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鬼火退治 Side:雫



 とある土曜日、お父様に連れられ、私は山奥の廃村へ向かいました。

 源家傘下の陰陽師のうち、最も優秀な二人を護衛とし、鬼火退治をする予定です。


「雫、陰陽均衡測定器の使い方はわかるね」


「はい。……6.5です。火の玉が発生している場所はまだ先でしょう」


「よく勉強している。目的地はもう少し先だ。行こう」


 廃村近くで改めて測定すると、7.5が出ました。

 鬼火は広範囲で均衡が崩れた時に現れるそうなので、この近辺にいる可能性が高いです。


「丁度よい頃合いだ。来たな」


 周辺の状況を確認したところで、日が沈み始めました。

 それと同時、夕焼けに照らされた廃村に嫌な音が響き始めます。

 やはり、火の玉を目視するには私の霊感が足りていないようです。

 眼鏡を掛け、改めて廃村の中心部を凝視すると、漂う火の玉が見えました。


「見えるかな?」


「はい。狙いを付けるには十分です」


 霊体の脅威度3でこれならば、陰陽師として仕事をするうえで問題ないでしょう。

 戦闘に備え、私は弓に矢を番えました。

 源家が得意とする弓術を、実戦で試す良い機会です。


「まぁ待ちなさい。まずは私がお手本を見せよう」


 お父様はそう言うと、流れるような動作で矢を射ました。

 高速で飛ぶ矢には札が刺さっています。


「救急如律令」


 三体集まって廃屋に焦げ跡をつけていた火の玉、その中心に矢が到達したところでお父様は札の力を解き放ちました。

 清浄なる雨を齎す“清雨之札”は、文字通り妖怪を消火します。


「お父様、さすがです」


「ふふん……雫も試したくて仕方ないようだな。やってみると良い」


「はい」


 お父様ほど洗練されていませんが、私も今の身の丈に最適な動作で子供用和弓を引きました。

 狙うは隣の廃屋を焦がしている別の火の玉集団。

 (やじり)に刻まれた陣が札の威力をあげてくれます。札飛ばしに神経を使う必要がないので、タイミングを計るだけで良い。


「救急如律令」


 問題なく成功しました。

 練習通り力を発揮することができて一安心です。

 教育係の話では、初陣で失敗する者が多いと聞いていましたから。

 源家当主の座を狙う者として、この程度の試練に立ち止まってなどいられません。


「おおっ、さすがは私の娘だ! 素晴らしい!」


「お嬢様、お見事です!」

「初めてとは思えない堂々とした戦いぶりでした」


 お父様と護衛からお褒めの言葉をいただきました。

 笑顔を使うべきはここですね。


「ありがとうございます」


 私が三人に向けて笑顔でお礼を言うと、良い反応が得られました。

 殿部さんから聞いた“お父様攻略法”は確かに効果があります。

 ただ笑顔を向けるだけで良いのですから、コストパフォーマンスは最高です。


「焦げ跡を見るに、もう少しいるはずだ。残りを片付けよう」


「「「はい」」」


 あとは流れ作業のようなものです。

 反撃も警戒していましたが、所詮は低級妖怪、源家の敵ではありません。全て札の一撃で退治できました。


「さぁ、仕事は終わりだ。帰ろうか」


「はい」


 正直に言えば、私一人でも戦ってみたいところですが、それはまたの機会としましょう。

 仕事終わりの朗らかな空気を感じながら山道を降りていくと、不意にお父様が私に抱きつきました。

 何を——。


「雫! ぐぁぁっ!」


 振り向く私の目に映ったのは、腕を振りぬいた猿のような外見の妖怪でした。

 お父様は私を庇い、妖怪の爪撃を背中に受けてしまったのです。

 結界を張る暇もない、一瞬の出来事。


「源様! なっ、他にも妖怪が!」


「殺人型が三体だと? 源様に結界をぐあっ!」


「竹っ! くっ、お嬢様! お逃げください! 私が足止めをぐああ!」


 殴り飛ばされた彼らを追いかけていったのは、それぞれ推定脅威度4。

 簡易結界で防御していたようなので、即死は免れたはずです。

 源家の精鋭である彼らなら、苦戦しながらも倒せるでしょう。

