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召集命令




 仕事部屋の戸を開けると、親父が険しい顔をしていた。

 その手には一通の手紙があり、明らかにそれが原因だと分かる。


「お父さん、どうしたの?」


「……錦戸家からの呼び出しだ」


 錦戸家といえば、関東陰陽師会の重鎮であり、源家と並ぶ大家である。

 そんな家から手紙が来るということは、十中八九俺に関することだろう。


「やっぱり」


 こちらへ渡された手紙を読んでみると、予想通り俺を呼び出す内容だった。

 日本最強の称号を奪った人物が誰か、直接会って知りたいのだろう。

 その意図はわかるのだが、どうにも文面から悪意を感じる。


「当主に謁見する栄誉を与えるとか、直ちに参られよとか、何様なんだろうね」


 錦戸様ってか?

 文字や言葉のチョイスからこちらを軽んじているのがヒシヒシと伝わってくる。

 錦戸家の威光は確かに強い。だが、それにしたってここまで舐め腐った文を書けるのは強い差別意識があるからだろう。


「本 当 に 、人を貶めるのが得意なようだ」


 親父が苦々しげな表情を浮かべるのも分かる。

 こいつは、先代峡部家夫妻、つまり俺の祖父母を謀殺した可能性が高い家の人間なのだから。

 証拠を持っているわけではないが、当時の派閥など、状況証拠から十中八九錦戸家が主導していると判明している。

 そんな家の人間が、堂々とこんな手紙を出してくるとは、どんな神経をしているのか。


「腹が立つね。こんな手紙を送るなんて、無礼千万甚だしい。どうするの?」


 手紙の差出人は関東陰陽師会ではなく、錦戸家個人からの召集である。

 所属組織としての強制力はない。

 家と家同士の付き合いは各自の判断に任されているため、どのような対応をしても問題はない。

 しかし普通は、社会的地位の高い家から召集されれば応じざるを得ない。

 敵を作らず、無難に付き合っていくのが大人というものである。

 普 通 な ら。


「無視する」


「そうだよね」


 このような命令に従っていては、峡部家が舐められる。

 親の仇にも尻尾を振るとなれば誰も信用しない。

 陰陽師界において、それは致命的な傷となる。


「源家へ不義理を働くわけにもいかん」


 それに、峡部家は源家と懇意にしている。

 懇親会から始まったこの関係も、かれこれ6年続けば立派な派閥のメンバーである。

 お母様は言わずもがな、どうやら関東陰陽師会の手続き等で親父に便宜を図ってくれたこともあるらしく、源家にはお世話になっている。


 右翼の源家と、左翼の錦戸家は、敵対こそしていないものの、明確な派閥争いがある。

 ここで錦戸家に近づくことは得策ではない。

 逆に源家というバックがあるからこそ、こんなことができるとも言える。


「わかった。僕に直接話が来ても無視するよ」


 当主である親父の決定は峡部家の意向となる。

 次期当主に過ぎない俺は、その決定に従うまでだ。

 そうでなくとも、祖父母の仇相手と仲良くする気は毛頭ないが。


「それで問題ない。何かあれば、実力行使しても構わん」


「そんな短慮な行動はしないと思うけど」


 ぶっ飛ばす許可まで出すとは、親父にしては珍しいな。

 まぁ、俺が家族を殺されたら族滅するまで報復しそうだから、親父はむしろ抑えているほうか。


「もしも向こうが妖怪関連の策を弄してきたら、僕が全部蹴散らすよ。お父さんはお母さんと優也の心配だけしておいて」


 日本最強の肩書は伊達じゃない。

 俺の気を損ねればどうなるか、権力者なら当然理解しているだろう。


「そうだな……頼もしい息子をもったものだ」


 こうして、錦戸家の接触に関して、峡部家は完全無視の方針に決まった。



 ——翌週、また手紙が届いた。


「早く来いと催促してきた」


 当然、握りつぶしてゴミ箱に捨てた。


 ——翌々週、またまた手紙が届いた。


「今度は簡易書留になったね」


「届いていないようだからもう一度送付する、とのことだ。燃やしておきなさい」


「了解」


 ——さらに次の週、今度はメールが届いた。


「なんで電話してこないんだろう」


「知らん」


 無視した。


 ——さらにさらに次の週。


 ピンポーン


 ついに人が送られてきた。


「旦那様がぜひお会いになりたいと申しておりまして。ご招待させていただければ、と」


 秘書を名乗ったこの男性、めちゃくちゃフィルター噛ませてくる。

 文面は完全に呼び出しだったぞ。

 招待なんて熟語一度たりとも書いてなかった。


「何卒、お時間をいただけないでしょうか?」


 門前で平身低頭お願いする姿は、中間管理職の悲哀を帯びている。

 小太りな体型と老け具合を見るに、四十代と言ったところか。少なくとも、親父よりは年上だ。

 さぞプライドが傷つくことだろう。

 左手に指輪をしているということは、家族を養うため頑張っているのだと思う。

 そんな彼のお願いに対し、親父は毅然とした態度で告げる。


「お引き取り願う」


 バタン


 問答無用で門を閉めた。

 すげぇ、俺は少し心が揺れてしまったんだが。


「…………」


 親父は無言で家に戻る。

