?

 学費はいくら?

 入学試験とかやるのかな?


「もちろん、安倍家嫡男と同じVIP待遇での招待となります。特待生としてあらゆる面で優遇しましょう。学費は免除。通常の科目は専任の教師を付け、最高効率で終わらせます。専攻科目となる秘術の講義は、空いた時間で好きなだけ受けられるように、特別カリキュラムを組めるようにします」


 うん、えっ、そこまでしてくれるの?

 とんでもない特別扱いじゃないですか。

 黙って聞いていたら、どこまでも俺に有利な条件が飛び出してくる。


「東部家での契約に倣って、衣食住は全てこちらで用意します。帰省したい時の移動も任せてください。あぁ、君は術具の発明でも成果を出していましたね。研究資金もこちらで用意しましょう。研究室の実験機器は全て利用可能ですし、必要なものがあればなんでも手配します」


 阿部家の財力舐めてたわ。

 もう手ぶらで引越しできるよ。

 どこまで俺を甘やかす気だ。


「期待していただけるのは嬉しいのですが、どうしてそこまで?」


 高待遇にビビった俺の問いに、阿部家当主は真剣に答える。


「占術の結果、とある予言が下されました。“終焉之時”が訪れる時、地球に救世主が現れる、と」


 恵雲様も言っていたな。

 聖君は救世主なのだ、と。

 それはさすがに大袈裟だと思っていたが、目の前の人物の目を見れば、お世辞でもなんでもないことがわかる。

 ただ、“終焉之時”がいつ来るか分かっていない状況で、救世主本人であると確認もできていないのに、ここまで投資するのは早計ではないだろうか。


「確かに確証はありません。君以外にも救世主候補は多数います。しかし、少しでも可能性があるのなら、私はそれに賭けましょう」


 陰陽師学園に全財産を投じても構わないと言いたげな様子。

 いつ来るかもわからない災害に、ここまで熱くなれるのはなぜだろうか。

 普通は、どうしても他人事に思ってしまうものだ。地震大国で災害セットを用意していない家が多数あるように。

 そんな俺の気持ちを察したのだろう。

 彼は意味深な笑みを浮かべた。


「君はまだ、理解できていないようです。世界が終わるということの、本当の恐ろしさを」


 彼は芝居掛かった調子で語り出す。


「私は産まれ出てから常に教えられてきました。阿部家初代当主が見た、闇に塗り潰されし未来を。そして、神の恩寵を失いし我が家でも、唯一“終焉之時”だけは見る事が許されています。あの絶望を真に理解できるのは、直接見た者達だけでしょう」


 阿部家だけでなく、本家本元の安倍家でも同じ危機感を抱いているという。

 占術で知った終焉を迎えし世界は、何も見えないのに恐ろしいらしい。

 それは、占術を使った者にしか分からない感覚だそうな。


「この一点において、世界の見解は一致しました。ようやく準備が整った今、地球規模で陰陽師の躍進が始まるでしょう。世界の危機に対し、人類は力を合わせてこれに立ち向かう!」


 拳を握って力説する阿部家当主は、ギラついた目で自信満々に語る。


「阿部家は、この時の為に神の恩寵を手放したのです。私たちが本気であることを、ご理解いただきたい」


 ただ、東部家と塩砂家を見てきた俺には、彼もまた救いを求めているように見える。

 世界を動かせるほどの人物が絶望する終焉とは、どれだけ恐ろしいのやら。


 ただまぁ、彼の覚悟がどうだろうと関係ない。

 世界が終わるということは、当然家族の平穏が脅かされるということ。

 親父、お母様、優也、祖母、サトリ、ジョン、殿部家、真守君、美月さん、御剣家、塩砂家、東部家——これまで関わってきた皆の顔が思い浮かぶ。

 初めから答えなど決まっている。


「わかりました。微力ながら力になりましょう」


「ありがとうございます。君が力を貸してくれるとあらば、百人力です」


「息子の言うとおり、峡部家も協力いたします」


「ありがとうございます」


 すまん親父。

 途中から俺が会話しちゃってたわ。


 こうして峡部家は、阿部家主導の対終焉之時戦線に加わった。


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