 最もまずいのは、残された私たちです。


「ウキ―キャッキャッキャッキャ」


 陰気を垂れ流す殺人型……最低でも脅威度5弱。

 そんな強力な妖怪に目をつけられてしまったようです。

 万全のお父様なら私を連れて逃げるくらいはできたかもしれません。

 ですが、背中に裂傷を負ったお父様は出血がひどく、まともに戦えないでしょう。


「雫……逃げろ……」


 お父様は脂汗を滲ませながら札と龍笛を取り出し、戦う意思を見せました。

 しかし、殺人型相手にどれだけ持つか……。

 そもそも、私だけが生き残っても意味がありません。

 今の源家にはお父様が必要です。


「撤退用の札を用意してあります。お父様も一緒に逃げましょう」


 私は緊急事態を想定して用意した、煙幕之札を使いました。

 清めの塩が混じった煙幕で姿を隠し、戦おうとするお父様の袖を引っ張ります。

 気がかりなのは、札を使おうとする私を傍観していた妖怪のいやらしい笑みです。

 脅威度5弱ならば、札を使われる前に襲い掛かることもできたはず。


「遊ばれている」


 より濃厚な恐怖を醸成するため、殺人型は弄びながら人を殺すことがあるそうです。

 猿型妖怪はこの煙幕を突破して私たちを襲うこともできるのに、あえて逃がしていると見てよいでしょう。

 そんな妖怪の思惑に、私はあえて乗るしかありません。

 一歩でも距離を離し、一秒でも時間を稼ぎ、同行者が戻ってくるまで耐えるのが、最も生存確率の高い選択肢ですから。


「占術による警報もなく、なぜこんなところに……」


「おそらく……封印の管理が……ぐぅ……」


「お父様、走ることに専念してください」


 後から調査した結果、限界を迎えた勾玉の破片と、それを収める祠が発見されました。

 村が廃れる前から封印されていた妖怪は、誰にも気づかれないよう存在を隠し、狡猾に少しずつ力を溜めていたようです。

 やがて村が放棄され、封印の存在は完全に忘れ去られてしまいました。

 管理されなくなった封印の中で、妖怪はなおも力を蓄えます。

 いつか封印から解き放たれた時、より大きな不幸を生み出すために。


 その目論見は見事に成功しました。

 強力な陰陽師であるお父様を、不意打ちで負傷させたのですから。

 あるいは、ちょうど私たちの戦闘がきっかけとなり、封印は限界を迎えたのかもしれません。


「ぐぅ……」


 お父様の限界が近い。

 全力で走っているものの、荒れ果てた道では速度も出ず、あまり距離は稼げていません。

 いつ妖怪が襲ってくるか分からない状況も精神的負荷が大きいです。

 なるほど、妖怪はそんな私たちをあの笑みで観察しているのですね。


 ウキャ―――――!


 木々の向こうから妖怪の雄叫びが木霊します。

 握っていた札をいつでも飛ばせるようにしましたが、どこから襲ってくるのか……。


「ここまでのようだ。迎え撃つほかあるまい」


 お父様はそう言って立ち止まりました。

 これまでの経験から、ここから先は妖怪が本格的に殺しにかかると分かるそうです。


「雫、隙を見て逃げなさい。お前さえ生きていれば私は――」


「お家のことを考えてください。お父様が亡くなられては、源家は立ち行かなくなります。まだ秘術の継承もされていらっしゃらないでしょう」


「……そうだな」


 渋々ですが、私一人を逃がすのではなく、共に戦う道を選んでくださりました。

 妖怪は雄叫びを上げて私たちに恐怖を与えるも、今しばらく時間はありそうです。


 切り札の使い所はここでしょう。


 お父様は流れる血で札を作り、私は小刀で髪を切りました。

 髪をシャフトに結び付け、今できる精いっぱいの準備が完了です。

 戦闘態勢を整えたお父様は龍笛を構えます。


 ———♪ ———♪ ———♪


 流麗な音色が辺り一帯に響き渡りました。

 それは源家の秘術である、霊笛術の調べ。

 曰く、敵を見つけ出す曲とのこと。

 私は弓を引きながら詠唱を始めます。


市寸島比売命(いちきしまひめ)へ我が体の一部を捧げ、御身のご加護を賜り、悪しき敵を討ち果たさん——」


 ———♪♪♪!


