露見
「一、十、百、千、万、十万、百万、千万……億! おぉ、九桁復活だ!」
スマホアプリで銀行の預金を確認していた俺は、一人歓喜の声をあげた。
脅威度6弱を退治する度、報酬としてものすごい金額が東北陰陽師会から振り込まれてくるのだ。
「何に使おう。まずは家族にプレゼントを買うとして、あとは術具店で気になってた道具を買おうかな。召喚に必要な道具は……もう買っちゃったしなぁ」
お母様に提案された、去年の税金対策である。
一回五百万円の式神召喚を十回分、計五千万円の品が押入れに保管されている。
これらを経費で落とさなければ、とんでもない金額の税金が取られるところだった。
前世では、億単位の収入なんてなかったからなぁ……。転生して初めて累進課税の恐ろしさを知ることになった。
「脅威度6弱一体あたりの報酬を考えると……第陸精錬霊素の価値が爆上がりするな」
定量的な評価は難しいが、これまで俺が見積もりしていた金額では安すぎた。
第陸精錬霊素には俺の想定以上の価値がある。
そして、そんな第陸精錬霊素で稼ぎ出した今年の収入が通帳に入り、俺は再び億万長者の称号を手に入れた。
今年もまた税金対策しないと。
「キュイー」
「え? テンジクも欲しいものがあるの?」
机の上でまったりしていたテンジクが声を上げる。
頭に伝わってきたイメージは、ブラシだ。
「詩織ちゃんが用意した高級ブラシね。そんなに気持ちいいの?」
「キュイー!」
出来高制の契約を結んでいるため、テンジクは基本的にこちらの世界に常駐している。
普通の式神はさっさと仕事を終えて帰りたがるのだが、テンジクはこちらの世界の快適さを求め始めていた。
きっと、式神の世界では変わり者の部類に入るだろう。
あのブラシいくらだっけ……最高級ブラシで検索っと。
「ブラシとしては高いけど、今の俺なら余裕だな」
テンジクは近頃大活躍してくれているので、ボーナスとして購入することに決めた。
お母様にもプレゼントしようかな。式神と同じものは嫌か?
「他には……家の改築もありか」
事務所を兼ねているため、改築費用も一部経費にできる。
親父曰く、ご先祖様が作った特別な結界があるために手を出してこなかったわけだし、結界の要さえ再現できれば問題はなくなる。
「まず結界の材料を購入するとして。あとは俺が気になっていた道具類をまとめ買いしよう」
術具店の店主に道具の特徴を聞いていたが、資金が足りなくて購入を見送った品々だ。
峡部家の術を改良するのに使えそうだから、ずっと目をつけていた。
とりあえず全部バスケットに入れて……ああ、単価は知っていたけれど、そんなになります?
100円ショップのお会計で2000円超えた時の衝撃を思い出した。
貧乏性は抜けないようで、一気に買うのは金額的に怖い。
まずは一つ買って実験してから、その後に次を買おう。
「ど、れ、に、し、よ、う、か、な。ふふふ」
全部まとめ買いするより、欲しいものを選ぶ時間が楽しい。
そういうことにしておこう。
♫回り道〜寄り〜み〜ち〜かなり遠回りに見え〜る〜けれど〜
パソコンの前で商品一覧を吟味していると、ポケットのスマホから着信音が鳴る。
祖母からだ。
「もしもし、お婆ちゃん?」
「こんにちは、聖さん。突然連絡してごめんなさいね。今、お時間いいかしら」
月一でビデオ通話している祖母だが、いつもなら事前にスケジュール調整してくれる。
それが突然連絡してくるということは、何かあったに違いない。
声の雰囲気からして、妖怪に襲われているとかではなさそうだが……。
「大丈夫だよ。何かあったの?」
「聖さんに見てもらいたい動画があるの。リンクを送りますね」
スマホに送られてきたURLを開くと、とあるSNSの投稿が表示された。
その投稿には動画が埋め込まれており、動画を再生したくなる短い一言だけが書かれている。
