光明と暗雲
カクヨムにて3話先行公開中。このお話の続きも読めるので、是非読みに来てください!
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(こちらで読んでいただけると間接的に作者の執筆時間が延びるのです)
その日の夜、俺は客間でグダグダしていた。
まだ寝るには早いが、なんとなく、布団の上から動く気になれない。
若さと霊力溢れる健康体ゆえ、運動不足ではないし、栄養不足もありえない。
たまたまそういう気分の日なだけかな。
たまには何もしない日があったっていいだろう。
すると、襖がひとりでに開き、また勝手に閉じた。
昨日も同じ怪現象が起こっている。
その元凶は自らの存在を示すように鳴き声を上げた。
「キュイー」
ここのところずっと詩織ちゃんのペット枠を務めているテンジクが帰ってきた。
相当可愛がられてきたのだろう、毛並みが艶々だ。
専用のブラシまで買ってもらったらしい。
「はいはい、報酬ね。こっちきて」
陣で報酬を振込む形式が通常だが、テンジクの場合は成果報酬なので、お互い納得のいく報酬を振込む必要がある。
今回は突発的に発生した新規の仕事が多かった。しっかり擦り合わせしなければ。
「これでいい? OK。ここに来るたびに同じ仕事を頼むから、よろしく」
「キュイー」
一仕事終え、再びグダグダする。
目を瞑ると、瞼越しにライトの光が当たって眩しい。
このまま寝てしまえ、という悪魔の囁きが聞こえてくる。
眠りに落ちる前の取り留めない思考が渦巻く。その中に一つ、輝きを放つアイデアが浮かんだ。
(そういえば、テンジクの特殊能力が解明できていなかったな)
体力的なものを食べる……か。
そして、ふと、頭に浮かんだ可能性を口にする。
「テンジクさぁ、もしかして、詩織ちゃんの副作用の原因を喰えたりしない?」
「キュイー、キュイー」
だよね、無理だよね……えっ? できるの?
俺は慌てて布団から起き上がり、式神に向き合って問いかける。
「ちゃんと伝わってるか分からないから、もう一回聞くぞ。媚を売る対象として指定した人間の少女が、詩織ちゃんだ。彼女の身体を蝕むものだけを取り除く。そんなことができるの?」
「キュイー、キュイー」
先ほどと同じ回答が返ってきた。
YESの中に大きな不安が混ざっている。
ニュアンスとしては「多分できると思うけど、あんまり期待しないで」といった感じ。
「そうか……」
俺再び布団に寝っ転がった。
おいおい、こんなところに特効薬があるとか、誰が想像するよ。
ここまで色々試した意味は……俺が苦しんだ意味は……いったい……。
いや、まだできると決まったわけではないし、効果の程もわからない。新たな実験項目が増えただけだな。
明日……と言わず今からでも試してみようか。
夏休みも残すところあと1日。早い方が良いに決まっている。
「よし、そうと決まったら早速——」
ビービービー
妖怪発生のアラート。
俺は枕元のスマホを手に取り、内容を確認する。
妖怪発生まであと1時間。つまり、これは予言だ。
そして、これだけ猶予の長い予言ということは、人類に大きな影響を与える大妖怪の発生を意味する。
「脅威度6クラス」
これは安全マージンを考慮した値。つまり、最低でも脅威度5強ということ。
予想発生地点は、青森県。
出現確率が最も高いのは——八戸市。
「ジョン……!」
イタコ互助会からの経過報告では、ジョンは八戸市で治療を受けていると聞いた。
場所によっては彼も被害に遭うだろう。
「あっ」
表示が変わった。
脅威度6弱で確定か。
予言する未来が近づいたことで、より精度が上がったようだ。
そんな時、襖越しに入室の許可を求める声が聞こえた。
お世話係さんだ。
「峡部様。どうか、ご同行いただけないでしょうか?」
入室したお世話係さんが希う。
どこに? とは聞かない。
どうして? と聞く必要もない。
「行きましょう」
「ありがとうございます」
縋るような目でお願いしてきたお世話係さんは、90度のお辞儀で感謝を示す。
例によって、サトリはお留守番だ。空気を読んだのか、駄々を捏ねなかったのはありがたい。
俺は急ぎ準備を整え、裏庭へ出た。
そこにはなんとヘリが2台待機しており、現地へ直行するという。
さすが日本三大陰陽師、やることが豪快だ。
「聖君も来てくれるのか。ありがとう。詩織ちゃんの支えになってあげてほしい」
俺が乗るヘリには恵雲様と詩織ちゃん、そして、意識のない満様がいた。
やはり、今回は詩織ちゃんが戦わなければならない状況のようだ。
一撃でも攻撃すると、怨嗟術により縁が結ばれてしまうらしい。
つまり、妖怪が倒された暁には、詩織ちゃんへ力と共に副作用の強化が行われる。
「出発してくれ」
それでも恵雲様は命じなければならない。
彼女の幸せを誰よりも願いながら、トップとして残酷な命令を下すことを強いられている。
「……」
