源後日譚 Side:雫
後日、お父様と二人で峡部さんのお宅へお邪魔しました。
「命を救っていただき、心より感謝する」
「誠にありがとうございました」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
峡部さんは本当に大したことをしていないかのように返しました。
脅威度5弱との遭遇戦を札一枚で制しただけはあります。
「東部家が封印していた大妖怪を次々滅ぼしているという話は、誠でしたか。私が気を失っている間の話を娘から聞きましたが、耳を疑いましたよ」
話には聞いていて、理解したつもりでしたが、“つもり”でしかなかったようです。
実際に見ることで初めて実感できました。
日本最強の称号を持つ者の、異常なまでの強さを。
「お気持ちお察しいたします。父親である私ですら、息子の成長には驚いているのですから」
峡部さんの父親、峡部家当主——強様が同意しました。
その表情からは深い共感が感じられ、峡部さんの強さの秘密が峡部家の教育によるものではないと物語っています。
やはり、峡部さん自身が特異な存在なのでしょう。
「何か御礼を、と考えているのですが、何か希望はありますか? 可能な限り叶えたいと思います」
「いえ、常日頃からお世話になっている源殿への恩返しと思っていただければ」
「そういうわけにもいかない。我が家の沽券に関わる。聖君は何か希望は?」
「父と同じ考えです。しかし、源様のお立場も理解できます」
峡部さんが強様に耳打ちし、二言三言やりとりした末、強様が答えを出しました。
「口聞きをお願いしたく」
「どういった内容でしょう?」
「息子が稲荷神社の御神使から受けた依頼についてです。殺生石に関する問題を解決しなければならないのですが、寺社の協力を得られず。調整をお願いした東部家によると、何やら妨害を受けているとのことで」
「なるほど、それは由々しき事態だ」
当然ながら、神から託された依頼は優先的に対応されます。
神の不興を買わないためや、人類の益になる神託に他ならないのですから。
それがなぜ……。
「妨害している者は特定したのですか?」
「他国と繋がりのある政治家が反対しており、寺社へ圧力をかけています。その仲介役として……錦戸家が手を貸しているようです」
「なるほど、それであれば、私も力を貸せそうです」
峡部さんや強様の性格から、敵は作らない方針だと思っていました。
ですが、錦戸家から明確な嫌がらせを受けるほど敵対しているとは、少し意外です。
「急ぎ、指示を出しましょう」
「いえ、そこまで急ぐ必要はありません。東部家と御剣家が主体となって調整してくださっているので、その後押しをしていただければ」
信託を無碍にすると、強烈なペナルティーを受けることがあると聞きます。
錦戸家は峡部家が焦りを見せて、軍門に降ると思っているのでしょうか?
峡部さんの力を見た私からすると、首輪をつけようとすること自体、間違った判断としか言いようがありません。
あの時、峡部家を味方に引き込んだお母様の判断は正しかった。
「わかりました。東部家と連絡を取りつつ、協力しましょう」
「よろしくお願いいたします」
「これは御礼なのですから、そこまで畏まる必要はありません」
今日の本題は終わり、ここからは雑談となります。
当主同士の会話を邪魔しないように口を噤んでいましたが、そろそろ峡部さんに話しかけても良いでしょう。
「突発的な戦闘でしたが、常に備えをしているのですか?」
「そうですね。ここのところ予定外の戦闘が多くて。必然的に対策するようになりました。大抵無駄になるんですが、今回は役に立って良かったです」
準備をしていると言いますが、あの時使ったのは簡易結界と焔之札だけです。
何か仕込むにしても、札一枚にできることは限られています。
それ以外の要素であの力を生み出しているのでしょうか。
私の問いに答えた後、峡部さんは霊獣を呼び寄せ、お父様に問いかけました。
あの質問をするつもりでしょう。
「源様は、この子が何に見えますか?」
「モルモットに見える。すまないね、娘から君の霊獣の話は聞いているんだ。つられてしまったらしい」
お父様は私と同じものが見えているようです。
サトリの姿を捉える上で、先入観や思い込みは強い影響を与えるのでしょう。
「他の人はどんな姿を見ているのかな」
「レッドドラゴンや龍、小鳥にネズミと、幅広いですよ」
峡部さんにとって、それは試金石となる。相手が自分をどのように見ているのか、推察する手掛かりとして。
「どちらの方が多いのかな」
「小動物の方が多いですね。その方が気楽ですが」
峡部さんの実力を過小評価しているか、噂を信じていない人が多いようです。付き合いの長い私ですら、内心信じきれていなかったのですから。
ですが、それも今だけです。
近いうちに、日本中の陰陽師が峡部 聖の存在を知ることになるでしょう。
彼は源家の傘下に収まる器ではありません。
いずれ独自の派閥を作り、源家から離れてしまう。
そうなる前に、私は調べなければならない。
脅威度6弱を一撃で倒すほどの強大な力。
その秘密の一端でも掴めれば、私は男児継承を覆して源家当主となり、お母様を守ることができる。
源家での発言権を失い、それでも気丈に振る舞うお母様を守れるのは、血の繋がった私だけ。
どうにかして、峡部さんの懐へ入らなければなりません。