幕間~要救助者たち~
国家陰陽師部隊が到着した時、現場には市里達陰陽師と要救助者3名が残っていた。
「凄かったんすよ。ドカーンと爆発して!」
「はい、トドメを刺したのは峡部 聖君です。私達は時間稼ぎくらいしかできず」
「脅威度? 5弱より上なのは確かですね。6と言われても納得できるほどです。いや、確かに周辺被害は少ないですけど、それは少年が強すぎたからでーー」
市里達は戦闘記録を残すため、事情聴取されることになった。
あまり活躍できなかった彼らは、もとよりその為にこの場に残ったのだ。
そして、要救助者達は速やかに救急車へ乗せられた。
「土間さん、聞こえますか? 土間さん?」
「あぁ、あぁぁ、ぁぁぁぁぁぁ」
「意識回復しました。土間さん、これから病院に搬送しますからね」
内臓を傷つけられた土間博士は生死の境を彷徨っていた。
しかし、彼の虚な瞳には生への執着が浮かんでおり、搬送先の病院で奇跡的な回復を見せることとなる。
その奇跡を起こしたのは、他ならぬあの光景が原因であった。
(まさか、まさかまさかまさか、人の身でありながら、神の如き力を振える者が存在したとはぁ! 処理班も全力は隠していたはずだが、それでもあれほどの力は出せまい。あのお方こそ、まさに現人神! 何卒、何卒、今一度拝謁したい!)
瀕死になりながらも戦場を凝視していたこの男は、聖の力に魅入られていた。
一時的に現実へ帰ることができたにも関わらず、今再び執念の炎を燃やし始めている。
そう、成人した人間の本質など、そうそう変わることはない。
男は、次の信仰対象を見つけたのだ。
〜〜〜
一方、陽子は打ちひしがれていた。
それは、先ほど目の前で繰り広げられた光景が原因である。
心から待ち望んでいたはずの王子様は、白馬に乗って助けに来てくれる……はずだった。
白龍に乗った少年が戦場に降臨した。
少年が天より小さな紙を落とすだけで、業火や地震を雨霰と巻き起こし、果ては大樹を生み出してしまう。
それはまるで、天罰を下す神のようであった。
最後には、大人でさえも敵わなかった恐ろしい妖怪を、特大の天変地異で消し去ってしまう。
その光景はあまりにも非現実的で、少女は見ていることしかできなかった。
少女は知った。
知ってしまった。
気づいてしまった。
聖と自分では釣り合わないことに。
住む世界が違うということに。
彼女にとっての王子様は、救いの神であり、みんなにとってのヒーローであった。
「君がジョン殿の主か。助太刀感謝する」
「すげぇ! すごくて、マジすげぇ!」
「なぁ、市里、見たかよ。なんだあれ……人間技じゃねぇ」
「あの白い大蛇空飛んでるぜ。式神にすら勝てる気がしないんだが。俺たちとは別の世界の住人だな。はぁ……これまで無理して努力続けてたのがバカみたいじゃねぇか。——少年! 助けてくれてありがとな!」
ヒーローが大勢の仲間と勝利を喜ぶ光景。
この時の自分は間違いなく、漫画のコマから外れたその他大勢の1人だった。
「聖君、やったね!」
ヒロインの座は、刀を持った女の子に奪われてしまった。
共に戦う力がないと、ヒーローの隣に立つことはできない。
今の自分には遠すぎる景色であった。
体の痛みと心の痛みに涙が出そうになる、そんな時だった。
妖怪が退治されたその場所に、いつのまにか一人の男性が立っていた。
それは、陽子達が今日、会いにきた相手——。
「……パパ?」
「え? 陽子、何を言って……貴方!」
その人影は透けており、どう見ても幽霊である。霊感のない母親には見えるはずのない存在だが、不思議なことに彼女の目にもその姿が映っていた。
むしろ、霊感の強い陰陽師達の方が幽霊の出現に気づいていない。
