小学5年生
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
新しい日常が当たり前の日常に変わった頃、俺はまた一つ進級した。
小学五年生……あと二年で小学校卒業だよ。早すぎるって。
小さな絶望を感じながら登校した進級初日。
俺はクラス替えで新しくなったメンツを見渡す。
「それでは皆さん、2年間よろしくお願いします」
担任は、陽子ちゃんのいじめ問題で協力してくれた草壁先生だった。
八千代先生の同期と聞いたことで、なんだか親近感を覚える。
その繋がりか、陽子ちゃんが同じクラスにいた。
草壁先生が担任ならば、いじめの心配はないだろう。
そうでなくとも、再びいじめられることはなさそうに見える。
驚いたことに、去年の夏休み明けから、陽子ちゃんの雰囲気が変わったのだ。
猫背気味だった背中はピンと張り、視線をまっすぐ前に向けることで塞ぎがちな目が大きく開かれるようになった。
ハキハキ喋る姿は、まるで仕事のできるOLのよう。
新しくお友達も作り、クラス内カーストをメキメキと駆け上がっていった。
家庭内でも、立ち直ったお母さんとうまくやれているそうだ。
良かった良かった。
「お、おはよう……聖君」
「おはよう」
ただ、男子との交流が得意でないのは元のままで、少し安心した。
クラスにはまだまだ知り合いがいる。
「加奈ちゃん、2年間よろしくね」
「……うん」
意外なことに、加奈ちゃんと同じクラスになるのは初めてだ。
クラスでどんなふうに過ごしているのか、籾さんに教えてくれと頼まれている。
アルバムに載せられるような写真を撮ってあげよう。
「聖君おはよう!」
「……おはよう」
こっちは加奈ちゃんとペアなのか、スパイ一家の娘、浜木 陽彩ちゃんまで一緒だ。
加奈ちゃんの手前、会話こそするものの、錦戸家と関わりのあるこの子と仲良くするつもりはない。
にも関わらず、浜木家の策略か、向こうからやたら話しかけてくるのが厄介だ。
この子自身に直接的な怨恨がないので、やりづらくてたまらない。
「真守君もよろしくね」
「……うん」
男子はみんな顔見知りで、真守君も引き続き同じクラスである。
うん、毛筆は諦めよう。
明らかに、陰陽師関係者が集められている。
俺が日本最強になったことと関係がありそうだ。
緊急出動しても問題が起きないように、という国の配慮だろうか。
よく分からん。
そんな面子で始まった小学五年生の生活は、何も起こることなく平穏に過ぎていく。
授業内容はまだ覚えている範囲内だ。
ある日、漢字50問テストが返却された。
休憩時間に入ると、加奈ちゃんが俺の席へやってくる。
「聖、何点だった?」
「98点。ケアレスミスやらかした」
この漢字の点をつけ忘れる癖、前世から治ってなかった。
札や陣を描く時も出てこないから、完全に油断していた。
苦虫を噛み潰す俺に、加奈ちゃんが答案用紙を見せてくる。
「私は100点」
「おぉ、それはすごいね!」
俺は掛け値なしの賞賛を贈る。
加奈ちゃんの自慢げな表情が微笑ましい。
いつの間にかこんなに成長しちゃって。
後で籾さんに教えてあげよう。
「ふふん」
加奈ちゃんにとって、俺は身近な比較対象だった。
ただ、陰陽術についてはどう足掻いても俺に勝てない。
そこで、勉強方面で張り合うようになっていた。
俺に勝つことを目標に色々頑張っているみたいなので、殿部夫妻からは感謝されている。
「加奈ちゃんすごいね。でも、聖君もすごい! 私なんて80点だったもん」
「あぁ、うん、ありがとう」
そして、加奈ちゃんとセットでやってくるのが浜木の娘である。
殺生石の件で錦戸家には個人的恨みもある。我が家の方針も考慮して、塩対応する他ない。
勉学では勝った加奈ちゃんだが、運動面ではそうもいかない。
あくる日、体育の授業にて体力測定が行われた。
「真守君、先行くね」
「……うん。……もう、限界」
20mシャトルラン。
前世では碌な記録を遺せなかった。
最初に脱落するのだけは避けようと、志低く頑張っていた記憶がある。
迫り来る音楽に軽いトラウマを覚えながら、意地で走っていた。
それが今ではどうよ。
「聖頑張れー」
「すげぇ、50回超えた」
「聖君かっこいー!」
「男子皆んな脱落したのに、聖君だけ全然余裕そう」
小学五年生ともなれば、そこそこ体が大きくなってくる。
戦闘に備えて運動を毎日欠かさず行い、前世とは比べ物にならない健康的な肉体を手に入れた。
そこへ身体強化が合わされば、小学五年生の記録を塗り替えることもできる。
「これくらいにしておくかな」
ただ、御剣家の人達がセーブしているのに、俺だけ全力全開というわけにもいかない。
日本人らしく空気を読んで、小学五年生の最高記録手前で止めておいた。
パチパチパチ
「応援ありがとう」
こんなことでヒーローになれるなんて、子供の世界はなんて優しいんだ。
大人が歓声を得るには、脅威度6弱を倒さなければならない。十年以上の下積み期間が必要なんだぞ。
キラキラ
「うっ」
俺を見つめる皆の目が輝いており、いろいろズルしているのが申し訳なくなってくる。
いや、努力して手に入れたものだし、これも実力ということで。
「聖……すごい……けほっけほっ」
「ありがとう。真守君はゆっくり休んで」
真守君もちょくちょく運動系の遊びに誘っているのに、何故か体力がつかない。
遺伝子の限界なのだろう。
前世の俺を見ているような気分だ。
一方で、成長著しい子もいる。
走っている最中、俺は女子の方を見る余裕があった。
最後まで残っていたのは、霊力持ちの加奈ちゃんと陽彩ちゃん、そして意外なことに陽子ちゃんである。
先にリタイアした陽彩ちゃんが、同時に限界を迎えた二人へ賛辞を贈っている。
「加奈ちゃんと陽子ちゃんもすごかったよ!」
「わたしは聖ほどじゃないけど……。陽子ってこんなに運動できたっけ?」
「はぁっ、はぁっ、毎日っ、走ってる、から。仕事はっ、体力勝負、だって、お母さんがっ」
運動能力の向上は、小学生のいじめ対策において有効だと思う。強い奴は虐められないから。
いじめられた側が頑張る義務はないけれど、キッカケはどうあれ、プラスの成長を目指すのは良いことだ。
最初に手を差し伸べた者として、こっそり見守らせてもらおう。
そんなこんなで、小学五年生の生活は平和に過ぎていった。
その平和が一人の子供に支えられていることを誰も知らずに。
だが、それでいい。
前世の俺だって何も知らなかったんだから。
今度は俺がお返しする番だ。
俺の活躍を知るのは、陰陽師関係者だけでいい。
……そう、思っていたんだけど。
俺の知らないところで、社会は既に大きく動き出していた。