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ただいま


 脅威度6弱が退治されて以降、イタコは家に引きこもっていた。

 そんな彼女の元へやってきたのは、最初に助けてもらった若人2人である。


 ピンポーン


「長士さん! こんにちは! お元気ですか?」


「返事がないな。まさか、家の中で倒れてるんじゃ?」


「それヤバいだろ。扉を蹴破って助けに!」


 ガラガラガラ。


「ゴホッ ゴホッ アンタたち、何の用だい。ここには来るなと言っただろう」


 長士はわざとらしく咳き込みながら玄関を開けた。

 険しい表情を浮かべる彼女に、若人たちは近づくこともできずにいる。


「まだ、治らないんすか?」


「ゴホッ 言ったろう。陰気にやられたって。年寄りの体にはひとたまりもないよ。もう戦うことはできそうにないね」


「そんな……」


「でも一昨日よりだいぶ咳が減ってませんか? ちゃんと治療すれば、また元気になりますって。病院まで俺達が送っていきますよ」


「……今日は少しだけ調子がいいんだよ」


 病院に行くまでもなく、長士は元気である。


 なぜなら、仮病だから。


 戦闘中に陰気を取り込んでしまい、不幸にも色々な病気を併発している……という設定だ。

 

「こんな老耄をいつまでも構ってないで、修行でもしてきな」


「修行には行きますけど、俺達には長士さんが必要なんですよ!」


「また華麗な術で妖怪を倒すところ、見たいっす!」


「……ぐぅ」


 調子に乗って長士典子最強伝説を作ってしまったばかりに、引っ込みがつかなくなってしまった。

 ジョンと黒い勾玉を失った今、長士は少し強めのイタコでしかない。

 参戦を求められたら、弱体化した事実がバレてしまう。

 なんとしても、それだけは避けたかった。

 長士 典子は、年齢相応にプライドが高いのだ。


「アタシよりも、ほれ、この間の子供を頼ったらいいじゃないか」


「あの子は東部家の切り札でしょう? 脅威度5弱の妖怪でも現れない限り、出てきませんよ」


「それに、地元の奴じゃないっすから」


 聖が圧倒的な力を見せたことで長士の活躍が薄れるかと思いきや、そうはならなかった。

 数百年に一人の規格外よりも、共に戦ってくれる地元の英雄の方が頼りになる。

 平時に築いた関係はとても強く、今この場においては厄介極まりないものとなっていた。


「アタシの近くにいたら、病気が移っちまうよ。ほれ、帰った帰った」


「あぁ、長士さん!」


「お大事に!」


 ガラガラピシャン


 部屋に戻ると、幽霊となった師匠が呆れた表情で見つめてくる。

 言葉を口にすることこそできないが、長年の付き合いから何を言いたいのかは分かる。


(だから言ったのに。アンタは調子に乗りやすい悪癖があるんだから、少しは落ち着けって。よく知りもしない幽霊に浮気してからに。こうなるのも当然だよ。だいたいアンタは——)


「はいはい、分かってるよ」


 師匠から顔を逸らした長士は、心の中で愚痴る。


(ジョンの奴、あっさりアタシを裏切りやがって。もうしばらく恩返ししてもいいだろうに)


