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驕れる者久しからず

 


 聖が現地へ到着する数十分前。

 妖怪の進路へ立ち塞がるように並ぶのは、八戸市を拠点とする陰陽師達である。

 新人もベテランも、老いも若きも男も女も例外なく集められていた。

 その指揮を取るのは、八戸市で今最も強いと噂の長士 典子だ。


「弱点確認始め!」


「草木の糧となれ——宿木之札!」

「燃やし尽くせ——焔之札!」

「大地が貫く——土槍之札!」

「金の礫にて穿たん——弾之札!」

「溺れて沈め——水球之札!」


 長士の指示により、陰陽五行それぞれの属性を伴った攻撃が放たれた。

 それらは巨大すぎる標的へ当たり前のように当たり、すぐに結果を示す。


「木、無傷です!」

「火もノーダメっす」

「土、わずかに効果あり」

「金、全くダメでした」

「水、変化なし」


 一撃で倒せない敵と遭遇した時、まずは敵の弱点を探すのが常道である。

 今回の敵は明らかに水の体を持っているが、それが思い込みである可能性も疑わなければならない。

 それ故に、力量がほぼ同じ5人を集めて弱点確認を行った結果、土が最も有効と判明した。

 全員に弱点属性が周知され、いよいよ戦闘開始となる。


 なお、今回の妖怪は発生直後おとなしいタイプだった為、羽虫の攻撃如きに反応しなかった。

 静かに周囲を見渡し、人の多い所を探っている。

 足元にいる数十匹の虫を殺すより、人口密集地帯へ移動する方が目的を果たせると本能で知っているのだ。


「全員一斉に頭部目掛けて攻撃しな! アタシが合図を出すよ! いいね?」


「「「はい!」」」


 ここしばらく精力的に妖怪退治をしていた長士は、多くの陰陽師達の前で力を振るってきた。

 その実力は十人力とも言われ、尽きることのない霊力は神の祝福ではないかとまで噂されている。


「妖怪が怯んだ隙に、アタシがデカいのお見舞いしてやるから、全員気張るんだよ!」


「「「おぉぉ!」」」


 長士の言葉に勇気づけられ、皆の士気が上がる。

 濃密な陰気を前に精神的ダメージを受けていた者まで拳を振り上げている。

 八戸市の命運は今、長士の腕に掛かっていた。


「長士様、全員陣の構築が終わりました」


「アタシも終わった。詠唱を始めな」


「はっ!」


 緊迫する状況の中、長士はテキパキと指示を下す。

 長年イタコをやってきただけあり、踏んできた場数が違う。

 これまでの経験が遺憾なく発揮されていた。


(むふふふ、こりゃあアタシの時代が来たねぇ!)


 青森一の降霊術使いとして地元での知名度はそれなりにあったが、チヤホヤされるかというとそんなことはない。

 荒御魂発生対策として、イタコは「降霊術で力を借りるのは身内一人の霊まで」という決まりを作った。

 日本最強の座を降りたイタコは、火力高めな普通の陰陽師と大差ない。

 これまでの長士の評価は、優秀なベテラン陰陽師といったところである。


(早い奴は詠唱が終わりそうだ。そろそろ、合図を出すかね)


 それがどうだ、今は長士の合図一つで数十人が動く。

 自然と補佐役を買って出る人まで現れた。

 皆が皆、長士へ信頼の眼差しを向けている。

 自分が中心となっているこの空間は、彼女の自尊心を大いに満たした。


(さぁて、アタシも仕上げの霊力を注ぐかね。ジョン、勾玉ちゃん、今日もよろしく頼むよぉ。いっひっひっひっひ)


 長士は密かに得意げな顔を浮かべる。

 印を結ぶことで、地面に描いた陣へ霊力を注ぐことができる。

 そこから先、威力を上げる工夫はいくつもあるが、長士はある技術にここ最近初めて気づいた。


(ほらほら、霊力を押し込むよ! もっともっと飲み込みな!)


