表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
204/251

第二婦人

 今年、源家はBBQのようなイベントはやらなかったらしい。

 正確には、やれなかったというべきか。


 源家は当初、正妻である彩さんが家庭内を取り仕切っていた。

 しかし、長女が生まれて以降、なかなか次の子供に恵まれない。

 そこであてがわれたのが、第二夫人の恵杜(けいと)さんである。

 きっと毎晩取っ替え引っ替え子作りしたのだろう。羨ましい。

 それでも両夫人共になかなか子供ができない。

 調べた結果、源家現当主の精子に問題があったそうな。

 妊娠しづらいということで、ますます焦る源家。

 若さは妊娠確率に直結するのだから。


 そんな時に第二夫人が妊娠した。

 男の子だと分かった時は現当主だけでなく、彩さんも喜んだという。

 幸運にも母子共に健康な状態で出産を終え、源家はめでたい雰囲気に包まれた。

 長男くんはスクスクと成長し、源家断絶という最悪の可能性が遠のいた頃——。


 第二夫人に野心が生まれた。


 正妻が妊娠する可能性は低く、一人目が女の子だったことからも、期待は薄い。

 ならば、源家を取り仕切るのは次期当主の母親となる自分の方が良いのでは?

 今まで二番手に甘んじていた彼女は、その本性を露わにした。


 自分の派閥を作り、正妻の取り巻きを少しずつ削っていく。

 源家の使用人にも、どちらの味方につくのか迫った。

 将来性のある人間につくのは当然のこと。

 いくら現当主が娘を可愛がっているとしても、家を継ぐのは男児である。

 源家における彩さんの決定権はジワジワと奪われていった。


 そうして、今に至る。


莉子(りこ)ちゃん今日は来ないの?」


「はい。今日に限らず、もう来ないかと」


 優也の問いに、源さんが淡々と答える。

 伊藤 莉子(りこ)ちゃんは初めてお茶会に参加した時からずっと優也と仲良くしている女の子だ。

 その女の子、というかママさんが、彩さんのお茶会を欠席した。


 あのママさん、長いものに巻かれるタイプだからなぁ。

 むしろ、よくここまで耐えたよ。

 娘さんが優也と仲良くしてるの知ってるから、頑張ってくれたんだろう。


 毎月開催されていたお茶会も、二ヶ月に一回、三ヶ月に一回と、次第に頻度を下げている。

 その度にまた一人また一人と減っていく。……のだが、今回は四ヶ月ぶりなのにあまり減っていないな。


「峡部さんが活躍したので、こちらの方にも旨みがあると考えたようですね」


「また心を読みました?」


 俺の疑問を察した源さんが先んじて答えた。

 源さんのマインドリーディングはすごい。

 サトリの能力でも他人の心を読むことはできないのに。

 ……彼女曰く、俺がわかりやすい顔をしているだけらしいが、そんなことはないと思う。


「東部家の指示に従って妖怪を倒しているだけですよ」


 少し謙遜しつつ、俺は得意げに答える。

 我ながらとんでもない威力の攻撃を放っている自覚があるので、ついつい自慢したくなってしまう。

 誰にも真似できない特別な力というのは、俺の承認欲求を心地よく満たしてくれる。


「とはいえ、源家の皆さんにはお世話になっているので、多少なりともお返しができたなら嬉しいです」


 部屋を見渡してみると、大部屋にたくさんいた子供たちは減り、平均年齢も上がっている。新規の子供が入らないのだ。

 俺と優也、源さんと殿部家姉弟という、いつものメンバーで集まっている。

 この“いつも”がいつまで続くかは、俺の努力次第といったところか。

 陰陽師関係の話題が続く。

 退屈な会話に飽きた優也は他のお友達のところへ向かった。


 すると、源さんの隣でお饅頭を食べていた(かなめ)君が彼女の肩をつついた。


「ねぇねぇ、雫お姉ちゃん」


「どうしましたか?」


「僕、土槍之札を作れるようになったよ」


「それはすごいですね」


 源さんは薄らと笑みを浮かべ、四ヶ月の成果を報告する要君を褒めた。

 彼女は最近、表情を作るようになったのだ。

 そう、作る。

 感情の動きが小さい彼女は、意図して笑みを浮かべている。

 その方が人に好印象を与えられると気づいたから。


「僕すごい?」


「他の子の習得状況と比較して早いので、すごいですよ」


 要君はお気に入りのお姉さんに褒められ、得意満面の笑みを浮かべている。

 源さんは基本的に子供に好かれづらいが、要君は幼い時から遊んでもらったおかげで懐いている。

 もしかしたら、要君にとっての初恋の相手なのかもしれない。

 源さんは母親似で綺麗だから。


 大きくなったら告白とかしたりするのかな。お兄ちゃん応援するよ。殿部家の家格的に不可能ではないはずだ!


