源クライシス
東部家の訪問治療の帰り。
東北から関東に向かって高速で空を飛んでいる最中、狭苦しい乗り物の中で、俺とサトリはカラオケを楽しんでいた。
♫〜
「誰〜かに〜なりたくて〜、進〜み出した〜僕の〜ス〜ト〜ォリ〜」
——♪
空飛ぶ大蛇の口内に、スマホの音楽と俺の声が響き渡る。
合いの手を入れてくれるサトリは天使だと思う。
詩織ちゃんがなかなか袖を離さなかったので、今日は遅い帰宅になってしまった。
退屈極まりない移動時間だが、スマホがあればいかようにも時間は潰せる。
その日の気分で変わる娯楽は、なんとなくカラオケをチョイス。
「い〜とは〜吉に〜絡まるから〜」
——♪
ふぅ、気持ちよく歌えた。
負の感情に抑圧されていた気分を発散できたようだ。
大蛇からしたら、飛行中に口内が震えてストレスかもしれない。すまん。
「次はサトリの好きな曲にしよう。どの曲が好き?」
——♪
「え、『自信エフェクト』? 気が合うね。じゃあアンコール行っちゃう?」
四曲目を決めたその時、近くで俺の霊素が弾けるのを感知した。
スマホでマップを確認すると、その方角は住宅街から外れた山脈を指している。
というか、すぐ傍じゃん。
「大蛇、目的地変更。トップスピードで頼む」
ググッと体にGがかかる。
大蛇の背中に乗っていたら、とんでもない風圧で剥がれ落ちていただろう。
「間に合ってくれよ」
霊素を感知したということは、俺の御守りが破壊されたということ。
低級な妖怪に襲われただけなら良いのだが、脅威度4以上に襲われていた場合、追撃で殺されている可能性もある。
トップスピードで向かうその先にいる人物は、一体誰だろうか。
俺の知り合いの中で、土曜日の日暮れに山へ入る人物といったら……。
「源さんか」
用意周到な源さんに限って、鬼火相手に不覚を取ることはない。
おそらく想定外の妖怪に不意打ちされたのだろう。
近くには源家当主もいるはず。
それほど交流はないが、娘の危機を見過ごす人ではないと知っている。
実力者である源家当主ですら危機に陥る敵が近くにいる状況……ヤバすぎる。
少しでも早く駆けつけないと。
マップの移動速度から予想するに、到着まで約10秒。
近くを飛んでいて良かった。
それでも、命の危機が迫っている中での10秒は長い。
まだか、まだか、まだか?
「よし、大蛇、目を借りる」
式神の目を借りることで外を視認できる。
一刻を争う中、俺は目を凝らして夜の森を見渡す。
御守りが壊された場所はあの辺りのはず……いた!
「減速しつつ、あの木の下で降ろせ。その後は上空で待機」
ガパッと開く口から這い出た俺は、慣性によって地面を転がりながら大地に降り立つ。
アクロバットの練習の成果を発揮し、最後は華麗に着地。
コンマ数秒の差で、岩と源さんの間に入り、即座に簡易結界を張ることができた。
岩が結界で受け止められている。
ちょっとビビったのは内緒。
「源さん、怪我はない?」
「はい、無事です」
声に疲労が滲んでいるけれど、命の危険はなさそうだ。
「間に合ってよかった」
眼前の妖怪から目を離すことはしない。
源パパを倒すほどの強敵だ。
無視することはできない。
「情報を」
「5弱、殺人型、弱点不明、獣系」
「了解」
さすが源さん、情報共有の仕方も習得済みだったか。
素早く俺から距離を取った妖怪が、俺の足元に転がる岩を確認している。
なぜ止められたのか理解できないとでも言いたげな仕草だ。
それにしても、脅威度5クラスで殺人型とは珍しい。脅威度5弱以上の妖怪は、災害型の傾向が強いのに。
そして、こういう敵は武士と共に戦うのがセオリー。結界があるとはいえ、紙装甲の陰陽師が前線に立って戦う相手じゃない。
なるほど、さすがの源家当主でも遅れをとるわけだ。
VIPな要救助者が二人もいることだし、ここは確実に対応するとしよう。
札には既に宝玉霊素を込めてある。
「急急如律令」
俺が札を飛ばすと同時、妖怪は俺に襲いかかってきた。
脅威度5弱だけあって、誰が最も恐ろしい敵かちゃんとわかっているらしい。
ただ、どんな選択をしたところで意味はない。俺の簡易結界を破れなかった時点で勝負は決まっている。
ガァァァァァアアア!
焔之札が炸裂し、妖怪の全身を炎で包み込む。
業火に焼き尽くされた肉体はあっという間に焼け爛れ、悶えながら塵となって消えていった。
オーバーキルだったな。
「他には?」
「2体、同行していた陰陽師が対応しています」
「じゃあ、そっちも片付けましょう。お父君の怪我は大丈夫ですか?」
「背中を大きくえぐられて出血が止まりません。頭も強く打ったので、早く病院で診ていただきたいです。他2体は脅威度4ですから、彼らで対処可能です」
なら、要人の救護を優先しよう。
源家当主に同行する選りすぐりの陰陽師なのだから、脅威度4くらい倒せるはず。
後で戻ってきて事情を説明すれば問題ない。
なにより、源パパの出血量がヤバい。このままだと死んじゃう。
死なれたら今回の支出を誰が補填するというのか!
宝玉霊素は安くないんだぞ!
生き延びたうえで、たっぷり恩を感じてもらわなければ!
「……急いだ方がいいですね。大蛇!」
「お願いします」
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大蛇エアラインで最も頼りになる医療施設——御剣家の医師の元へ直行。
大手術の結果、源パパはなんとか一命をとりとめた。
「毎度毎度、予約もせず駆け込んですみません」
「あと1分遅れたら死んでいました。お手柄ですよ」
超絶名医がそう言うなら、近くの病院へ連れて行ったら死んでいたということである。
俺の選択は間違っていなかった。
聞いた話では、現地に取り残された同行者たちも、俺が到着したすぐ後に妖怪を倒したそうな。
忘れられし封印が限界を迎えたことによる、突発的な妖怪発生事件は、犠牲者を出すことなく無事に終息した。





現代陰陽師は転生リードで無双する 肆