陽子の父はゆっくりと歩み寄り、娘の傷ついた頬を撫でる。
すると、死にそうなほど痛かった体の傷が、フッと和らいだ。
(ごめんよ。これが精一杯だ)
「パパ……」
いろいろ話したいことがあったはずなのに、言葉が出てこない。
しかし、父親は全て分かっていると言いたげな表情で頷き返す。
(幸せになるんだよ。空の上から、いつでも陽子を見守っているから)
娘の頭を優しく撫でた父親は、妻に向き合った。
「貴方がいなくなってから私……」
(ごめん)
「絶対幸せにするって言ったじゃない! なのに、お別れの言葉もなしに突然いなくなって! ……私が寂しがり屋なの知ってるでしょ? 陽子にも迷惑をかけたし、やっぱり私には貴方がいないと……」
(本当に、ごめん)
感情を全て吐き出すように、母親は早口で捲し立てた。
まとまりのない一方的な会話は、ひとえに、少しでもこの時間を長引かせる為。
涙に弱い夫を引き止める為。
(そろそろ、時間だ)
「待って!」
どれだけ妻の気持ちが伝わってきても、別れの時は来てしまう。
この面会は意図せず生まれた猶予に過ぎないのだから。
(陽子を任せたよ。大丈夫。君ならやれる)
「……愛してるわ」
「愛しているよ」最期に万感の思いを込めた言葉を家族へ残し、彼は姿を消した。
「要救助者発見! 意識はありますが涙が止まりません。陰気に暴露した可能性が高いです。子供の方を急ぎ搬送して——」
救急隊員に保護された2人は、すぐさま病院へ運ばれた。
陽子は酷い打ち身はあれど、内臓や骨には損傷がなかった。
一撃で死んでもおかしくない妖怪の触手を2度も受けて生きているのは、随分と不思議な話である。
陰気の影響を受けた可能性を考慮し、念のため、経過観察という名目で入院することとなった。
母親はもともと攻撃を受けておらず、軽く検査を受けただけで終わっている。仕事へ行きつつ、半休を使って娘のお見舞いに来ており、そんな生活が3日続いた。
「お母さん、お願いがあるの」
それは、ここ数日思いつめた表情を浮かべる陽子からの言葉であった。
いつもならママと呼ぶ娘が、突然呼び方を変えてきた。そのことに驚く母親は、真剣な表情で次の言葉を待つ。
「お母さんと同じ、秘書になりたい」
将来の夢を聞かされた母親は、眉をひそめた。
親と同じ仕事を志そうとする子供は可愛いものだが、人には向き不向きがある。
「勉強嫌いでしょ? たくさんしないといけないわよ」
「頑張る」
「コミュニケーション能力が何よりも大事だから、人付き合いが苦手な陽子には向いてないと思う。これも頑張らないとダメよ」
「頑張る」
意気込みを語る娘の眼差しはまっすぐで、とても力強い。
きっと、何を言っても無駄だろう。
「ふふっ……思い込んだら止まらないところは、あの人に似たのかしら。秘書になりたいのは、助けに来てくれたひじり君の為?」
「……うん」
頬を赤く染めた娘は、父親も見たことがないような可愛らしい表情で頷く。
自分とは違う世界に生きていると知ってなお、彼女は王子様と共に歩む道を諦めきれなかった。
「聖君は、絶対に偉い人になる。秘書って、偉い人を支えるお仕事でしょ?」
戦いに参加するイメージが湧かない陽子は、違う道を模索した。
退屈な病院のベッドの上で、少ない知識を振り絞って出した答えがこれだった。
わずか10歳にして、己の進む道を定めたのだ。
「なら、個人秘書を目指すということね。いいわ。まずは、人付き合いの勉強から始めましょうか。学校はいい教材よ。たくさんの人とどう付き合っていくか、教えてあげる」
「お願い、お母さん!」
憧れの王子様の支えになる為、戦い以外の場所で隣に立つ為……少女は己の力で立ち上がった。