 私の詠唱が終わりに近づいたその時。

 笛が突如強く鳴らされたと同時、近くの木がガサリと音を立てました。

 そこですね。


「燃やし尽くせ——焔之札」


 生まれて初めて切った髪は、期待以上の火力を実現しました。

 私史上最高の力強い炎を纏いし矢が、樹上に潜んでいた妖怪に突き刺さり——。


 キーキッキッキ


「くっ」


 腕の広範囲に火傷を負わせることができましたが、それまででした。

 致命傷には程遠く、枝木が焼き払われて現れた妖怪は余裕の笑みを浮かべています。

 それもそのはず、みるみるうちに火傷が治っていくのですから。

 髪を使った不意打ちとはいえ、初陣を経たばかりの子供の攻撃など、妖怪からすれば軽傷なのでしょう。


「ひるむな! ——♪ ——♪」


 お父様は一喝した後、予定通り曲調を変えました。

 今度は札強化の曲です。

 もう弓を引く時間も惜しい。

 残った髪を結び付け、焔之札をそのまま飛ばします。


 ウキャッ


 さすがに連続で攻撃を受けてくれるほど甘くはないようです。

 木々の間を跳び回るように逃げていきます。

 お父様も龍笛を演奏しながら札を飛ばしました。私には真似できない技巧です。

 しかも、札に専念している私より妖怪に迫っています。

 右、左、左、なるほど、そうやって追い込むのですね。


 お父様の札の動きを模倣していくと、ずっと追いつけなかった札が近づきました。

 このまま——。


 ウッキャ――――!


「そんな……!」


 札を爆発させる前に、2枚とも爪で切り裂かれてしまいました。

 続けて飛ばした札も全て切り裂かれ、手持ちの札はもうありません。

 そして、妖怪は勢いそのままにこちらへ接近し、私は至近距離で妖怪を見ることとなりました。

 真っ赤な目からは怒りと嘲笑が感じられ、振り上げられた拳には圧倒的力が込められている。

 心臓を鷲掴みにされたような恐怖がわき上がってきます。


「きゃっ」


 次の瞬間、妖怪の拳によって簡易結界ごと破壊され、私は木に叩きつけられました。

 幸い、意識を失うことはなく、まだ何とか動けそうですが……。

 背中と足をひどく痛めてしまったようです。


「雫! がはっ……うっ……うぅ……」


「お父様! 何か、手は……」


 仲間とはぐれ、緊急時用の札は全て使い果たし、龍笛も破壊されました。

 殴り飛ばされたお父様は隣で気を失い、私は足を挫き、逃げる事もかないません。

 これは、万策尽きてしまいましたね。


「ここまで、ですか」


 次期当主の座を手に入れるため、私なりに努力してきたつもりでしたが……まさか、これほど唐突に最期が訪れるとは思いませんでした。

 お父様が亡くなり、障害である私も消えたなら、あの人が源家の実権を握ることになります。

 そして、源家は動乱の時を迎えるでしょう。

 お母様、どうか強く生きてください。こんな可愛げのない子供に無償の愛を注いで下さった貴女に恩返しできないことをお許しください。

 お父様と2人で天から見守っています。


「天に昇った後、どうなるかなんて分からないのに」


 諦めがつくとどうでも良いことが頭をよぎるものですね。

 これが走馬灯というものでしょうか。

 思い出が次々と浮かんでは消え去っていきます。

 妖怪がゆっくりと距離を詰めてくる頃、ようやく最近の出来事を思い出しました。


『任務に行く時、念の為ですが、御守りを持っていってもらえますか?』


 その御守りは今も懐に入っていますが、守護のお守りでは、この場において何の意味もないでしょう。

 殿部家には緊急時に結界を張ってくれる御守りもあると聞きましたが、それならそうと教えてくださるはず。

 ……勝手に期待して、勝手に失望するのは失礼ですね。


 後始末を押し付けるのは忍びないですが、どなたかがこの妖怪を退治してくれることを祈りましょう。

 もしかしたら、彼が敵討ちしてくれるかもしれません。

 私は無意識に懐の御守りを握り、最期の瞬間が訪れるのを待ちました。


……ふわり


 不思議なことに、何だか体温が上昇した気がします。

 強張っていた体が解きほぐされ、震えていた脚に力が入りました。


「まだ……出来ることがある」


 源家安泰、ひいてはお母様の幸せを守るためには、お父様の存在が必須。

 ならば、私は1秒でも多く時間を稼がなくてはならない。

 この身を囮にしてでも、お父様から妖怪を引き離す!


 殺人型の妖怪は逃げる獲物を優先して襲う個体が多いと教わりました。

 挫いた足が痛むのも無視しなさい。

 一歩でも進めば、それだけ時間を稼げます。

 死を受け入れる時間があるなら、余さず有効活用すべき!