「要君頑張ったねぇ、ヨシヨシ」


「もう、僕はサトリじゃないよ」


 可愛い弟分の頭を豪快に撫でる。

 男同士だからこそできるコミュニケーション。

 憧れのお姉ちゃん枠は譲っても、要君のお兄ちゃん枠までは渡さんぞ。


 お饅頭を飲み込み、お茶を飲み干したところで尿意を催した。


「ちょっとお手洗いに行ってきます」


「ごゆっくり」


 廊下を歩いていると、例の第二婦人——恵杜(けいと)さんとうちのお母様が立ち話をしている場面に出会した。

 曲がり角に身を隠し、耳を澄ませる。


「来週、私たちの(・・・・)お茶会を開くの。峡部さんにも是非来てほしいわ」


 お母様が勧誘を受けていた。

 以前にも誘われたと聞いている。

 これで相手がまともなら、表面上仲良くするくらいはできるのだが……第二婦人は権力に溺れるタイプの人間だった。


「ごめんなさい、その日は用事がありまして」


「遠慮しなくていいのよ。家格が低いからって差別するような人はいないもの」


 そんな発想が出てくるうえ、面と向かって口にしてしまう辺り、品がない。

 というか、うちは権力こそないものの歴史はある。

 家格はそこまで低くない。

 バカにしおって……!


「なら、来月はどう?」


「しばらく忙しいので」


 お母様はのらりくらりと断る。

 にも関わらず、第二夫人はしつこく食らいついてくる。

 峡部家を切り崩せば、彩さん陣営を壊滅させられると思っているのかもしれない。


「ごめんなさい、そろそろ戻らないと」


「いつでも待っているから。招待状は送っておくわね」


 ここまで強引に行けるメンタルはすごいな。

 真似したいとは思わないが。


 お母様の姿が見えなくなったタイミングで、背中に手を振っていた第二夫人が呟く。


「調子乗りやがって」


 うわぁ。

 源さんの言っていた本性ってこれか。

 誰に見られているともわからないのに、家の中で口にしちゃう辺り脇が甘い。

 足音を荒げながら去る第二夫人から隠れ、俺は急ぎトイレへ向かった。



 〜〜〜



 隣の大部屋から彩さんの憤る声が聞こえる。


「なんて失礼なの。私から言っておくわ」


「峡部さんも災難でしたね」

「何かあったらすぐに相談してちょうだい」

「あの人しつこいから」


「ありがとうございます。でも、この程度は大丈夫ですよ」


 母親達の会話は源さんにも聞こえただろう。

 俺は主語を抜かして言う。


「源さん、大変ですね」


「ご理解いただけましたか」


 俺が伯母夫婦について相談した時に言っていた、厄介な親族とはこういうことか。

 そういえば、最近伯母夫婦の話を聞かないな。どうしているんだろう。


「ねぇねぇ、何の話?」


「加奈ちゃんは知らなくていいかな。それよりも、加奈ちゃんは最近どう? 陰陽師の勉強捗ってる?」


 子供達の前で暗い話をするものではない。俺は勉強関連に話題を逸らした。

 それぞれの進捗を話し始め、俺は褒める側に回る。

 親戚の子供の成長を聞くだけで嬉しくなる老人の気持ちが少し分かった。

 最後に源さんの番が回ってきた。


「来週の土曜日、父の仕事を見学することになりました」


「へぇ、それは楽しみですね」


 彼女の直近の予定は小学生のお仕事調べ。

 地域によっては、話を聞くだけだったり、本やネットで調べたり、実際に職場に行ったり、様々な方針がある。

 俺たちの学校では、親の協力のもと職場まで行って見学する形式を取っている。見学が難しい家庭は聞き取り調査だけになるが、陰陽師の家では大抵現場見学可能だ。

 なぜなら、この時期に合わせて関東陰陽師会が協力してくれるから。


「偽装用の報告書ってどんなものでしたか? 私はまだ申請中で、届いてなくて」


「私のスマホで見られます。こちらです」


 源さんのスマホには「わたしの家族のお仕事調べ」と題されたプリントのPDFが映っていた。


 * 家族のお仕事は?