[死ぬかと思った。やべぇ事件に巻き込まれてる]
この文だけでは何を言っているのか分からないが、添付された動画と合わせると、途端に意味を持つ。
「これ、もしかして」
「陰陽師の方と妖怪が戦っている様子が撮られています。妖怪に襲われた方が録画して、投稿したのでしょう」
動画を再生すると、そこには最近よく出現する熊型の妖怪が映っており、陰陽師が走って逃げながら札を飛ばしている様子が映っていた。
札がぶつかって炎が炸裂している様子もしっかり捉えている。
撮影された時間は夕方で、光源には事欠かない。
「これは拡散されてよろしいものですか?」
「ううん。よくない」
ダメなんだけど……。
ずいぶんはっきりと映っている。
殺人型だから、現世の存在比率が高いのだろう。
逢魔時に襲われた人間がスマホで撮影すれば、レンズに映る可能性は高い。
綺麗に条件が揃ってしまっている。
こんな間近で撮影されて、しかも陰陽庁の規制を掻い潜って投稿されるなんて。
「……そんな偶然あり得るか?」
「元の投稿は消されていますが、インフルエンサーによって拡散されているようです」
消すと増える法則ですね、わかります。
本来なら、エラーメッセージが出て投稿すらできないか、ネット部隊によって削除される。そして、拡散できないように運営元へ指示が下るらしい。
そもそも、偶然見られても合成映像としか思われず、陰陽師と妖怪の存在が信じられることはなかった。
しかし今回、リプライを見るとそうはならなかったようで。
[何これ、熊が街中に降りてきたの? 警察何やってんの]
[クマとか言ってるやつアホか。こんなクマいるわけないだろ。サイズ的にはヒグマだが、まず前脚がこんなに発達してるのがおかしい。耳の形も違う。走り方も全く違う。これはクマに似た何かだ]
[野生の専門家来た]
[専門家じゃなくてもツノ生えてる時点で熊じゃないってわかるだろ。爪の一撃で地面抉れてるぞ]
[えっ、これ本物?]
[CGの専門家ですが、陰影とか関節部の動きを見るに本物ですね。バズる為だけに作ったならクオリティが神すぎる]
[普通の動画なら運営に削除されないでしょ、つまり本物]
[この公園うちの近所なんだけど。さっき大きな物音したのって、これが原因?]
[場所特定した]
ざっと反応を見た限り、本物として受け入れられている。
いつもは疑ってばかりのSNSが、ここまで肯定的なのは珍しい。
画質が良いことと、最近面白い話題が少なかったせいだろうか。
何やらお祭り騒ぎになっている。
一通り読んだところで、祖母は言う。
「背後に大きな意志を感じますね」
「意志?」
「はい。新たな政策が施行されるたびに、企業は大きく揺さぶられてきました。もしかしたら、陰陽師の存在を公にすると、国が意志決定したのかもしれません」
亡くなった旦那さんを思い出しながら、祖母は言う。
確かに、これは国家レベルの出来事だ。
「陰陽師の存在が、表に出るかもしれませんね」
祖母の言葉は、現実のものとなる。
俺の見ていた動画も消されたが、消すと増えるSNSの法則により爆発的に拡散された。
挙げ句の果てにテレビまで取り上げる始末。
『この映像は本物なのでしょうか』
『番組で専門家に検証を依頼した結果、CG加工などはされていないと判明しました』
『つまり、この熊のような生物は実際にいると?』
『その生物と戦う男性は一体誰でしょうか』
この変化が良いものなのかどうかは、一般市民でしかない俺にはさっぱり分からない。
はてさて、どうなることやら。
2024年最後の投稿となります。
「現代陰陽師は転生リードで無双する」をご愛読くださりありがとうございました。
2025年もよろしくお願いいたします。
元旦にも投稿するので、読みに来てくださると嬉しいです。