 十人力の霊力を得たことにより、追加で霊力を押し込めることに気づいたのだ。

 印による流れに加え、体内で溢れかえる霊力が生み出す高い圧力をもって、外部へ放出できる。

 普段ならもっと少量で限界を迎えるはずが、勾玉の力を得てからは倍以上注ぎ込めるようになった。

 そしてその威力は、注いだ霊力以上の結果をもたらす。


 長士は部隊の過半数が詠唱を終えたことを確認し、右手を挙げた。


「放て!」


 合図を確認した補佐役の声により、一斉に攻撃が放たれる。

 全て土の属性を持つ攻撃であり、全体の8割が土槍之陣だった。

 大地からズズンと伸びる大地の槍は、狙いを過たず妖怪の頭部へぶつかる。

 まるで、漫画の集中線が現実に再現されたかのようだった。


 ゴゴゴゴゴ


 妖怪の全身から、津波が押し寄せるような不吉な重低音が鳴り響く。

 攻撃が契機となったのか、はたまた進路の吟味が終わったのか、妖怪はついに動き出した。

 その方角は、陰陽師達の背後——八戸市である。


 妖怪は自身に突き刺さる多数の槍を意に解することもなく、ただ一歩踏み出しただけで全てを蹴散らした。

 腕で払うそぶりすら見せない。

 心なしか、不快げな雰囲気を感じる程度だ。


「嘘だろ! 全く効かない!」

「さっさと動け、新人。俺らの攻撃がほとんど通らないのは当たり前だ。退避して次の攻撃の準備しろ!」


 長士の前でそんなやりとりが繰り広げられ、脅威度5弱以上の妖怪に対する基本的な戦略が展開される。

 効果が見えないのは当たり前。

 だが、多少なりとも視界を塞いだこの状況こそ、長士が狙っていた瞬間である。


(前座お疲れさん。ここからが本命さ!)


 彼女が使うのは、土属性の中で最大級の衝撃を誇る術だ。

 家ごとに秘術を継承する陰陽師と異なり、イタコは互助会が陰陽術を伝えている。それにより、さまざまな術が集まる。

 状況に応じて術を使い分けられるイタコの強みも合わさり、今、長士 典子渾身の一撃が放たれる。


「大いなる大地の怒りを以て打ち砕け! ——大地之槌!」


 地面がメリメリと隆起していく。

 それはやがて巨大な槌を形作り、ダルマ落としの要領で打ち付けられた。

 弱点属性である大地之槌は妖怪の腹部を強かに打ち、水塊の体が波打つ。

 その衝撃は空気に乗って周囲にまで伝わった。


「うぉおおお! すげぇ! あれは効いたっしょ!」

「なんてデカさだ。イタコの術にあんなもんあったか?」

「あるわきゃない。大地之槌がもっと小さいことくらい知ってるだろ。絶対インチキしてるんだよ」


 通常であれば重機くらいのインパクトのはずが、霊力マシマシで作られた槌は一軒家を一撃で破壊できるような馬鹿げた巨大さと威力を実現した。

 超威力で放たれた槌は端々が崩れ落ち、辺り一面に砂煙を巻き起こす。


(どうだい、アタシの真の力は!)


 周囲の騒めきが心地よい。

 長士は悠々と攻撃の結果を確認することにした。

 土煙が晴れるのを待っていると、青森市の方角から人が集まって来ているではないか。


(おや、部隊の奴らも来たみたいだねぇ。アタシの力を見て腰を抜かすといいさ)


 ちょうどいいタイミングで人が集まったとニマニマしていた長士は、眼前の光景を見て固まった。


「はぁ? 嘘だろ? あんな小さな傷しか付かないなんてあるかい……」


 土煙の向こうに見えたのは、ほんの少し黒い水を溢しただけの、ほぼ無傷な妖怪である。

 自信満々に放った渾身の一撃は、脅威度6弱の大妖怪に擦り傷を与える程度でしかなかった。


 あわよくば、一撃で倒しちゃうんじゃないかい?

 国家陰陽師部隊の仕事奪っちゃったら悪いねぇ?

