表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/251

幕間~要救助者たち~


 国家陰陽師部隊が到着した時、現場には市里達陰陽師と要救助者3名が残っていた。


「凄かったんすよ。ドカーンと爆発して!」


「はい、トドメを刺したのは峡部 聖君です。私達は時間稼ぎくらいしかできず」


「脅威度? 5弱より上なのは確かですね。6と言われても納得できるほどです。いや、確かに周辺被害は少ないですけど、それは少年が強すぎたからでーー」


 市里達は戦闘記録を残すため、事情聴取されることになった。

 あまり活躍できなかった彼らは、もとよりその為にこの場に残ったのだ。


 そして、要救助者達は速やかに救急車へ乗せられた。


「土間さん、聞こえますか? 土間さん?」


「あぁ、あぁぁ、ぁぁぁぁぁぁ」


「意識回復しました。土間さん、これから病院に搬送しますからね」


 内臓を傷つけられた土間博士は生死の境を彷徨っていた。

 しかし、彼の虚な瞳には生への執着が浮かんでおり、搬送先の病院で奇跡的な回復を見せることとなる。

 その奇跡を起こしたのは、他ならぬあの光景が原因であった。


(まさか、まさかまさかまさか、人の身でありながら、神の如き力を振える者が存在したとはぁ! 処理班も全力は隠していたはずだが、それでもあれほどの力は出せまい。あのお方こそ、まさに現人神! 何卒、何卒、今一度拝謁したい!)


 瀕死になりながらも戦場を凝視していたこの男は、聖の力に魅入られていた。

 一時的に現実へ帰ることができたにも関わらず、今再び執念の炎を燃やし始めている。

 そう、成人した人間の本質など、そうそう変わることはない。

 男は、次の信仰対象を見つけたのだ。


 〜〜〜


 一方、陽子は打ちひしがれていた。

 それは、先ほど目の前で繰り広げられた光景が原因である。

 心から待ち望んでいたはずの王子様は、白馬に乗って助けに来てくれる……はずだった。


 白龍に乗った少年が戦場に降臨した。


 少年が天より小さな紙を落とすだけで、業火や地震を雨霰と巻き起こし、果ては大樹を生み出してしまう。

 それはまるで、天罰を下す神のようであった。

 最後には、大人でさえも敵わなかった恐ろしい妖怪を、特大の天変地異で消し去ってしまう。


 その光景はあまりにも非現実的で、少女は見ていることしかできなかった。


 少女は知った。

 知ってしまった。

 気づいてしまった。


 聖と自分では釣り合わないことに。

 住む世界が違うということに。

 彼女にとっての王子様は、救いの神であり、みんなにとってのヒーローであった。


「君がジョン殿の主か。助太刀感謝する」


「すげぇ! すごくて、マジすげぇ!」


「なぁ、市里、見たかよ。なんだあれ……人間技じゃねぇ」


「あの白い大蛇空飛んでるぜ。式神にすら勝てる気がしないんだが。俺たちとは別の世界の住人だな。はぁ……これまで無理して努力続けてたのがバカみたいじゃねぇか。——少年! 助けてくれてありがとな!」


 ヒーローが大勢の仲間と勝利を喜ぶ光景。

 この時の自分は間違いなく、漫画のコマから外れたその他大勢の1人だった。


「聖君、やったね!」


 ヒロインの座は、刀を持った女の子に奪われてしまった。

 共に戦う力がないと、ヒーローの隣に立つことはできない。

 今の自分には遠すぎる景色であった。


 体の痛みと心の痛みに涙が出そうになる、そんな時だった。

 妖怪が退治されたその場所に、いつのまにか一人の男性が立っていた。

 それは、陽子達が今日、会いにきた相手——。


「……パパ?」


「え? 陽子、何を言って……貴方!」


 その人影は透けており、どう見ても幽霊である。霊感のない母親には見えるはずのない存在だが、不思議なことに彼女の目にもその姿が映っていた。

 むしろ、霊感の強い陰陽師達の方が幽霊の出現に気づいていない。


 陽子の父はゆっくりと歩み寄り、娘の傷ついた頬を撫でる。

 すると、死にそうなほど痛かった体の傷が、フッと和らいだ。


(ごめんよ。これが精一杯だ)