 その背中は静かな怒りで満ちていた。


 今日はそっとしておこう。



 〜〜〜



 西洋のお屋敷を思わせる廊下に、荒い足音が鳴り響く。


「あんの成り上がりめぇ。私がこれだけ頭を下げたというのに、門前払いしやがってぇ!」


 愚痴垂れながら廊下を歩くのは、錦戸家の秘書である。

 今回の顛末を報告するため、主人の執務室へ向かっていた。

 そこで一人のメイドとすれ違う。


「ぉ、お疲れ様です」


「あぁ? ……お前か。ちょっとこっちに来い」


「いえ、あの、まだ仕事が……」


 秘書は錦戸家の人間である。

 末席といえど、雇われのメイドよりは地位が高い。

 故に、ささやかな抵抗しか許されなかった。


「そんなの後にしろ」


「いやぁ……誰か……」


 秘書はメイドを自室へ連れ込み、ストレス発散に付き合わせた。


 〜〜〜


 それでもなお、憂鬱な気持ちは晴れない。

 嫌なタスクを後ろ倒しにするのも限界である。

 ついに辿り着いてしまった扉の前で、秘書は諦めのため息をついた。


「失礼致します。旦那様、ただいま戻りました」


「ふんっ、ようやく来たか。下賤の者がこの俺を煩わせおってからに。しばらく待たせておけ。俺は今忙しいんだ」


 男にしては高めの鼻にかかった声が、広い執務室に響き渡った。

 顔も上げずに指示を飛ばしたのは、錦戸家の現当主——錦戸 ざいである。

 彼の手は休むことなく動いており、大変忙しそうにしている。

 タブレットの上をスイスイ動き、デイリークエストを鮮やかにクリアしているのだ。


「それが、そのぉ……」


 秘書が言い淀んだところで、財が側付きのメイドにブチギレた。


「クソッ! また通信が途切れた。Wi-Fiの通信強度を上げろと言ったはずだぞ!」


「もっ、申し訳ございません!」


 萎縮するメイドを目にした秘書は、これから自分に降りかかる怒声が如何程のものになるか想像して、身をすくめる。

 嫌なタイミングで部屋に静寂が訪れ、遠くから飛行機のジェット音が聞こえてきた。


「今、何か言いかけたか?」


「はっ、その、えーとぉ……」


 滝のような汗が流れる。

 タブレットからほとばしる軽快なBGMが、秘書の心を逆なでする。

 なんとか絞り出した声は、不運なことにしっかり主人へ届いてしまった。


「何ぃ? 門前払いされた、だと? 俺の聞き間違いだよなぁ?」


「土下座して説得を試みたのですが! 塩を撒かれて相手にされず」


 秘書は話を盛りつつ慌てて弁明するも、火に油を注ぐ始末。


「貴様ァ、錦に連なる者が地べたに這いつくばるとはどういうことだ! 誇りを汚す愚か者め!」


「もっ、申し訳ございません!」


 秘書は条件反射で土下座した。


「俺の話を聞いていたのか?!」


「はい! ここは地べたじゃないので、汚れません!」


「この馬鹿者がぁぁ!」


 財はさらに激怒した。


「まぁまぁ、それくらいにしてあげましょう。彼も財様のご命令を遂行しようと一生懸命頑張ったのですから」


 仲裁に入ったのは、財の後ろで静観していた老人である。

 財の教育係を務めていた彼は、今も相談役として側に控えている。


「私の方で詳細を伺いましょう。財様はゲームの続きをお楽しみください」


 秘書は天から伸びる蜘蛛の糸に飛びつき、地獄から脱出した。

 相談役は改めて秘書から詳細を聞き取り、執務室を後にする。

 そして向かった先は、屋敷の最奥。


「大旦那様、失礼致します」


 洋館の中にある和室は、見る者が見ればこの館で最も贅を尽くしているとわかる内装だ。

 洗練された調度品の数々は、金額だけなら安倍家を上回るほど。

 この和室こそが錦戸家の本体であり、洋館は隠れ蓑に過ぎない。

 相談役はこの家の真の主人(あるじ)、錦戸 (きん)の前に膝をつく。

 仕入れたばかりの情報を報告し、判断を仰いだ。


「——取り付く島もなく、門前払いされました」


「対策は?」


「指輪や同情を誘う策も授けましたが、通用しませんでした」


「そうか」


 金はしばし瞑目し、情報を整理し始める。

 相談役は彼の思考を助けるように、情報を口にする。


「やはり、先代殺害の怨みは消えていないようです」


「あの愚か者が告発などせねば、表沙汰になることもなかったろうに」


 錦戸家が行った秘術の回収は、実行犯が良心の呵責に耐えられず安倍家に告発したことで中止となった。

 内々に処理したものの、人の口に戸は建てられない。

 そして、被害者である強の元にまで届いてしまった。


「金銭で靡くか?」


「いえ、脅威度6弱を月一で倒すのであれば、金銭に困ることはないでしょう」


「ふん。厄介な」


 再び最奥の間に静寂が降りる。

 やがて考えをまとめた金は深いため息と共に告げる。


「策を考えておく。情報が入り次第、共有しろ」


「はっ」


 峡部家に、錦戸家の魔の手が伸びようとしていた。

おかげさまで今年も「次にくるライトノベル大賞」にノミネートされました。

お手数をおかけしますが、何卒、投票のほどよろしくお願いいたしますm(__)m

ノミネートNo.【44】

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