 なんて考えていただけに、目の前の光景は長士にとって衝撃的であった。

 一方で、周囲の反応は異なる。


「あの大妖怪にダメージ与えるとか、長士さんマジ最強!」

「これはもしかしたら、長期戦で倒せるかもしれないぞ!」

「妖怪の歩みが止まった!」

「脅威度6弱も無視できない威力とかパネェ!」

「君達、あの一撃を放ったのは誰だ? 話がしたい」


 過度な期待を持っていない周囲からすれば、これでも値千金。

 事実、大きな傷を作るために塩砂家が奮闘している。長士がなんの代価も捧げずにこれだけの成果を得ているのは、常人には成し得ない偉業といえよう。


「長士殿、貴女でしたか」


「えっ、あぁ、隊長さんかい」


 己の実力に落胆する彼女へ話しかけてきたのは、国家陰陽師部隊の隊長だった。

 2人は過去に同じ戦場で戦ったことがある。

 ただし、その時の長士はただのイタコでしかなかったが。


「先ほどの一撃、お見事でした。あの術はまだ使えますか?」


「あ、あぁ、まだまだ使えるよ」


「それは頼もしい。東部家が到着するまで、御助力願いたい」


 頭を下げる隊長の姿を見て、長士は再び口角を上げる。

 応える声も自然、力強いものとなる。


「もちろんさ。このアタシがいるんだから、妖怪が八戸市に足を踏み入れることはあり得ないよ」


「ありがとうございます。皆さんは足止めを優先してください。私達は封印に向けて拘束の準備を行います」


 国家陰陽師部隊青森支部の隊長という、立派な肩書を持つ人物に頼りにされた事実は、長士の気分を大いに高揚させた。

 戦いに身を置く者にとって、切り替えの早さは大切なのだ。

 彼女は地元陰陽師達のところまで後退し、再び指示を出す。


「東部家が来るまで、妖怪を足止めするよ! いいね!」


「「「おおおぉぉぉ!」」」


 先ほどの結果により、長士へさらなる期待を抱いた陰陽師たちは、威勢よく雄叫びを上げた。

 垂れ流される陰気の影響も吹き飛ばし、長士たちは足止め系の術を次々繰り出す。

 特に長士の扱う術は、さしもの大妖怪すら足を取られるほどの強度を誇る。

 妖怪の足止めという役割をしっかりこなしたのだ。


 戦闘パターンが確立されてきた頃、「もう一丁攻撃を仕掛けてやろうか」と意気込んでいると、妖怪の動きが変わった。

 これまで八戸市にしか向けていなかった意識が、長士達へ向いている。


「ようやくこっちを見たねぇ。攻撃が来るよ! 全員散開!」


 散り散りに逃げた直後、妖怪の尻尾が周囲を薙ぎ払った。

 大地を抉るその一撃は、【蔵王之癇癪】も見せたトカゲ型の得意技である。

 動きは鈍重なれど、大質量の妖怪が動くだけで人間は簡単に死ねる。


「ひぃ〜、関節が痛んだら逃げきれなかったね」


 土に塗れた長士は、つい癖で膝を庇いながら立ち上がる。

 お手製の道具袋は壊れておらず、まだまだ戦えそうだ。

 攻撃を終えた妖怪をにらんでいると、補佐役が駆け寄ってきた。


「長士様、お怪我はありませんか?」


「問題ないよ。それより、他の奴らはどうだい?」


「新人2人が脚を骨折して撤退しました」


 周囲に満ちる濃厚な陰気を、気力で防ぐにしても限度がある。

 最前線で戦う彼らの体を、少しずつ陰気が蝕む。

 脅威度6弱の強力なそれは、骨折するという形で不幸な結果をもたらした。


「そうかい。残った奴らは次の攻撃に備えておきな」


 離脱者に構っている余裕はない。

 “羽虫”から“お邪魔虫”へと格上げされた長士達。

 妖怪は間違いなく追撃してくる。

 眼前に広がる更地は、つい先ほどまで鬱蒼と茂る木々が支配していた。

 それをたった一撃で消し飛ばす大妖怪から、矮小な人間は逃げ続けなければならない。


「足止めとしては完璧な仕事だろ? 東部家が来るまで、多少なりとも傷をつけてやろうかね」


 東部家、ひいては塩砂家の実力の高さを知った長士は、当初より控えめな目標を掲げた。

 なお、その結果すら借り物の力であることは、調子に乗っている彼女の頭から抜け落ちている。


「皆、アタシより先に倒れるんじゃな……」


 鼓舞の途中で、長士は声を失った。

 それは、小動物が捕食者から隠れようと息を潜めるような、本能的なものであった。


(なんだい、この感じは? 妖怪に動きはない。なら、この怖気が走る感覚はいったい?)


 この世で最も恐ろしい大妖怪を前に戦い続けてきた、勇敢な戦士達。彼らですら身を強張らせるほどの何かが、辺り一帯に満ちてゆく。

 妖怪の特殊攻撃を警戒するも、まだテールアタックからの立て直し中である。

 妖怪ではない。なら、一体何が?


『BOSS……』


「アンタ、目を覚ましたのかい? うっ、コラッ、出てくるな!」


 その力に共鳴したのか、眠り姫が目を覚ました。

 霊の反発により憑依が解けかかったところで、状況が動いた。


 突如戦場に舞い降りた静寂。

 皆が辺りを窺っていると、どこからか詠唱が聞こえてくる。


「人類の敵を貫け——土槍之陣」


 印の最後は柏手で締め括られ、心地よい音が響き渡る。

 そして、詠唱完了と共に発動した術がもたらせし光景は——誰もが目を疑うものだった。


「なんだい……ありゃあ?」


 その日、長士 典子は、世紀の瞬間を目の当たりにした。



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