眠り姫
純恋ちゃんとジョンを伴い、大蛇のもとへ移動する。
ひと段落ついたところで、ずっと気になっていた違和感を思い出した。
「もしかして、あの不快な感覚って……」
戦闘中に感じていた違和感の正体に思い至ったそのとき。
ジョンが不意に立ち止まった。
「BOSS……」
その呼び声は無視できない響きをはらんでおり、遅れて俺も立ち止まる。
そして、ジョンが倒れゆく最後のセリフを耳にした。
『死後の冒険……楽しかったぜ……』
パサリ
重さを感じさせない音と共に、ジョンはうつ伏せに倒れた。
慌てて触手で抱き起こすも、ジョンに反応はない。
「ジョン! 目を覚ませ! ……まさか」
服をはだけると、そこには傷ついたジョンの霊体があった。
触手はほとんど残っておらず、先ほどまでどうやって歩いていたのか不思議なほど。
霊体が陰気に侵された場合どうなるのか不明だったが、霊体に損傷を与えるらしい。火傷のような傷が至る所にある。
そして何より問題なのは、今にも消えそうな霊体の希薄さだ。
「これは……まずいよな」
実体験から、天へ昇った幽霊は輪廻転生すると分かっている。
では、魂が消えてしまったらどうなる?
輪廻転生することもできず、存在そのものが消滅してしまうのでは?
「聖君、どうしたの? 大変!ジョンさんが幽霊になってる!」
元々幽霊だったんだよ。
なんて説明している暇はない。
「純恋殿、すまないが、今一度御剣家でお世話に……ジョン殿? これはいったい……」
タイミングが悪いことに、空海さんまでこちらへ来ていた。
ええい、面倒だ!
「説明は後で。今はとにかく御剣家へ。大蛇、来い!」
大蛇に乗り込み、俺達4人は移動を開始した。
「これは、大丈夫なのだろうか。かなり呑み込まれているのだが」
喉奥で肉に挟まれている空海さんの声は、焦燥感でかき消された。
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「内気でどうにかなりませんか?」
「なりませんね。内気は肉体に宿るもの。霊体には意味がありません」
御剣家の名医、御剣吾郎は断言する。
純恋ちゃんの口利きもあり、飛び込みでジョンを診てもらうことはできた。
しかし、結果はこの様だ。
人間ならば瀕死の重症でも治せる名医ですら、霊体を治す術は持っていなかった。
「ここまで傷ついている幽霊は初めて診ました。ずいぶん体を張ったようですね。いや、それにしても酷すぎる。穢れを纏う荒御魂だったのでしょうか」
名医はジョンを診察しながら言った。
荒御魂とは本来、神の荒々しい側面のことを指す。
光あれば影が生まれるように、どれだけ慈愛に満ちた神にも対となる性質が内包されている。
それが勇猛果断などのプラスの要素となればよいが、破壊衝動などの災いにつながることもある。
神の災い——人類が有史以前から恐れている理不尽の象徴である。
ただの妖怪が、そんな神の魂だと思われていたのだ。
なぜなら、神の如き理不尽な力を持っていたから。
ご先祖様達は多くの犠牲を出しつつ、この理不尽と戦ってきた。
その正体が魂と妖怪の混成体だと判明した現在でも、呼称が変わることはない。
理不尽と相対した俺には、その理由が嫌というほど理解できる。
荒御魂について教えてくれた御剣様が、興味深そうな表情でジョンを見つめて言う。
「それにしても、相変わらず面白いことをしておるな。幽霊を分家の代わりにするなど、普通は考えつきもせんぞ」
そして、実行する人間はさらに少ない。
それを実戦運用まで持っていける人間は皆無であった。
あの荒御魂も人造妖怪だったらしく、見る人が見ればジョンの存在も危険視されかねないという。
助けを求めるうえで白状せざるを得なくなったのだが、大丈夫だろうか。
いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「何か、助かる方法はありませんか?」
「天橋陣へ連れて行き、成仏させてあげましょう。彼の出身を考えると、昇天の方が適切ですかね」
名医はあっさりとした口調で再び断言した。
アメリカにはアメリカの荒御魂発生対策が存在している。
死者の魂を天へ導くという役割自体は、天橋陣と同じである。
このまま苦しむくらいなら、魂が限界を迎える前に、ジョンを天へ送った方が良いのかもしれない。
『No』
「……ジョン?」
今、意識を失っているはずのジョンから声が聞こえた。
それは彼と初めて出会った時と同じく、空気の振動によらない、何か不思議な意思の伝達であった。
決して気のせいではない。
これは、ジョンの意思だ。
まだ戦いたい、人を守りたいという、魂の叫びである。
「昇天させるにはまだ早いです。彼はそれを望んでいません」
自然と語気が強くなってしまった。
排他的な俺の心にスルリと入り込んできたジョン。
まだ出会って半年も経っていないのに、授業中や放課後、実験中にいろいろ会話しているうちに打ち解けていた。
言語の壁もテクノロジーで克服し、肉体を作るという一つの目標へ共に歩んだ。
その明るさと善性は俺に欠けている要素で、いつしか一緒にいるとしっくりくるようになってきてさえいる。
2度目の生も人を守る為に使った彼が、魂を摩耗させて現世を去るなんて理不尽すぎる。
2度目の人生を謳歌している俺にとって、それは決して認められない。
本人も望んでいる。ならば、彼が完全復活できるよう、力を尽くしてみせよう。
改めて決意した俺に、御剣様が一つの案を授ける。
「聞いた話によると、イタコには代々"魂へ干渉する技術"が伝承されているという。あるいは、傷ついた幽霊の魂を癒すこともできるやもしれん」
「本当ですか!?」
「あくまでも可能性の話だ」
しかし、今は藁にも縋りたいところ。
一縷の望みをかけて、行ってみるしかあるまい。
俺が次の行き先を決めたところで、隣のベッドから声がかかる。
「イタコであれば、青森の霊峰にて、かつて拙僧と共闘した者がいる。よければ、紹介状を書こう」
「ありがとうございます!」
渡りに船とはまさにこのこと。
ベッドで安静にしている空海さんからのありがたい申し出だ。連れてきてよかった。
彼は重症に加え、荒御魂の陰気に中てられた為、しばらくここで入院するらしい。
「何、ジョン殿には助太刀してもらった恩と借りがある。聖殿にも命を救われた。これくらいさせていただきたい」
移動手段と時間はある。
伝手も手に入れた。
ならば、行くしかあるまい。
イタコの聖地、青森県 “ 恐山 ” へ——
第5章 幽霊編 完
聖の夏休みはまだ始まったばかり。
次週は陽子と土間博士の幕間を投稿し、再来週から第6章○○○○編に入ります。
お楽しみに。
第5章完ということで、よろしければブクマと★★★★★評価をお願いいたします。