   公務員

 * どんなことをしている?

   街に住む人の悩みを聞いて、解決するお仕事

 * 1番大変だったことは?

   水道管が破裂してたくさんお問合せをいただいたこと。

 * 1番嬉しかったことは?

   問題を解決して、市民の方に「ありがとう」と言われたこと。


 4つの調査事項には既に答えが記載されている。

 そのどれもが模範解答のような内容で、いかにも小学4年生が提出しそうな感じだ。


「なるほど、これを学校に提出すると」


「筆跡でバレないよう、手書きします。内容も少し手直しが必要ですね」


 源さんは学校でもこの調子でやっているのか。

 なら、この幼稚な偽装報告書は出せないな。


 俺たち陰陽師の家系は、表向きには公務員を名乗っている。霊感のない人間に信じてもらうくらいなら嘘をついた方が楽、ということらしい。

 しかし、それでは仕事見学などで不利になってしまう。そこで、学校に提出する課題プリントは陰陽庁が代理で片付けてくれるようになったとか。

 それでいいのか陰陽庁、と思わなくもない。だが、申請ページに書かれた“サービスの目的”によれば——


「陰陽師人口減少阻止および伝統的教育文化保持」


 ——とあり、陰陽師業界の人口減少阻止への苦肉の策であることが察せられた。

 それに加え、もともと十歳前後の子供は親の仕事を見学するのが伝統らしいので、多くの家から要望があったそうな。

 学校ごとに異なる様式に当てはめ、生徒ごとに異なる模範解答を用意してくれる……地味に面倒臭そうな仕事だ。


「見学させてもらう内容はもう決まっているんですか?」


 源家の当主はどんな仕事をしているのだろう。

 陰陽師とはいえ管理職だから、書類仕事や打合せに忙殺されている可能性もある。

 ……それじゃあ普通のサラリーマンと同じでは?

 陰陽師界で偉くなるのも考えものだな。


「妖怪退治を見学させてくださるそうです。私は管理業務にも興味があったのですが、つまらないから、と」


 源パパの考えが容易に想像できる。


『娘にかっこいいところを見せたい。事務仕事は地味だし、現場に連れて行った方が良いだろう』


 きっと、そんなことを考えていたに違いない。

 籾さん然り、親父然り、父親は子供にかっこつけたい生き物なのだ。子供いたことないけど、気持ちだけはわかる。


「討伐対象がどんな妖怪か、判明してるんですか?」


「鬼火です。生木に焦げ跡が見つかったそうで、報告を元に陰陽測定器で計測したところ、周辺が陰気に傾いていたため、低難度依頼として発令されました」


 おぅ、さすがは源さん。情報収集はバッチリでしたか。

 鬼火ならせいぜい脅威度3。大した敵でないし、水系統の攻撃で倒すことができる。火が消えるという分かりやすい結果が見られるし、職場見学にピッタリだ。

 源パパ、ずいぶん張り切ってるな。


 あっ、そうだ。


「任務に行く時、念の為ですが、御守りを持っていってもらえますか?」


「峡部さんから頂いたあの御守りですか」


 念の為。

 天下の源家が任務に出るのだ、不測の事態が起きたとしても対処できるよう、準備しているに違いない。

 それでも、何が起こるか分からないのが世の中というもの。

 いざという時に駆けつけられなかったら後悔するくらいには、源さんのことを親しく思っている。

 念の為、持っていってほしい。


「分かりました。お気遣いありがとうございます」


 余計な装備が増えたな、とか思ってそう。

 でも、それだけの価値はあるはずだ。


「峡部さんの職場見学は……今更ですね」


「ですね」


 散々脅威度6弱と戦っているので、本当に今更である。

 むしろ、既に日本最強の陰陽師として活躍している俺の仕事風景を見学してもらった方が勉強になると思う。


「机上では学べない、現場ならではの経験も多いですから。楽しんできてください」


「はい」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