「パパ……」


 いろいろ話したいことがあったはずなのに、言葉が出てこない。

 しかし、父親は全て分かっていると言いたげな表情で頷き返す。


(幸せになるんだよ。空の上から、いつでも陽子を見守っているから)


 娘の頭を優しく撫でた父親は、妻に向き合った。


「貴方がいなくなってから私……」


(ごめん)


「絶対幸せにするって言ったじゃない! なのに、お別れの言葉もなしに突然いなくなって! ……私が寂しがり屋なの知ってるでしょ? 陽子にも迷惑をかけたし、やっぱり私には貴方がいないと……」


(本当に、ごめん)


 感情を全て吐き出すように、母親は早口で捲し立てた。

 まとまりのない一方的な会話は、ひとえに、少しでもこの時間を長引かせる為。

 涙に弱い夫を引き止める為。


(そろそろ、時間だ)


「待って!」


 どれだけ妻の気持ちが伝わってきても、別れの時は来てしまう。

 この面会は意図せず生まれた猶予に過ぎないのだから。


(陽子を任せたよ。大丈夫。君ならやれる)


「……愛してるわ」


 「愛しているよ」最期に万感の思いを込めた言葉を家族へ残し、彼は姿を消した。


「要救助者発見! 意識はありますが涙が止まりません。陰気に暴露した可能性が高いです。子供の方を急ぎ搬送して——」


 救急隊員に保護された2人は、すぐさま病院へ運ばれた。

 陽子は酷い打ち身はあれど、内臓や骨には損傷がなかった。

 一撃で死んでもおかしくない妖怪の触手を2度も受けて生きているのは、随分と不思議な話である。

 陰気の影響を受けた可能性を考慮し、念のため、経過観察という名目で入院することとなった。


 母親はもともと攻撃を受けておらず、軽く検査を受けただけで終わっている。仕事へ行きつつ、半休を使って娘のお見舞いに来ており、そんな生活が3日続いた。


「お母さん、お願いがあるの」


 それは、ここ数日思いつめた表情を浮かべる陽子からの言葉であった。

 いつもならママと呼ぶ娘が、突然呼び方を変えてきた。そのことに驚く母親は、真剣な表情で次の言葉を待つ。


「お母さんと同じ、秘書になりたい」


 将来の夢を聞かされた母親は、眉をひそめた。

 親と同じ仕事を志そうとする子供は可愛いものだが、人には向き不向きがある。


「勉強嫌いでしょ? たくさんしないといけないわよ」


「頑張る」


「コミュニケーション能力が何よりも大事だから、人付き合いが苦手な陽子には向いてないと思う。これも頑張らないとダメよ」


「頑張る」


 意気込みを語る娘の眼差しはまっすぐで、とても力強い。

 きっと、何を言っても無駄だろう。


「ふふっ……思い込んだら止まらないところは、あの人に似たのかしら。秘書になりたいのは、助けに来てくれたひじり君の為?」


「……うん」


 頬を赤く染めた娘は、父親も見たことがないような可愛らしい表情で頷く。

 自分とは違う世界に生きていると知ってなお、彼女は王子様と共に歩む道を諦めきれなかった。


「聖君は、絶対に偉い人になる。秘書って、偉い人を支えるお仕事でしょ?」


 戦いに参加するイメージが湧かない陽子は、違う道を模索した。

 退屈な病院のベッドの上で、少ない知識を振り絞って出した答えがこれだった。

 わずか10歳にして、己の進む道を定めたのだ。


「なら、個人秘書を目指すということね。いいわ。まずは、人付き合いの勉強から始めましょうか。学校はいい教材よ。たくさんの人とどう付き合っていくか、教えてあげる」


「お願い、お母さん!」


 憧れの王子様の支えになる為、戦い以外の場所で隣に立つ為……少女は己の力で立ち上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