お世話係さんの服を右手で掴み、俺の袖を左手で掴む詩織ちゃんは、気丈にも恐怖を顔に出さなかった。
もともと感情が表に出ない子ではあるけれど、子供がこんな覚悟をしなければならない世の中なんて、間違っている。
こういうことは、大人に任せなさい。
「予定より早いですけど、僕も戦っていいですか?」
「……申し訳ない。頼むよ」
再封印に参加させてほしいと伝えた時も、こんな顔をしていた。
まぁ、俺もガワは子供だからね。
詩織ちゃんから俺に変わっても罪悪感は大差ないな。
やがて目的地が近づき、妖怪の姿が見えてきた。
その姿を端的に表すなら、巨大な水塊が形作る怪獣である。
直立するトカゲ型の体を、墨汁のようなドス黒い液体が形成しているのだ。
歩くたびに黒い液体が飛び散り、木々を枯らしていく。
黒の中で異彩を放つ黄色い目玉は人類への憎悪で濁っている。
『蔵王之癇癪』の属性違いといったところか。
「これはまた、厄介な……」
「どうしてですか?」
「水の体は力で押し返すのが困難だからね。武士のサポートはあまり期待できない」
もう一台のヘリには宿直の武士が同行しており、恵雲様達を守る役目がある。
そんな武士も、最大の武器である刀で押し返せないとなれば、要人を抱えて逃げるほかなくなる。
前線で封印しなければならない恵雲様に張り付くとして、俺達の護衛を別途用意しなければならない。
「僕が鬼を召喚するので、3人くらいならカバーできますよ」
「本当に頼りになるね。情けないが、お願いするよ」
戦闘の流れは移動中に決まった。
頭領たる恵雲様の元には、現場の情報が集まってくる。
大妖怪発生と共に、台風が発生したと通知があった。
次第に勢力を拡大し、日本を縦断するとの予想。
間違いなく、八戸市を目指している。
傍迷惑な妖怪が発生したのは八戸市の南東、民家や工場が点在する、自然優勢な人の少ない地区である。
空から妖怪の進路を見るに、下山しながら市街地を目指しているようだ。
八戸市に住む市民、およそ20万人の危機である。
俺は改めて妖怪の姿を観察する。
これが、発生したばかりの“真の脅威度6”か。
封印されていない、最盛期の大妖怪。
ヘリで近づくにつれ、その脅威が肌に伝わってくる。
周辺には可視化するほどのドス黒い陰気が立ち込め、一般人は近寄ることすらできない。
「陰気濃度が限界です。これ以上近づけません」
近づき過ぎた場合、不幸なことになぜかヘリの部品が壊れて墜落するらしい。
さすが脅威度6弱、理不尽極まりない。
俺達は開けた場所で降ろしてもらった。妖怪がデカすぎて、ここからでもよく見える。
この先は地上を歩いて進む。
撒き散らされる陰気を警戒しつつ、戦闘できる距離まで近づくのだ。
「おかしいな。ここまで近づけば陰気も濃くなってくるはずなんだけど」
「たぶん、僕の御守りの効果です。僕のは特別製なので」
「それは是非とも欲しいな。とはいえ、まずは目の前の妖怪だ。皆、聖君の側に寄ろう」
気を張ることで陰気の侵入を防ぐことができる。
とはいえ、戦闘前に疲れるような真似はしたくない。
やはり、俺の御守りは高い価値を持っているようだ。
妖怪発生からおよそ1時間遅れて、俺達は現地に到着した。
ちょうど妖怪の背後にあたる場所だ。
「ここが限界だね。やはり、彼らが先に来ていたか」
「あの人達は、国家陰陽師部隊ですか?」
その通り、と恵雲様が頷く。
真っ黒な装束の大人達が付近を走り回り、何やら作業をしている。
その動きは迅速で、素人目にも訓練された者達の作戦行動とわかった。
部隊に指揮を飛ばしているのが副隊長、その隣で全体に目を配っているのが隊長らしい。
隊長さんがこちらに気づき、駆け寄ってきた。
「恵雲様、お疲れ様です。早速ですが、封印をお願いできますか。あと10分でこちらの攻撃準備が整います」
「わかりました。足止めをお願いします。今回は塩砂家と峡部家が攻撃に参加します」
ヘリの中で話し合った作戦は、部隊が拘束系の陰陽術で足止めし、その隙に封印を行うというシンプルなものだ。
俺達アタッカーは抵抗する妖怪を封印へ押し込む補助役となる。
本来ならば、国家陰陽師部隊が封印を担当するのだが、この場の最優先事項は人的被害を出さないことである。
八戸市へ妖怪が到達する前に封印しなければならない。
そして、封印の早さにおいて、東部家の右に出る者はいない。
「塩砂家はわかりますが、キョウブ家ですか? いえ、それよりも、塩砂様は……」
「副作用です。今回は塩砂 詩織が対応します」
「……わかりました。現在、地元の陰陽師達と協力して時間稼ぎをしています。今のうちにご準備を」
彼も塩砂家の内情を知っているようだ。
恵雲様と同じ顔を見せながら、少女に頼らざるをえない事実に苦悩している。
家族を、市民を、国を守る為、彼らは戦っている。
それを傍から見ているだけなんて、格好悪いにも程があるだろう。
雌伏の時は終わりだ。
峡部家が表に出る時が来た。