 完全に八つ当たりである。

 散々借り物の力を利用した後に、予定通り訪れた返却の時が来ただけのこと。

 長士も当然そのことを理解しているが、それで納得できるなら今の状況に陥ったりしない。


 ピロリン


 国家陰陽師部隊青森支部の隊長からメールが飛んでくる。

 体調を気遣う言葉の次には、ぜひ力を貸してほしいと勧誘してくるのだ。


 ピンポーン


「長士様! お見舞いに来ました! 長士様!」


「あぁもう! 放っておいてくれって言っただろう!」


 妖怪を倒しまくって臨時収入を得ていた彼女は、しばらく引きこもることにした。



 ~~~


 少しだけ懐かしい気持ちになりながら、俺は峡部家の門をくぐった。


「ただいま」


「「おかえりなさい」」


「おかえり」


 このやりとりを嬉しいと感じるのは、いつぶりだろうか。

 帰る場所に家族が待っていてくれるありがたさは、一度失わないと気づけないものだ。

 その気づきすら、最近は当たり前になってきていた。


「長旅で疲れたでしょう? 今日はゆっくり休んでください」


 お母様が旅行セットを受け取ってくれる。

 まさしく出張帰りのお父さんだ。


「今日はお兄ちゃんの好きな唐揚げだよ」


「本当に? 楽しみだなぁ」


 そんなこんなでお母様は俺を労ってくれた。

 若さと霊力で肉体は健康だが、精神は疲れる。

 実家という安全な地に戻ってきて、ようやく真の意味での休息を取ることができた。

 大好物の並ぶ夕食を楽しんだ後、家族団欒の時間にこれまでの出来事を話す。


「昨日怪獣みたいな妖怪が出てね。ヘリに乗って八戸市まで倒しに行ったんだよ」


「それは初耳です。大丈夫でしたか?」


「うん。一撃で倒したから、怪我はないよ」


「一応言っておくが、その妖怪は国が相手取るような脅威的存在だ。決して弱くない」


 親父が注釈を入れた。

 一度現場に行かないと、あの恐ろしさは伝わらないと思う。

 “俺の実力が日本一である証明ができた”と、今回の成果を伝えた。

 案の定、お母様には心配された。

 ごめん。でも、仕方がないんだ。許して欲しい。


「あっ、そうだ。あの妖怪、蔵王之癇癪みたいに強そうな名前がつくのかな? どんなのだろう」


「おそらく、付かないだろう」


「なんで!?」


「倒したからだ。即座に消えたなら、固有名をつける必要はない」


 確かに、区別する必要は無くなったわけだけど……。

 ちょっと期待してたのに。

 『峡部 聖が初めてその力を世に示したのは、八戸之〇〇との戦いである』

 みたいな記述されると思ってたのに!


 なお、妖怪に名前はつかなかったが、台風には名前がついている。

 台風18号ウサギ。

 勢力のデカさに反して無駄に可愛い名前だ。

 何というか、格好つかないなぁ。

 俺は続けて今後の予定を伝える。


「また宮城に行くのですか?」


「うん、毎週土曜日に行くことになった。今度は空路を使って日帰りする予定」


「私にも連絡があった。今度、契約内容の詳細を打合せする」


 テンジクによる新たな治療法は、そこそこ良さそうな結果をもたらした。

 聴力を取り戻すほどではないが、体が楽になるらしい。

 実際、テンジクの後に俺が怨嗟之声拡散法を行うと、負の感情がかなり緩和されるのだ。

 何より、テンジクには副作用の影響がでないのも大きい。

 流し込まれるのではなく、意識的に喰らう点が違いを生むだろうか?

 相変わらずテンジクの能力は謎だ。


「式神が目撃されたら大変と、以前言っていませんでしたか?」


「東北陰陽師会が手続きしてくれるんだって。あと、脅威度5〜6クラスの妖怪が出たら、緊急出動することになる」


 この話をした時、恵雲様が気になることを言っていた。

 もうすぐ手続きも要らなくなるとか、何とか。詳細は教えてくれなかったけど。


「お母さんとしては心配でたまりません。でも、詩織ちゃんを助けるため、ですよね。安全第一で頑張ってください」


 本当に、心配を掛けて申し訳ない。


「お兄ちゃん、また僕も乗せて」


「いいよ。2人で空の旅をしよう」


 やったー、と無邪気に笑う優也に癒される。


 ——♪


 あぁ、サトリも可愛いよ。嫉妬しないで。

 これまで客間で2人きりなことが多かったから、四六時中構ってあげていた。

 しかし、家族との交流中はどうしても放置気味になってしまう。

 そんな甘えた盛りのサトリが、体を擦り付けて自己主張してきた。


「お母さんも触っていいですか?」


「僕も自分だけの霊獣欲しいな」


 俺と共に峡部家へやってきたサトリは、我が家のアイドル枠に収まった。

 親父も触りたいなら素直に言えばいいのに、ウズウズしながらその場に止まっている。

 父親の威厳とか色々あるから、皆が寝静まった後に愛でるのだろう。


『優也、俺にも触らせてくれ』


「撫でたいの? いいよ」


「家族全員勢揃いですね」


 ジョンも家族に入れていいのか?

 彼も峡部家へ戻ってきた。

 入居して早々に入院生活だったから、まだまだお客様感が拭えない。

 しかし、持ち前の明るさで言語の壁をブチ破り、お母様や優也と仲良くなっていた。


「次はテンジク抱っこする」


「キュイー」


 かねてよりペットを欲しがっていた優也はふれあいコーナーを堪能している。

 すまんな、テンジク。あとで報酬渡すから、大人しく抱っこされてくれ。


 人間4人、幽霊1人、霊獣1匹、式神1体。

 何とも奇妙な組み合わせである。

 転生直後は、こんなふうになると思いもしなかった。


「頑張ろう」


 日本最強となった今、この幸せな環境を守るのは俺の役目だ。

 日本中の幸せな光景を守れるよう、頑張るとしようじゃないか。

 そして、俺の死後に誰かが“峡部 聖”の名を思い出し、感謝してくれたなら……。


 その時はきっと、悔いなく死ねるはずだ。



第6章 日本最強編 完


楽しんでいただけましたら、評価・ブクマよろしくお願いいたします。

次週から第7章 ○○○○ 編開幕です。

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