 私は最期まで私らしくあろうと立ち上がり、3歩踏み出したところで——眼前に爪が迫っていました。


 妖怪が獲物を逃すわけがありませんよね。


 でも、これで2秒は稼げました。

 神様、どうか、私の行動に意味を与えてください。

 幼い少女を哀れに思うなら、この命と引き換えに、どうか——。


 こんな都合の良い願い、叶うはずがありません。

 叶うはずがなかったのです。

 ならば、なぜ、いつまで経っても痛みが襲ってこないのでしょうか。

 なぜ、眼前の爪が崩れ落ちていくのでしょうか?


 キィ————ャ————!


 金切り声を上げて妖怪が飛び退きました。

 私の視界に妖怪の全貌が映ります。

 驚くことに、私を切り裂くはずだった爪は次第に崩れ落ち、腕ごとなくなってしまいました。

 簡単に殺せるはずだった私から反撃を受け、妖怪は警戒しているように見えます。

 さらにもう一度後ろに跳んだ妖怪は木々に飛び込み、闇に紛れて見えなくなりました。

 助かった……の……でしょうか?


 一体何が起こったのか、私は辺りを見回し、ふと、掌が温かいことに気がつきました。


「御守りが……」


 私の手の中で御守りが強い光を放ち、端から燃えるように炭化していきます。

 でも、決して火傷するような熱さではありません。

 むしろ触れているだけで心地よく、高鳴っていた心臓が落ち着いていくようです。


「あっ」


 緊張の糸が切れたのと同時、膝の力が抜けてしまいました。

 呼吸が乱れ、汗が出てきます。

 自覚していた以上に、私の体は消耗していたようです。


 ほんの僅かに余裕を取り戻した私は、お父様の元へ這って戻りました。


「お父……様……」


 残念ながら、まだ目を覚ましそうにありません。

 そして、状況はふりだしに戻りました。


 キィ————ェ————!


 片腕を失った妖怪が、いつの間にか25m先に戻ってきていました。

 腕は少しずつ治っていき、こちらを警戒しながら近づいてきます。

 そして、無傷な方の腕には大きな石が握られていて……。


「ふふ」


 そんなものがなくても私たちを殺すことは容易なのに。

 私を一度救ってくれた御守りは、既に煤となって跡形もなく消えています。

 絶望的な状況、けれど、なぜか先ほどよりも怖くないのです。

 震えていた脚にも力が戻ってきました。


「誰か助けてください!」


 反応なし。近くに大人は来ていないようです。

 せっかく稼いだ時間も、期待した結果につながりませんでした。

 ならば、もう一度立ち上がるまでです。

 投擲される岩が狙うのは私。お父様から離れれば、一度に殺されることはありません。

 その一瞬で、今度こそ助けが来る可能性に賭けましょう。


 一度奇跡が起こったなら、もう一度奇跡が起こる可能性だってあるはずですから。

 ……私らしくない思考ですね。


 キィ————ェ————!


 振り上げられた剛腕から岩が投げられ、瞬きをする間も無く迫ってきます。

 私を潰してなお止まらないくらいのパワーが込められているそれは、お父様から一歩離れた私を完璧に捉えていました。

 避ける術は何ひとつありません。

 スローモーションで迫るそれは、私の死を具現化したもの。

 少し前まで怖くてたまらなかったはずなのに、どうしてでしょう、私の心は落ち着いたままです。


————!


 2度目の死から目を背けなかった私は、2度目の奇跡を目の当たりにしました。


「源さん、怪我はない?」


 私と同じ小さい背中。

 けれど、その背中がとても頼もしく見えます。


「はい、無事です」


「間に合ってよかった」


 簡易結界で岩を止め、こちらを振り返ることなく言葉を交わす彼。

 とても簡単そうに行っているけれど、あの岩を止めることは普通できませんよ?


 ——峡部さん



~~【告知】~~

①続刊報告

 皆様の応援のおかげで

 ——書籍 第5巻 発売決定!

 ジョンが、本になります! ありがとうございます!ヾ(≧▽≦)ノ

 発売時期は決まり次第ご連絡いたします。


②SS&イベント予告

 カクヨムの活動報告にて、カクヨムサポーター限定SS「袖を掴む少女」を投稿しました。

 「鬼火退治 Side:雫」の裏側で起こった、詩織と聖のお話です。

 また、カクヨムサポーター限定3周年特別企画を12/23(月)より予定しております。

 その事前情報も記載しておりますので、興味のある方はご確認ください。

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